08 こんな展開あったかな


「ほほう、ここでゆずりはさんは生活してるんですねぇ?」


 ちょこちょこと歩いて部屋の中を見回す明璃あかりちゃん。


「どの部屋も一緒だからね」


 当然だが、寄宿舎の間取りや内装はどの部屋も統一されている。

 差が出るとすれば置いてある小物がせいぜいだろう。

 あたしはグラスを戸棚から取り出して、リビングのダイニングテーブルの上に置く。


「ほら、早く飲むわよ」


 これ以上、彼女に時間を費やしていたら一方的に仲を深めてきそうな勢いを感じる。

 落ち着きなく部屋を徘徊する明璃ちゃんに椅子に座るよう促した。 


「貸して」


「あ、すみません」


 明璃ちゃんからコーラの缶を拝借する。

 透明なグラスの中に、泡を立てながら黒い液体が注がれていく。


「はい、どーぞ」


「ありがとうございます」


 半分に分けたコーラのグラスを明璃ちゃんに渡す。

 よし、さっさと飲んじゃってこの謎イベントを消化してしまおう。


「あ、待ってください」


「……なに」


 口を付けようとした所で明璃ちゃんの謎ストップがかかる。


「友達と飲む時は“乾杯”では?」


 あー。また変なこと言ってるね。

 彼女の距離感がおかしかったり、妙にフレンドリーに接しようとしてくるのは、転入をきっかけに変化しようとしているからである。

 要するに、過去の引っ込み思案の反動が起きているのだ。


「そんなルールは知らないし、そもそも友達じゃないでしょ」


「わたしと楪さんは、もう友達じゃないんですかっ!?」


「ちがう、クラスメイトっ」


 友人関係を認めるわけにはいかない。

 まだヒロインの誰とも仲良くなっていないのに、どうして悪女の楪と友達になるのだ。

 色々順序も流れもおかしいっ。


「……じー」


 しかし、それを許そうとしない明璃ちゃんはジト目でこちらを見つめてくる。

 

「はいはい、かんぱーい」


 もうどうにでもなれとグラスを差し出した。

 飲んで帰ってくれ。


「えへへ、乾杯でーす」


 ――キンッ


 と、ガラスの重なる甲高い音が鳴り、お互いに口をつける。

 シュワシュワと喉を刺激する炭酸と、甘みが口の中に広がった。


「かぁっ」


「親父かよ」


 思わずツッコんでしまった。


「あ、すいません」


「いや、あたしはいいけどさ……他の生徒の前では気を付けた方がいいと思う。お嬢様方は品を気になさるんだから」


 コーラで唸るとか、淑女としての品は皆無と言っていいだろう。

 まあ、あたしも淑女ではないので何も気にしないが。


「そうですね、意識しないと周りから浮いてしまいそうです……」


 グラスがからになったところで頃合いだなと話しかける。


「さあさあ、飲んだらお部屋に戻りなさいな」


「……もうですか?」


 名残惜しそうに体を揺らす明璃ちゃん。

 しかし、あたしとてイジワルで言っているわけではない。

 この後の彼女のイベントのために言っているのだ。


「そろそろあなたのお部屋を訪れる人がいるだろうから、戻っといた方がいいよ」


「そうなんですか?」


「そうなの、だからもど……」


 そう、本来であればこの後は明璃ちゃんの部屋にルナ・マリーローズが尋ねるシナリオになっている。

 転入生である小日向明璃こひなたあかりに興味が沸いたルナは、彼女にリアンがいない事を知り部屋を訪れる……のだが。


「どうしました? 何やら浮かない顔をされていますよ?」


「いや、まさかとは思うんだけど……」


 なんだか悪い予感がしてならない。

 今日のルナの反応と、リアンがいないという条件。

 まさかとは思うが……。


 ――コンコンッ


「ひいっ!!」


「どうして、そんなホラーのように驚くんですかっ!?」


 いや、ま、まま、まさかね?


 ――ガチャ


「まだ入っていいとは言ってないけど!?」


 勝手に開いていく扉に、あたしは思わず叫ぶ。

 まだ心の準備が整っていない。


「あ、やっぱり、ここにいた」


 白銀の美少女、ルナ・マリーローズが微笑みを浮かべて入口に立っていた。

 あー、ご尊顔が半端ない。

 ……じゃなくてっ。


「どうしたの、いきなり」


 恐らくだが、あたしの部屋に明璃ちゃんがいる事が問題だったのだろう。

 あくまでシナリオは明璃ちゃんを尋ねてルナが現れる。

 つまり自室にいない明璃ちゃんを求めている内に、あたしの部屋へと辿り着いてしまったのだろう。

 それ以外に考えられない。そうったらそうなのだ。


「うん、に会おうと思って」


「……ぐふっ!」


「ああっ、楪さん、どうしていきなり膝をついているんですかっ!?」


 背後からあたしを心配する明璃ちゃんの声が聞こえてくる。

 が、それも仕方ない。

 まさかヒロインのセリフが改変されて、自分の名前を呼ばれる事になるとは。

 どうして主人公じゃなくて、あたしに向けてそのセリフを放つのだ。

 

「……なんで、コヒナタがここにいるの?」


 怪訝そうな表情であたしの背後に立つ主人公を睨むルナ。

 うん、おかしいよ、主人公にそんな瞳を向けるのはおかしいよ。

 それをするならあたしの方だからねっ。


「ユズキはルナに内緒でこんな事してたの?」


 ルナはすたすたと部屋の中に入ると、テーブルの上にあるグラスを見て状況を察する。

 まだ部屋に入ってもいいとも言っていないのに見回りを始める胆力、そして瞬時に状況を察する観察力。

 ヒロインさんぱないす。


「いや、小日向に校舎案内するって話をした時、ルナもいたよね?」


「いたけど、部屋で仲良ししてるなんて聞いてない」 


 とんとん、と腕を組んで自分の腕を指で叩くルナ。

 どことなく不愉快そうな表情も浮かべている。

 あれれー?

 どうしてこんな修羅場みたいな空気が流れてるのかな?


 ……。


 そうか、明璃ちゃんを独占されてる事に怒ってるんだね!


「ルナは、小日向に用があったんだよね?」


「ううん、ユズキにしか用はない」


「……がふっ!」


「楪さん!? 二度目ですよっ!?」


 まさかヒロインにこんなセリフを言って貰える日が来るとは。

 この破壊力は、言われた当人しか分かるまい。

 腰の力が抜けてしまうのも自然な事なのだ。


「校舎案内は終わったはず、コヒナタは自分の部屋に戻ったら?」


「えっと……それで言うと、マリーローズさんもお部屋に戻るべきではないでしょうか?」


「どうして? ルナはユズキに用がある」


「その楪さんの様子がさっきからおかしいのはマリーローズさんが来てからです。ここは出直してから来るべきじゃないでしょうか?」


 ううん?

 どうしてあたしを軸に、お二人は互いを出し抜こうとしているのかなぁ?

 こんな展開あたし知らないよ?


「……コヒナタに指図される覚えはない」


「それは、わたしもですっ」


 互いを睨み合った小日向明璃主人公ルナ・マリーローズヒロインは、あたし悪女へと視線を移す。


「「楪さん・ユズキは どちらが部屋に残るべきだと 思いますか・思う?」」


 あー……。

 これは一体、なんのラブコメかな?

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