学園の顔を知らない男

 りょうが鞄から本を取り出したので、小山内おさないもまた「じゃあ」と言って他に構ってくれる者を探し始めた。

 この二人をこなせば遼はひとりになれる。朝のショートホームルームまでは短い読書の時間だった。話しかけてくる者はもういない。時々視線を感じるが、遼に好奇の目を向けても、それ以上距離を縮めることはなかった。

 ふつうに授業を受けるだけなら他人と接触しなくても学園生活は送れる。グループ行動が必要になるのは理科の実験だとか体育くらいだった。

 その体育は隣のB組とともに週に二度、二時間続けて授業があった。準備や片付けに時間をとられるから二時間まとめているのも妥当だろう。通常男女別々に授業がある。男子は二クラス集めても三十名程度で、四月は基礎体力測定に充てられていた。

 A組の男子は体育に秀でた生徒が少なかった。目立つのは身長百九十超えの栗原で、彼は中肉中背をそのままスケール高にした体をしていて、動きも素早かった。

 遼は運動神経は悪くはなかったもののやる気がないので目立たないよう並の測定値を出していた。

 一方、B組には目立つ男子がいた。渋谷恭平しぶや きょうへい。運動神経にかけては学年でも屈指で、しかもなかなかの美貌だったために女子生徒の人気が高かった。彼はテニス部に所属しているらしい。クラスでもリーダーシップを発揮していて、B組といえば渋谷の顔を誰もが浮かべた。

「恭平にはかなわないな」渋谷の隣に栗原がいた。仲は良さそうだ。

「渋谷君は去年A組だったんだ」またしても耳元で小山内の声がした。

「驚かさないでくれ」遼は遠慮なく小山内に言う。

「驚いたように見えないよ」

「表に出ないだけだ」

 それは確かだった。昔から感情表現が苦手だ。そうしたものはみな双子妹いもうとせいが持っていった。

「渋谷君もA組の顔だったんだけどね、今やB組の顔だ」小山内は遼に話し続けた。「A組といえば高原たかはらさん、渋谷君、そして前薗まえぞのさんの顔が浮かんだものだよ」

「それはお前の話だよな」

「ボクに限らずだよ」

「少なくともオレは何も浮かばないが」

「それは君が他人に興味がないからだよ。きっと前薗さんのことも知らないのでは?」

「誰だっけ? うちのクラスにいたっけ?」

「B組だよ。ってか、前薗さんを知らないなんて御堂藤みどうふじの生徒じゃないと言われても仕方がないよ、君らしいけど」

「そうなのか……」

「いやいやいやいや、ミス御堂藤で、御堂藤のプリンセスと言われる前薗さんを知らないんだからやはり君は大物だよ」

「見てみたいな」

「君も女の子に興味があるんだ?」

「オレだって鑑賞くらいするさ」

「たぶん見たことあると思うよ、てか、学園に入って一年以上たつのに見たことないはずがない。きっと彼女ですら君の印象には残らないんだな」呆れるように小山内は言った。「雨が降ったら体育館で男女混合の授業になるから、そのうち教えてあげるよ」

「それはすまん」と言いつつ、そうした話は明日になったら忘れているだろうと遼は思った。

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