第13話 「なんかおかしくない?」
視界とは光があって初めて生まれてくる……言い換えれば、光が無い場所では何も視認できず、本当にそこ存在しているのかさえ疑わしい。そんな闇に包まれていたこの部屋の中も朝の薄明かりのおかげで視界が確保できるようになってきた。窓に掛けられたカーテンの隙間から射す一筋の旭光がパソコンデスクの上に置いてある一つのぬいぐるみに向けられ、それは荘厳なオーラを纏っているかのようだった。
「朝からうるさいなぁ……いったいどうしたの……」
『
「……ん? まさかそれだけのことで私を起こしたの?」
『それだけのことってなんすか! 凄い光景なんすよ!』
「ハイハイ、スゴイデスネ」
瞼が半分閉じた状態で話す睦美の姿は、迷惑なものでもあしらうかのように言葉を発していた。起床にはまだ早かったのだろう……すぐさま布団の中に隠れるようにうずくまって再び眠りについた。
現在の時刻は5時51分……起床の為に設置したスマホのアラームが鳴り始めるまで残り9分となっていた。
「――あれ? なんかおかしくない?」
突然、自ら布団をはぎ取り姿を現した睦美からは、つい先程まで見せていた寝ぼけ眼は消えていた。若干驚きつつも不思議そうに思案しながらパソコンデスクの上に置いてあるぬいぐるみを凝視していた。
「いやいや、状況説明はいいよ。それよりも、やっぱりおかしいよ……」
『急にどうしたんすか? 自分、何か変なことでも言ったっすか?』
「うん、言った! ……ってか、本当に気付いてないの? 今君は自分で見た光景を語ったんだよね?」
『そうっすよ? 部屋が明るくなってきて光が差し込むのが見えたっすから』
「それだよ! 今までは、私が見てるものか私の姿しか見えてなかったよね?」
『…………!! ホンマや! 全然気づけへんかったわ!』
「相変わらず興奮するとその話し方になるんだね……」
『すみません、取り乱したっす。でも、どういうことなんすかねぇ……』
「私に分かるわけないでしょ? 君にも分からないの?」
そう言うと睦美はぬいぐるみが気になるのか、手に取って触りながら調べていく。その表情からは好奇心にも似た感情が汲み取れる。
どれだけ調べようとも、そのぬいぐるみが直接動くわけでもなければ、話をしだすわけでもない……それでも今は気になって仕方ないのだ。
「いや、そんな説明いいから……で、思い当たることないの?」
『そんなこと言われても困るっすよ。何も思い当たることなんか……あっ!』
「――! 何か分かったの? 原因っぽいのあった?」
『あくまで可能性の話っすけど、睦美さんの心境の変化に合わせて進化したとか』
「どういうこと? 私が原因ってこと? しかも心境の変化に合わせて進化って……ゲームじゃないんだから」
『そもそも、自分の存在自体がすでにイレギュラーなんすよ? ゲームやアニメみたいな変化があってもおかしくないじゃないっすか!』
「確かにそうかも……最初は、精神的に追い込まれてた時に助けてほしくて声にしてたら君が現れた。なら、私の心境の変化で君が変わってもおかしくないわけだ……」
『そういうことっす! 現状を打開して前向きに動き始めた睦美さんの心境の変化に合わせて、自分にも変化が現れたと考えるのが自然じゃないっすかね』
睦美はそばに置いてあったスマホを手に取ると、その画面を付けたり消したりしながら瞑想している。スマホを弄るのは考え事をする時のいつもの癖ではあるが、今回は瞑想をしながらという珍しいスタイルである。
その姿は、頭の中の情報を整理しながら納得しようと懸命に努めてるようだった。
「うっさい! 大方あってるけど、珍しいは余計だよ!」
『まぁ、いいじゃないっすか。それに、考えても答えは出ないっすからねぇ……それなりに納得出来たのならOKじゃないっすかね』
「それも一理あるね。考えても結果が変わるわけじゃないだろうし……でもね、一つだけ分かったことはあるんだよ?」
『なんすか?』
「それはねぇ……」
『なんなんすか?』
「君の本体に仮定したあの[ぬいぐるみ]を君自身が気に入ってるってことだよ!」
『……………………』
瞑想から迷走への転換……睦美はこれでもかというドヤ顔で朝日を受けて輝いているぬいぐるみを指さして叫んでいた。
きっとまだ寝起きで正常な判断が出来ないでいるのだろう……現在時刻は5時57分、まだ起床のアラームは鳴っていないのだから。
「その逃げ方……図星だったんでしょ! それに、迷走してないし正常だからね!」
『アレっすよ。ほら、アレっす……アレしかないじゃないっすか』
「いやいや、それで分かる人が全国に何人いるの。むしろ迷走してるの君じゃない」
『…………しかったんすよ』
「え? 今何て言ったの? 全然聞き取れなかったんだけど?」
『嬉しかったんすよ!! 初めて睦美さんから貰ったものだから!』
「そっか……そうだったんだね。 そうとは気付かなくてごめん……でもね……」
『な、なんすか? 二度は言わないっすよ?』
「そのぬいぐるみ……あげたわけじゃなくて貸してるだけだからね」
『うわああああ! 睦美さんの人でなしいいいい!』
「あははっ! ダメ、あははっ! 笑いすぎてお腹痛い……」
こうして惰性での生活から抜け出す為の初日は始まったのだった。
今の睦美の姿を普段も見ることが出来る日はいつになるのか……それをし……
<ピピピピッ! ピピピピッ!>
「あははっ! アラームに邪魔されてるし! お、お腹痛い……笑わせないで」
『うわああああ! 厄日だああああ! 台無しだああああ!』
「うんうん、今日も平常運転だね。さ、起きて仕事行く準備はじめよっと」
人が新しい道を歩んでいく中で、日常の内容が変わることがあったとしても、日常そのものが無くなることは無い……。無くなったと感じたのだとすれば、それは日常に気付けないほど刺激的で充実した時間を過ごせているからに他ならないだろう。
睦美をこの先待ち受けている未来が、笑いの絶えない日常であって欲しいと……差し込む刺激という光が影さえも消してしまうような時間であって欲しいと切に願う。
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