第16話 「これって密会になるの?」
この職場において休み明けの午前中というのは、とりわけ仕事量が多い……連休明けともなると尚更である。本来なら休みボケでテンションは低いのが通例なのだろうが、今の
前日にかつて想いを寄せていた
(――!! それだと私が告白したみたいになってるじゃないの!)
現状の自分を改めて見つめなおす機会を与えて貰った……そして誓った。
――今の自分を変えて、惰性で生きている今から卒業するのだと!――
(……うん、間違ってないんだけど……ちょっと誇張しすぎな気が……)
そんな睦美にしてみれば、今までの生活では経験出来ないほどの刺激を与えてもらった後なのだ、休みボケなんて起こるはずもなかった。
(えーっと、一番の刺激は君が以前と変わったことなんだけどね……)
時刻はまもなく正午を迎えようとしていた。忙しかった仕事の対応も大分落ち着きを取り戻してきたので、昼休みを取るための準備を始めようとしていた。
(そうだね、
「
「はい、大丈夫ですよ。お昼休憩ですね? 遠慮なく行ってきてください」
「ありがとうございます。何か分からないことがありましたら社用の携帯に連絡してくださいね、すぐに戻りますので」
部屋でデスクワークをしていた湯浅に仕事を預けて、睦美は逢澤の待つ経理部へと歩き出した……そこで待つ密会に参加する為に。
(だから密会じゃないから! ……あれ? これって密会になるの?)
「――失礼します。……逢澤さんはいらっしゃいますか?」
経理部の前まで来た睦美は、扉を開けて中を覗き込み、逢澤を探しながら声をかけていた。その姿は先程営業部に来た
「お、睦美じゃん! ちゃんと来てくれたんだね! それじゃ、ご飯行こっか」
「えっ? お話があったんじゃないんですか? ご飯のお誘いだったんですか?」
「ん? 両方だけど? ひいらぎー、睦美来たからご飯行くよー」
「は、はい! ご一緒させてもらいます!」
こういうときの逢澤の強引さは、良くも悪くも誰にも止めることは出来ないのだ。持って生まれた天性とでも言うべきその姉御肌は人を惹き付けるだけでなく、率先して人を引っ張っていくリーダー的な資質を惜しげもなく見せつけていた。
「両方って……それはいいですけど、何処に行くんです?」
「ん? 何処って、コンビニに決まってるじゃん!」
(決まってるんだ……)
有無も言わさぬ流れで一行は職場近くのコンビニに向かい歩き出す。だが、そんな当たり前のような光景でさえ今の睦美にとっては新鮮なものだった。
日頃から不要な接触を避け、誰かと行動を共にすることのない彼女にしてみれば、パーティーを組んで挑むこのコンビニへの道のりも壮大な冒険の一つなのだ。
(はいはい、所詮は人付き合いレベル1のかけだし冒険者ですよ!)
昼時のコンビニは買い物客で賑わっていた……オフィス街にあるコンビニなのだから当然と言えばそうだろう。そんな人込みの中に当たり前のように入っていく逢澤を後ろから見つめながら、睦美の足は入り口手前で止まってしまっている。
人込みが苦手な彼女にしてみれば、目の前にある光景は人目と言う名のモンスターの大群がいるモンスターハウスのようなものだ。
(モンスターハウスって……確かに間違ってないんだけど……)
「七瀬さん、どうかしましたか?」
「えぇ、実は私……人込み苦手でして……どうしても人目が気になってしまって」
「そうだったんですね……。代わりに何か買ってきましょうか?」
「――! よろしいのですか? お願い出来ると助かります!」
睦美にとっての勇者は、逢澤ではなく柊木だったようだ。様子が気になった柊木が気を使ってくれたおかげで、睦美は危機を脱することが出来たのだった。
(本当に勇者だよ! 柊木ちゃん、ありがとう!)
その容姿は、後れ毛にくびれを持たせ韓国風にアレンジしたミディアムのオルチャンヘアにクリクリとした大きめの目が愛らしく、卵型の輪郭が綺麗な顔立ちを作り上げている。
何よりも目を引くのは、その小ささだ……身長が140cmぐらいとかなり低い。
「何か希望の物とかありますか? 売り切れちゃってるかもですけど……」
「柊木さんにお任せします。私は何でも大丈夫ですので」
「分かりました! ちょっと待っててくださいね!」
そう言うと柊木はその小さな体で人込みの中へと飛び込んで行った……その姿は、紛れもなく困った人を助けるために行動する勇者のそれだった。
(お願いしちゃったけど、柊木ちゃんってコミュ障なのに大丈夫なのかなぁ……)
「あれ? 睦美はお昼ご飯買わないの?」
「あ、逢澤さん。今、柊木さんにお願いして買いに行ってもらってるんです……私が人込み苦手だって言ってしまったので、それを気遣ってくれたようで」
「そかそか、さすがは私の柊木だねぇ」
(……ん? 私の柊木? 私の⁉ えっ!! そ、そういう関係なの?)
買い物を終えて帰ってきた逢澤は柊木の取った思いやりのある行動に満足したようで、見るからに誇らしげだった。
あのコミュ障の柊木が睦美には普通に接することが出来るのが嬉しいのだろう。
(いやいや、そこじゃないでしょ! 私の柊木って言ったんだよ⁉)
「お待たせしました! 七瀬さん、これで大丈夫でしょうか?」
「ありがとうございます、柊木さん。大丈夫ですよ、助かりました」
柊木が渡してくれた袋の中には、サンドイッチが2種類と紅茶が入っていた。
「私も一緒なんですよ」と言いたげに自分の袋を広げて笑顔を見せるその姿は、本当に愛らしく抱きしめたくなるほどの破壊力がある。
それはまさに不意打ちだった……柊木から無意識に繰り出された無垢な笑顔は会心の一撃となり、睦美の心を打ち抜くと同時に新しい恋情を芽生えさせた瞬間だった。
(いや、芽生えないから……ってか、君はどんな愛憎劇を求め想像してるの!)
「それじゃ、職場に戻って食事しながら話しよっか」
逢澤のその一言で現実に引き戻され、一行は職場へと歩き出した。
その姿を微笑みかけるかのように陽光が優しく彼女たちを包み込み、少し早い初夏の風によって背中を押されて舞った若葉たちが後を追いかけていた。
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