第11話 解体

 食人の道を選んだ3人の少女は、調理実習室でマリアの遺体と対峙していた。

 ニィナは各教室から解体に使えそうな道具を集めている。包丁に、ハサミに、消毒液に、その他諸々……


 これから始まる魂への冒涜に対し、ニィナは唾を飲み込む。

 ミカは相変わらずの軽い態度だが緊張と興奮を隠しているのが読み取れた。クミは青褪めて震えている。


「解体も調理もボクひとりでやる。2人は出ていってくれ」

「へぇ、それでいいの〜?」

「運ぶのを手伝ってくれて助かった。だが、言い出したのはボクだ。その責任を果たすよ」


 クミは心底ホッとした顔をし、ミカは少し残念そうだった。2人が調理実習室から出ていったのを確認したニィナは作業に取り掛かる。

 まず、ハサミでマリアの制服を切り裂いた。袖に刃を入れ、スーッと引くと真っ白な腕が現れる。上着、シャツ、スカート…… 服というものは布地を縫い合わせて輪を作り、人体を覆う。その輪をハサミで断ち切ってマリアを裸にしていく。


 学校の制服を傷付けるという行為は背徳的だ。チョキチョキというリズミカルな擬音が脳内でリフレインし、罪悪感が押し寄せてくる。心の耳を塞いだニィナの手が止まると、マリアは下着姿になっていた。

 ブラとショーツは上品な白色で飾り気がない。滑らかな皮膚の下には、うっすらと肋骨が浮き出ている。手脚はスラっと長く、腰回りは女性特有の丸みを帯びていた。身体付きはスレンダーで美しい。モデル体型である。


 次にブラのホックを外す。血が巡っていないのにマリアの乳首は綺麗なピンク色だった。乳輪は小さく、胸の形はお椀型でピンと上を向いている。

 ニィナは遺体の腹に指先を押し当て、ゆっくりと撫でてみた。括れた腰回りで大きなカーブを描き、肺の当たりで肋骨の凹凸に当たり、その後は胸の柔らかさに埋もれる。


 これだけ見事なプロポーションなのだから、さぞ同性から羨ましがられただろう。あるいは嫉妬されたか。

 背が低く、肉感旺盛なニィナは「チビ」だ「デブ」だと馬鹿にされることが多かった。だからマリアのボディが羨ましくなる。


「いけない、いけない……」


 下卑た想像に支配されかけたニィナは両頬を手で張った。

 ショーツにハサミを入れ、秘部を露わにする。

 マリアの恥丘は無毛でツルツルしていた。陰毛を剃っているのではなく、もともと生えていないようだ。

 貝のようにピタリと閉じた秘部を前に、ニィナは息を呑む。

 他人の女性器をこんなに間近で見るのは初めてだった。


 ハサミを台の上に置き、代わりに調理実習室から持ってきた細長いスプーンを手に取る。もう片方の手には職員室で入手したハンディライトを握った。

 スプーンの先で陰唇を押し、膣口を照らす。自分の陰核が凝視されているわけでもないのに、ニィナは無性に恥ずかしくなる。

 手は止めずスプーンを奥に進ませる。マリアの膣内は全く濡れておらず、抵抗が大きかった。ヒダがスプーンの先に絡みついている気がし、ゆっくりと引き抜く。

 ふと、マリアが処女なのか気になった。故人に対する詮索としてはあまりに不適切である。だが食人というタブーを犯そうとしている人間にとっては些事だった。

 これだけの美人なのだから男がいたのではないか。それとも身持ちが固かったのか。


 集めた中から適当な道具を探す。すりこぎ棒に目を留め、それにサラダオイルを塗った。少しでも潤滑させようという腹積りだ。

 無機質な木棒をマリアの膣口に押し当て、無遠慮に押し込む。力のいる作業だったが手のひらには「ぶちぶちっ」と何かが破ける感触が伝わってくる。妙な満足感を覚えたニィナはさらに奥まですりこぎ棒を押し込んだ。するとマリアの臍下がボコっと膨れる。棒の先端部分の形を皮膚と肉で包んだ形をしていた。


 子宮と膣の位置関係は知っている。子宮の中に棒が入るわけはないので、この位置が挿入の限界ということだろう。

 満足したニィナが棒を引き抜く。全体的に赤い血がまとわりついている。

 処女の死体を犯した。その征服感がニィナの胸を満たす。難解な本を読み、知識を吸収したときと似た感覚だ。あれは情報に対する征服感だったのだろう。

 覚悟を決めて、この場にいる。その覚悟は申し訳なさや罪の意識で形を保っていた筈だ。

 その形は今、仄暗い好奇心によって支えられている。


「そうだよ」


 ニィナの中で幼い頃の思い出が鮮やかに甦る。家の近くの池でカエルをよく捕まえた。そのカエルの口や尻に木の枝を突き刺した。カエルはすぐには死ななかった。面白くなって家から包丁を持ち出して腹を裂いた。食道や胃を貫通する枝を観察した。どのくらい切ればカエルが死ぬのか調べた。前脚や後脚を切断してもなかなか死ななかった。

 そして、無数の串刺しのカエルは数日で腐って別の何かになった——


「そうだった」


 カエル遊びに飽きた頃、池のほとりで野良猫が子供を産んでいるのを見かけた。親猫の必死の抵抗に遭いながらも子猫を一匹だけ攫うことができた。子猫は枝で刺すとすぐ死んでしまった。解体してみるとカエルと猫の中身は全然違っていたが、腐ると別の何かになるのは同じだった。


「そうなんだ」


 分からない。どうして子供時代の記憶が息を吹き返したのか。

 母親は「この子を池に近づけてはダメ」と周囲に漏らすようになった。

 死ぬと腐る。それが幼い頃のニィナが発見した世の中の法則だ。母親にそれを教えても理解してもらえなかったし、母親は「自分の娘は怪物だ」と泣いて家を出て、二度と戻ってこなかった。

 それからニィナは自分の発見を忘れるように努めた。今になってニィナの法則に逆らったものが現れる。それが記憶を呼び覚ましたのだ。腐らないのは確認した。棒も刺してみた。


 ところで猫とマリアの中身は違うのだろうか?

 ニィナは理科室で厳重に保管されていた解剖セットを取り出す。生物の解剖は昨今の授業では無くなったカリキュラムだが、道具だけは残されていた。何故か保管場所を知っていた。

 生き物を刻むのは初めてじゃない。ニィナはメスの先端をマリアの乳房に押し当てる。弾力のある皮膚が刃によって沈んだ。肌に一筋の線が入るとそこからは赤黒い血が滲み出て涙のように流れた。


「はははっ……」


 おかしくなってきて声が漏れる。

 肉の繊維が切れて骨が露わになると涙が出てきた。

 顔が歪んでいる。涙が止まらない。けれど、手は動き続けた。

 新しい法則が見つかりそうだ。その予感に突き動かされ、ニィナは責任を果たした。

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