第2話 6人の少女たち

 I沢高校の校舎は東西へ直線的に伸びている。中庭を支点とした天秤のような形で、左右対称だ。東側は校長室や職員室・放送室などが並び、西側は一般教室の他に技術室や理科室などがあった。

 そんな校舎の西端にある調理実習室には6人の少女が集まっている。全員が同じブレザーの制服だが着こなしが異なり、全員が異なる色の表情を浮かべていた。

 ホワイトボードの前にはクラス委員のエリと白衣のニィナがいる。他の3人は互いに距離を置いて椅子に腰掛けていたが、ハルカだけは腕組みして出入り口に背を預けて立っていた。


「皆さん、まずは自己紹介から始めましょう。私は2年の江崎エリ。こちらは新見ニィナさん。同じく2年生だそうよ」

「3年、三戸部ミカぁ〜。よろしくねぇ」


 ひときわ大柄で、髪を金色に染めた少女が気怠そうに挨拶する。ミカは制服の胸元を開けてだらしなく着崩しており、態度も悪い。所謂、不良というやつだろう。


「2年生の真壁マリアです」


 ミカとは対照的に校則をすべて厳守したかのような少女が立ち上がってお辞儀する。目鼻立ちの整った可憐な容姿で、大事そうにロザリオを握っていた。


「い、1年の葛川クミです……」


 次にオドオドした様子の少女が小声で喋る。目を泳いでおり、落ち着きがなく、明らかに怯えていた。

 最後のハルカに5人分の視線が集まる。エリからは厳しく、ニィナからは困ったような、他の3人は興味混じりの眼差しが送られてきた。


「……羽川ハルカ。2年」


 ハルカが押し殺した声で答えてやると、ミカだけが大袈裟に拍手してみせた。口端を歪めてニヤニヤ笑っている。


「自己紹介は終わったわね。次は新見さん、お願い」

「わかった」


 ニィナはホワイトボードにデカデカと『I沢高校全周囲しゃへい問題(仮)』と書き出す。遮蔽という漢字が書けずに平仮名になったのか、あるいは集まった面々を見て敢えてそうしたのかは分からない。キュッキュという小気味いいマジックペンの音が止まると、彼女は窓の外を指差した。


「ボクたちは、あの『壁』によって閉じ込められている」


 本来、調理実習室の外には校庭が見える。今あるのはうっすらとした光を放つ『壁』だけ。無論、建物の壁という意味ではない。建物の外にさらに『壁』があるのだ。それは窓と数センチしか離れておらず、ハルカの目には分厚い曇りガラスのように映った。


「ここだけじゃない。他の教室や昇降口の前、それから2階に通じる階段もすべて『壁』に覆われている。ボクとエリが調べた限りではね」

「マジで〜? 鍵のかかってる部屋とか無かったワケ?」


 自分の爪を弄りながらミカが口を挟む。ニィナやホワイトボードには一瞥もくれていない。


「校長室には鍵がかかっていた。後ほど調査しよう」

「つーか、いつの間にそんなの調べたの? あーしが中庭に突っ立ってたら声かけてきたっしょ? 待ち伏せ?」

「それは私が説明するわ」


 今度はエリが説明を始める。曰く、もっとも早く中庭で目を覚ましたのはエリである。その次に現れたのはニィナで、2人で辺りを探索したそうだ。暫くしてミカが現れ、マリアが現れ、クミが現れ、最後はハルカが現れた。場所はいずれも中庭だそうだ。


「校舎にいるのは私たちだけね。また誰かが現れるかもしれないけど」

「はいは〜い、クラス委員の江崎サンに質問で〜す?」

「何かしら、三戸部さん」

「その『現れた』っていうのは、全員がひとりずつ中庭に現れたってコトであってる〜?」

「そうよ」

「何もないところから? 突然?」

「そうなるわね。ちょっと目を離した隙に中庭に人影があったの」

「……へぇ。『異岩』の前にねぇ? 不思議なこともあるもんだねぇ〜」


 質問を終えたミカはニヤニヤ笑いながら爪弄りを再開した。

 重苦しい沈黙が訪れて、互いの視線が交錯する。疑問や疑念が入り混じって空気が水飴のように粘度を増した。


「あの…… これ以上、誰も現れないのでしょうか?」


 ロザリオを手に持ったままのマリアが誰にでもなく問い掛ける。当然、誰も答えなど分かる筈も無い。

 沈黙を嫌ったのかミカが大声で切り出す。


「めんどくさぁ。そんなのどうでもいいじゃん。壁のせいで出られない? さっさと外に連絡すればいいだけのハナシでしょ〜? ケーサツでも何でもさぁ? 助けてください〜 閉じ込められてますぅ〜って? 電波入らないみたいだけどさぁ、電話くらいあるっしょ?」

「職員室の電話は外へは通じなかったよ。ついでに校舎には電気も水道も通っていない。外部とは完全に隔離されている」

「マジ? 助けも呼べないワケ?」

「そうらしい。一応、自分の持ち物をチェックしてくれ。使えそうなものがあれば教えてほしい」

「あっ……」


 それまで落ち着いた様子だったマリアが慌てて制服のポケットを触る。

 しかし、目当てのものは見つけられなかったようで顔が青褪めていた。


「あの、どなたか私のポーチを見ませんでしたか? これくらいの大きさで、黒くてファスナーが付いていて、私の名前が入っていて……」

「ボクは見かけていないな。誰か、それらしいものを見なかったかい?」


 誰もが首を横に振ると、マリアは俯いて声を震わせる。余程、大切なものが入っていたようだ。


「どうしましょう……」

「今は非常事態なの。我慢して」


 突き放すようなエリの態度に、マリアはしばし沈黙した後で「そうですね」と力なく微笑む。

 そんなやり取りを眺めていたハルカは誰にも聞こえないように溜息を吐く。指でトントンと自分の二の腕を叩き、目を伏せた。


「もう一度、確認したい。この中で互いに知り合いだという人は?」


 ハルカは全員に問いかける。エリが2年A組のクラス委員と名乗ったことがずっと引っ掛かっていた。同じクラスなのに江崎エリのことを知らないし、向こうもハルカのことを知らなかった。


「少なくともボクの知っている人間はこの中にいない。江崎さんとは会ったばかりだ」

「私も同じね。いないわ」

「誰も? へぇ、そうなんだぁ?」


 笑いながら手を打つミカは椅子から転げ落ちそうなほど身体を傾ける。

 ハルカはここに集まった人間を誰一人として知らなかった。顔どころか名前も分からないし、校内ですれ違った記憶もない。


「でもさぁ、おかしくない? あーしら、I沢高校の生徒っしょ? いくら学年やクラスが違うからって名前どころか顔すら知らないって有り得るぅ?」

「確かなことを言えないね。だから議論はあとにしよう」

「なんで?」

「さっきも言ったけど、ここには電気も水道も届いていないんだ。調理実習室の中を探してみたがあるのは調味料だけ。包丁やまな板は揃っているけどね」

「え〜、それってもしかして……」

「他の場所にも、まともな食べ物は無いだろう。

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