体育のサッカーは見せ場になる?

 五月になってから体育は個人の体力測定を終え球技になっていた。当面はサッカーをするようだ。二クラス対抗の試合形式。

 全員参加なので三十名ほどの男子がグラウンドに散っていた。やる気のある男子の方が少ない。

 りょうもそのひとりだった。真ん中よりやや自陣よりにいてほとんど動かず、ボールが飛んできたら近くにいるフリーの味方にパスを出して難を逃れた。

 活発に動いていたのはB組の渋谷しぶやで、彼はボールを追い、走り続けた。

 A組では栗原くりはらが大きな体に似合わないくらい俊敏に動き、しばしば渋谷とマッチアップしたが、渋谷はその栗原を上回るボール捌きをみせた。

 二クラス三十名もいて、まともにボールに絡んでいたのは五、六名だっただろう。

 ところが、体育館でバレーボールをしていた女子が授業が早く終わり、一部が男子の様子を見に来たあたりから男子の動きも変わった。女子に良いところを見せようとハッスルする者が増えたのだ。

 小山内もその一人で、変わり身のはやさは呆れを越して尊敬に値すると遼は思った。

耀太ようた恭平きょうへいに負けてるよ!」高原和泉たかはら いずみが栗原に発破をかける。

 その声が届いて、疲れで動きが鈍くなっていた栗原が再び走り出した。

 それを見て高原とその周囲にいた女子たちが嬌声をあげて応援合戦をし始めた。どうも女子はA組B組入り交じっているようだ。

 そろそろ男子の体育も終わりになりそうな時間帯、ルーズボールがたまたま遼の近くに転がってきた。

 渋谷と栗原を筆頭に何人かがボールを追って遼のところまで迫ってきた。

 逃げても良かったのだが、走って離れるのも面倒だった遼は、ボールを軽く止めて、そのままターンして追っ手に背を向けた。

 そしてある程度迫ってきたのを肌で感じた瞬間後ろ向きにボールを蹴りあげた。

 弧を描いたボールは渋谷と栗原の頭を越えて、その後ろをつめていたA組男子の足元に落ちた。

 かくして、その男子はフリーでボールを受け取り、ドリブルで敵陣に向かった。

 一団が去っていく気配を感じて、遼は振り返った。

「うまいな……」と言ったのはボールを追わずにその場にとどまっていた渋谷だった。

「行かないのか?」遼は訊いた。

「もう終わるから」渋谷が言った通り、終了のホイッスルが鳴った。

 A組は最後に意地を見せてゴールを奪ったが二対三で負けた。遼はその結果を認識していなかったが。

「渋谷くーん、ナイッシュー!」女子の嬌声があちこちから聞こえた。

 B組の三点のうち二得点は渋谷があげたものだ。渋谷は女子に手を振る。するとまた女子の黄色い声が聞こえた。ふだん学内でこうした声を聞くことはない。グラウンドの、教師たちの姿がないときに見られる光景だった。

 女子たちの中にスマホを手にしている者がいて渋谷を撮っていた。渋谷は撮られていることを知っていて、ポーズをとる。そして引き上げようと歩きかけていた遼に声をかけた。

香月かづき君、一緒に写ってよ」

「は?」

 有無を言わさず渋谷は遼の肩に手をかけ、ピースサインを女子たちに向けた。一部の女子たちが興奮していた。

「レアなツーショットよ、後で私にもちょうだい」スマホを手にした女子が取り囲まれていた。

「じゃあまた」渋谷は女子だけでなく遼にもウインクして引き上げていった。

 意味がわからない、という顔つきで歩く遼に小山内おさないが絡んできた。

「渋谷・香月のレアツーショットに女子は興奮だね」

「ん?」

「うらやましいよ、香月君。渋谷君に負けてない」

「いやオレは全然動いてなかったが」

「イケメンはじっとしていてもモテるってことだよ」

「やっぱりわからん」

 そう言う遼の肩を小山内はぽんぽんと叩いて笑った。

「いいから、いいから、君はそのままで」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る