第3話恋の天使は学校に通いたい

 次の日の朝ベッドから起きてから部屋を出て寝間着のまま階段を降りてリビングへと入ると、とんでもないものを目にした。


「あらおはよう雪、早く朝ご飯食べちゃいなさい」


「おはよう」


 起きてから部屋にいないと思っていたソルトはなんとリビングにいて朝ご飯を食べている真っ最中だった。


「ご飯のおかわりなのじゃ」


「あらあらソルトちゃんはよく食べてくれるから助かるわね」


「だがソルト食べ過ぎもよくないぞ」


 両親はなんの違和感もなくソルトと接している。


「雪、何そこで突っ立ってるのよ。早く食べないと遅刻しちゃうわよ」


 母さんに言われて俺も席につこうとするがその前にソルトに近付く。


「お前一体何したんだ」


「私は今この朝ご飯を食べるのに夢中なので話は後でにするのじゃ」


 そしてソルトは母さんからよそってもらったご飯を受け取るとおかずと共に食べ始める。こうなったら後で問い詰めようと席について俺も朝ご飯を食べ始めようとした時にリビングに呼び鈴が鳴り響く。


「こんな朝早くに誰かしら、あら可愛いらしい女の子じゃない。ねぇこの子あなたと同じ制服を着ているけどもしかしてあなたの友達じゃないのかしら」


「友達?」


 母さんはインターホンのモニターを覗き込んで俺に話す。中学の友達は別の高校に行き、昨日の入学式でも俺はクラスメイトと話をしていないからまだ俺に友達なんかいない。


 母さんの隣からモニターを覗き込むと黒髪ボブカットの女の子が制服を着てきょとんとした顔でインターホンを眺めていた。


 リビングから玄関に行き扉を開けて声をかける


「あの~うちに何か用でしょうか?」


 確かこの女の子には見覚えがある、俺と同じく昨日入学式に出ていて、同じクラスメイトでもある。だが俺はこの子の事を全く知らないしなんなら会話した事すらまだない。


「あ……その、私」


 すげぇ小さい声で聞き取るのが難しい。


「そ……そのぅ」


 そうしてだんだんと顔を赤らめていって目をぐるぐるさせている。


「ご、ごめんなさい~」


 次の瞬間には謝りながら目も止まらぬ速さで立ち去っていくのを目撃した。


「な、なんだったんだ」


 結局彼女が来た理由も分からずじまいのまま玄関の扉を閉めてリビングに戻る。学校に行く時間も迫っていたのでさっきの事を考えるのは後にして急いで朝ご飯を食べ始めた。


「ふわぁ~」


「それでソルト一つ聞きたい事があるんだが」


 部屋で制服を着ながら学校に行く支度を始めて俺のベッドであくびをしていたソルトに問いかける。


「なんなのじゃ」


「さっきも聞いたがお前俺の両親に何かしたようだな」


「私は何もしていないのじゃ」


「じゃあなんで両親がまだお前の事を教えてないのにあんなに親しく接していたんだよ、絶対お前が何かしたんだろ」


 はぐらかして答えるソルトの顔の頬を思いっきり引っ張る。


「分かった、話すからそんなに強く頬を引っ張るでない」


 昨日よりも聞き分けがいいソルト、頬を引っ張るのを止めて離すとソルトは頬をさする。


「全く、いいか私はな昨日の夜お主が寝ている間にお主の両親とこの付近にいる人間の記憶を弄って、私が前からお主の妹だという記憶を頭に植え付けたのじゃ。じゃからお主の両親も私に親しく接していたという訳なのじゃ」


「な、なるほど……って記憶を植えつけたってそれ危険じゃないのか!?」


「記憶を植え付ける事はそんなに危険ではないから騒ぐでない、それよりお主さっきから何をしておるのじゃ」


「何って学校に行く準備だよ」


「学校? なんじゃそれは」


「もしかして学校を知らないのか」


「私がこの人間界に降りたったのは数百年も前の事じゃ、その時は学校なんて存在もなかったから知らなくて当然なのじゃ」


 少し怒ったソルトが身近にあった物を次々と投げてくる。


「バカにした訳じゃないからそんな怒るなって学校ってのは将来に役立つ事を勉強する所だよそこに俺と同い年の男女が通っているんだ」


「ふん、つまらなそうな場所じゃな」


「ソルトの言う通り学校がつまらないって奴もいるかもな、それじゃ行ってくるけどくれぐれもこの部屋から出るんじゃないぞ」


「それは約束できんな、何せ今まさに私も学校に通いたくなったのじゃから」


 ソルトはベッドから立ち上がって高らかに言い張る。


「今お主学校には男女が通っていると言ったな」


「言ったが、それがなんだ?」


「私が昨日言ったであろうお主の恋の手伝いもとい恋というものを教えてやるとな、その学校でべんきょう? するという事は分からんが。男女が集まる場所など早々見つかるものではない、だから私も学校とやらに行くぞ」


 ソルトはいきなりとんでもない事を言い出す。


「そんな簡単に学校に行けるわけないだろ、今日は大人しく家でゆっくりしてろ。ほらせんべえあげるから」


「せんべえじゃと!!」


 せんべえの袋をソルトに手渡す、ソルトは大喜びでせんべえの袋を受け取る。


「って、そんな簡単に乗せられる私ではないのじゃ」


 せんべえをバリバリと頬張りながら説得力の欠片もない話をするソルトは放っておこうと部屋を出ようとする。


「おい、待つのじゃ」


「あのなぁ……俺も急がなきゃ学校に遅刻するんだよ。入学式の次の日から遅刻とかめっちゃ恥ずかしいし、話ならまた帰ってきたら聞いてやるから」


 バタンと部屋の扉を閉めて部屋から出ていき急いで学校へと向かう。


「わ…私は恋の天使なのじゃ、こんな事でな…な…泣くわけがないのじゃ」


 ソルトは今にも泣きそうになる顔をぐっと堪えて部屋から出る。


「あら、ソルトちゃんどこに行くの?」


「学校とやらに行ってくるのじゃ」


 リビングを通りかかるとあやつの母親に声をかけて玄関に近付き扉を開ける。


「そういえばあやつの学校がどこにあるのか私は知らぬのじゃ」


 結局この日ソルトは学校に行くのを諦めて部屋でくつろぎながら帰ってくるのを待つのだった。

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