第10話 王子の本音
疑いたくはなかったが分かっていた。
準王族である彼を動かせるのは父である王だけだと分かっていたはずなのに、認めたくなかった。
愛されていると自信を持って言えるわけではないが、それでも彼の子供だ。ましてや
「…………私は彼女にふさわしいと言えないな」
今だって守られている。足手まといだ。
次々現れる刺客から逃れるため、王城を飛び出した。王城では誰も守ってくれない。助けてくれない。みながみな、見て見ぬふりをした。それは
だから従者のバルトとふたり、王都を出た。
そして本能なのだろう。自然と体がベルヘンケ伯爵領へと向かった。
分かっている。
行ってはいけないと。迷惑をかけると。危険な目に合わせると。
それは愛おしい人を守るため。自分はどうなっても良いから、彼女だけは生きていて欲しいと思うから。
だが体と心は裏腹で、理性は本能に負ける。
彼女の為に死ぬべきだと思いながら、それでも会いたくて、彼女の声が聞きたくて、生き抜こうとあがく。
次々と襲ってくる刺客を薙ぎ払い、精根尽きかけた時、叔父が現れた。
叔父の
魔力で弾こうとしても止められない。結界はガラスのように砕け散り、私を庇ったバルトに深い傷を負わせてしまった。
おいて逃げろと叫ぶバルトを抱え、必死に逃げた。
どうしてなのだろうか。いつ死んでも良いと思っていたのに。
必死に命を繋ごうとする自分が滑稽で、笑いが漏れる。
それは彼女に会いたいから?それだけではないのだろう。
結局、死ぬことすら怖いのだ。母に似た臆病な私は。
後宮の片隅で生きる母は、呪いのように私に言っていた。
―目立ってはいけない―
―殺されてしまうわ―
―母も弟も妹も殺されてしまった―
―浅はかな私のせいで―
―あなたには私だけ―
―私に残されたのも、あなただけ―
―だから生きて。あなたが私が、私たちの家族が生きていた証なのだから―
王である父は、子供を作らないように母に避妊薬を与えていた。だが母はそれを呑まなかった。
子供ができれば、父の心を引き留められると思っていたから。そうすれば、自分の家族に良い生活をさせることができると信じていたから。
結果、私ができたことで、父の心は離れ、家族は後宮の人々によって殺された。それは事実だ。
だが叔父が言うように、人々が噂するように、私は母に虐待されてもいないし、望まれていなかったわけじゃない。
ただ、すべてを失った母に、精神的に縛られていただけ。それだけだ。
きょうだい達の誰よりも魔力が弱く、力もない。それ故に、死なないために、臆病になった。ひっそりと生きて、母の血を繋ぐ。それだけが生きる目標で、それ以外に生きる意味は見いだせない。
美しい所作を学ぶのも、有力な貴族の婿養子になるため。
知識を増やすのも、婿養子になった貴族の役に立つため。
力など最低限で良い。誰も私にそれを期待していないのだから。
そう考えながら成長した結果、彼女の、
準王族である彼に立ち向かう姿は凛々しく、迷いがない。自分とはまるで違う人。その生き方が妬ましくも、羨ましい。
「こんな仕打ちを受けても――娘が良いのですかな?」
「え⁉」声の聞こえた方に視線を向けると、細い枝の上に立つ、ベルヘンケ伯爵の姿を認識できた。
まるで気配がしなかった。私がぶら下がっている枝に立っているのに、揺れもしなかった。
「いつの間に……」
「あれだけの殺気が放たれれば否応でも気が付きますな」
「いま、お嬢さんが戦っていますが――」
「加勢にはいきません。娘の獲物を横取りするなど、父のやる事ではないですからな」
そうなの……だろうか?
普通の親は娘を助けに行くのではないだろうか。どうやらベルヘンケ伯爵家は常識が違うらしい。
それはそうだ。普通の親なら、嬉々として娘を差し出すはずだ。王族の一因になれるのだから。
「しかし、娘に守られるとは……夫を名乗るにはあなたは弱すぎる。このままでは力が足りない。もっと鍛える必要がありますな」
ひょいっと軽くを持ち上げられた。まるで猫の子を助けるように。この細い枝を揺らすこともない。そして叔父も、ベルヘンケ伯爵に気が付いていないようだ。
気が付いているのは――愛おしい人であるリュエナ嬢だけ。
「私を彼女にふさわしい男にして頂けますか?」
「努力する男を、我がベルヘンケは歓迎します。ここでの戦いが終わったら鍛えましょう」
「リュエナ嬢は大丈夫でしょうか?」
「お忘れですかな?リュエナはこの森に入る前にあらゆる
そうだった。魔の森に入るのに、なんてことをするのだと伯爵夫人に抗議をしたら、伯爵邸から放り投げられたのだ。この程度でガタガタうるさいと怒鳴られて。
「自分で解けば良いだけ――それだけのこと」
ああ、ベルヘンケ伯爵とは力の強さの格が違う。王族ですら歯が立たないとは――。
頼もしい存在だ。だがいつか彼女の横に立ちたい。守られるのは男として、彼女を伴侶に臨むものとして矜持がゆるさない。
その時、彼女の小さな体から、膨大な魔力が溢れた。
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