10 立候補
「ふぁ……」
朝、目覚めてボサボサの髪をかきむしる。
全ては夢なのではないかと疑っていたが、起きてもやはり窓越しに見えるのはヴェリテ女学院。
そして場所は寄宿舎の部屋である。
フルリスの舞台そのままだった。
「そうかぁ……」
昨日は大変だった。
部屋で
消灯時間になってようやく二人とも渋々部屋へと戻ったのだが……。
どうしてか主人公もヒロインも、あたしを中心にイベントを消化しようとしてくる。
「これもまた引力なのか……?」
あたしが悪女としての振る舞いを拒否しようと、楪柚稀は物語に関与するよう強制力が働くのかもしれない。
つまり、どう足掻いても最終的にはあたしは追放のエンディングが待っているという事か……?
それは困る。
この世界でしか生きられないのなら、学歴は必要だ。
世の中はきっと甘くない。
そして何より、百合の世界をこの目で見るチャンスを逃したくはない。
「よし、今日こそ百合を見守るモブになりきるのよ……楪柚稀っ」
そう、覚悟を新たにしてあたしはベッドから跳ね起きた。
◇◇◇
「それでは生徒会選挙の立候補を募りたいと思います」
黒板を前に、担任の先生が生徒会選挙について説明を始める。
「一年生は生徒会長にはなれませんが、それ以外の役職は立候補が可能です」
来たか、この時がっ。
あたしは来るべき大イベントに息を潜める。
「まずは副会長から募りたいと思います、どなたか立候補する方はいらっしゃいますか?」
一年生から副会長になるのは大きな覚悟を要する。
この学院特有の上下関係の意識からも、一年生から目立つ行為を率先してしたいと思う生徒は少ない。
「はい」
しかし、そんなプレッシャーを跳ね除ける少女が一人いる。
「
黒髪クール美少女、
彼女は向上心が強く、自身を高めたいという意識が強い。
それゆえに生徒会に入り、その地位を高めたいと考えているのだ。
当然、一年生から最もハードルの高い副会長を迷いなく選ぶ。
「わっ、あの方そんな凄い人だったんですねっ」
「……肩に力入りすぎ」
お隣の主人公とヒロインは呑気に各々の感想を口にしている。
彼女たちはそういった役職には一切興味がないらしい。
「それでは副会長の立候補者は涼風さんにお願いします。責任者の方は涼風さんの推薦で決めて頂いて構いませんので、決まりましたら教えてください」
そして、次なるイベントの種を残して生徒会役員選挙の立候補者を決めていくのだった……。
「ルナ・マリーローズ、貴女は生徒会役員に立候補しなかったみたいね」
休み時間、意気揚々と千冬さんがやってきた。
成績では勝てないルナに対して、他のアドバンテージで千冬さんは優位に立とうとしているのだ。
一生懸命で可愛いね。
表現は上手じゃないけど、それでも努力する姿勢が眩しいよ。
「しない、興味ない」
そして本当にどうでも良さそうにルナは頬杖をついたまま生返事をする。
これはこれで役職に囚われないルナの姿勢に、千冬さんは一瞬だけ躊躇うのだが。
大義名分を得た千冬さんは、このままでは引き下がらない。
「そんな主体性のない貴女に、私の責任者を担当してもらおうかしら?」
そう、千冬さんは突如ルナを責任者に抜擢する。
お分かりかとは思うが、ルナに対してマウントを取りたい感情が大半を占めている。
“立候補者と責任者”そこに本来優劣はないが、どちらが主役かと問われれば前者を挙げてしまうのは自然な流れだろう。
「しない、興味ない」
しかし、ルナはそんな千冬さんを一蹴。
全く同じ抑揚で同じセリフを吐くのだから、どれほど興味ないかはよく伝わってくる。
「貴女は部活動もしていないのだから、時間に余裕はあるはずでしょ?」
されど千冬さんは食い下がる。
「しない、興味ない」
「……あ、貴女ねっ!」
さすがに三回同じセリフを吐かれては千冬さんもイラっとしたのか、眉間に皺が寄る。
それでもルナは頬杖をついたまま空模様を眺める始末だ。
外の景色ほども関心が持たれてないと考えてしまうと、そりゃ千冬さんもショックだろう。
そこで、あたしは隣に視線を移す。
「あ、あわわ……」
二人の剣幕に慄いている
だが君はここで尻込みしている場合ではない。
あたしは小声で話しかける。
(
(な、なんですか、
(あんたが責任者を代わりにやりなさい)
(え、ええええ……!?)
これは決して横暴ではない。
原作ではヒロイン同士の争いを見かねた明璃が仲裁するために、自ら名乗り上げるのだ。
明璃ちゃんに好意を寄せているルナは当然その案に難色を示すのだが、それを察した千冬さんは予定を変更し明璃ちゃんを責任者に抜擢する。
こうして主人公を求めてのヒロイン同士の争いは熾烈さを増していく構図になるわけだ。
(今なら必ず
(いえ、そもそも二人の争いに巻き込まれたくないのですが……)
何を消極的になっているのか、この主人公はっ。
ヒロイン同士の争いにどうしてもっと興味を持たないっ。
(いいから、言いなさいっ)
(まぁ……楪さんがそこまで仰るなら……)
渋々頷く明璃ちゃん。
「あ、あのー……」
「何かしら」
「その責任者、マリーローズさんの代わりにわたしがなりましょうか……?」
一瞬だがルナと千冬さんがフリーズする。
そして、すぐに。
「コヒナタに任せた」
ルナは快く了解した。
いや、あなたはもっと嫌がるはずではっ!?
「お断りするわ、転入したての子にお願いするほど私は壊滅的な人望ではないもの」
そして千冬さんは一切の迷いなく却下。
あなたは受け入れるはずでは!?
(あの、すっごい嫌がられてるのですが……)
涙目でわたしに問いかけ直してくる明璃ちゃん。
こ、こんなはずじゃなかったのに……。
何か、他に手立てはないのかっ。
そ、そうだっ。
「それなら、あたしがやろうか……?」
悪女の楪柚稀は当然、誰も呼んでいない。
このお邪魔虫が乱入することで、相対的に明璃ちゃんが良く見えるはずっ。
「え、ユズキはダメ」
あれ、ルナが反応した?
「なるほどね……それは妙案だわ」
え、なんか千冬さんが不敵な笑みを浮かべてるんですが……?
「いいでしょう、貴女を抜擢してあげる」
あれ、え、採用……?
いやいやいや。
「ちょっとダメ、ユズキはそんな事しない」
あ、あわわわっ。
ルナが止めに入ったら千冬さんは……!!
「ふふっ、そう……そうして指を咥えて見ているといいわ。貴女が自身で行わなかった事を後悔しなさい」
ほらぁ、悪い顔してる。
千冬さんが悪い顔してるよぉ……!
「さぁ、楪柚稀。この生徒会役員選挙の活動期間、貴女にはしっかり働いてもらうわよ……馬車馬……じゃなくて、二人三脚でね」
「なんかすっごい言い間違いしてなかったっ!?」
あたしをどうするつもりだっ。
どうするつもりなんだ、涼風千冬ッ!?
(楪さん……自分でやりたかったなら最初からそう言ってくださいよ)
明璃ちゃんにもツッコまれているが、そうではないっ。
あたしは本当にそんなつもりは一切なかったのだ。
まさかの千冬さんとの共同作業が始まろうとしている……!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます