第9話 来襲(2)

ねっとりした空気に違和感を感じる。身体にまとわりつくような気配も嫌だ。


「もー、気がつけよな!あいつら兵達みんな、帰ったら鍛錬だ!」


腕の中には眠れる森の王子様変態のあしでまとい


私が殴ったユストゥス様は気絶して、往復ビンタしても起きなかった。そのまま森に放置しようかと、一瞬、いやかなり長い時間悩んだが、それは有罪だ。

試行錯誤した結果、お姫様抱っこで帰っている……途中だ。


「父様は索敵苦手だからなぁ」


いや、相手が上手なのだろう。父の追跡を逃れたやつに、我が家の兵士たちが気がつくわけがない。

気配を消してこちらを伺っているのは確かだ。それだけじゃない。相手は判っているんだ。私が気がついていることを。


足手纏いがいる分、こちらの方が分が悪い。


「待てよ――このまま差し出せば!」

そうだ、そうだ。なんて素晴らしいアイデアだ!と歓喜の声を上げると、狙い通り奴は出てきた。


「それは懸命な判断だね。これでも私は優しいんだよ。かわいいお嬢ちゃんを殺したくはない。だから、それをよこせ!」


おお、強気な発言だ。

そして強いのだろう。魔力が体から溢れ、魔の森の木々を揺らす。

これが血統の良い準王族の力というわけだ。こうしてみるとユストゥス様は彼よりずっと弱い。


「どうしようかな?変態だし、変態だし、変態だけど――」

だけど――殺されると判っているものを渡すのは有罪じゃないだろうか……。


「まさかつがいの自覚があるというのか?まだ幼いのに?」


「……つがい?」


つがいを知らないとは――それは好都合だね。さすが戦闘狂のベルヘンケ伯爵家。まっとうな教育も受けていないとは――」


「――――はぁ⁉︎」


「ああ、お前が知る必要はないものだ。さっさと寄越せ。殺すよ?」


おいおいおい!私を馬鹿にするのも頭にくるけど、我が家を貶すとは何事だ!

確かに我が家は戦闘狂だけど、淑女教育より戦闘訓練を優先されているけど、そういえばダンスとか習ったことないけど、あれ?読み書き以外に何習ったっけ?戦略の勉強とか?魔法の勉強とか?古今東西の武器の使い方とか?

最近読んだ本はひとりで砂漠を生き抜く方法。つまりサバイバルの本……。


「あ――確かに戦闘狂かも?」

まごうことなき戦闘狂だ。だけど譲れないものもある。


「ユストゥス様は渡さない!」って叫んだのはいいけど、自分でも格好良い〜とか思うけど、邪魔なんだよね?どうしよう、この荷物。


その時、ユストゥス様の瞳がぱちりと開いた。

やはり狸寝入りだったか、この変態め!


「ありがとう、そこまで君に言ってもらえるなんて、それだけで私は本望だよ」

ユストゥス様が私の腕の中から消える。本来なら嬉しいと……思う筈なのに、なんだか腕が寂しい。


「叔父上、彼女の命と……ベルヘンケ伯爵家の皆様の命も助けてください」

「はぁ?ユストゥス様?何言ってるんですか?」

服の裾を引っ張ろうとしたら、避けられた。


「良い心構えだね。つまりお前はここで死ぬと言うわけだね?」


「はぁ⁉ユストゥス様、なにを頷いてるんですか!私はこいつなんかに負けませんよ?ってか待って下さい。叔父?おじさん??王族??」


「そう、準王族。私の父の兄弟だよ。彼は強い。君たちベルヘンケ伯爵家の人間が束になっても勝てないよ。しかも準王族だからね。不敬罪で罪に問われるよ」


不敬罪は無罪だって、母が言ってた。だから大丈夫。

いや、それ以前になんかこの感覚。ちょっと前にも感じた気がする。なんだっけ?いつだっけ?


「不敬罪――か。本来なら我々が不敬罪を問われる側だね。まぁ、お前がそのつがいを伴侶にできれば……だけどね?」


「彼女には自由が似合います。それに、私は力なきもの。彼女には相応しくない。あなた方はそれを分かっているから刺客を差し向けるのでしょう?」


「相変わらずの諦めの一手だ。まぁ、分相応なものを持ってはいけないと分かっているのは良いことだね。せめてもの優しさで、一瞬で殺してあげよう」


頷くユストゥス様――ってちょっと待てや!


「どこかで同じことがあったって思ったら、母様とユストゥス様の会話だ!意味が全然分からない!なんなの?ふたりで自己完結して!」


ユストゥス様の服の裾をグイっと掴む。掴む場所が大事だ。彼の身体がバランスを崩し、私の腕の中に納まるように


「ユストゥス様!応えて!あれはおじさん?刺客?」


「あ――愛おし人に抱かれるなんて――こ、今生に悔いが残ってしまう!!」


「もう、ちゃんと答えて!」


「私はそれの叔父で、それの父から依頼されて、それを殺しに来たんだよ。それのつがいさん?これで答えが分かるかな?」


「――つがいってなに?」


つがいとは竜の血を引く王族が本能で求める伴侶のことだ。つがいを得た王族は強い力を持つことができる。その出来損ないがそこそこの力を持てたのも、つがいを認識したからだ。そうでなければ、暗殺集団『満月の狼』と対抗できるわけがないだよ。私が出張るまでもないんだ」


「……え?」


つがいを伴侶にできれば必然的に王となる。つがいを得たものが王となれば、国は栄えると言われているからね。お前が優れた血統の王子に求められていたら、状況は変わっただろう。だがお前を選んだのは、誰からも認められない第3王子。故に暗殺対象になったんだ。母親だけでなく、父からも見捨てられるとは実に哀れな存在だね」


うん、なんかごちゃごちゃ言ってるけど、なんとなく分かった気がする。

つまり私はユストゥス様に本能で妻として選ばれたわけだ。

先祖の竜の本能。だからあんなに色気むんむんで私に迫ってくるわけだ。納得。幼女趣味の変態かと思っていたから、ヒいていたけど、竜の本能で選んだと言うなら仕方ない。


それにしても母様が言っていたことはこれかぁ。


―献身は愛ではなく、義務。忠義は人を縛る毒―


きっと私がつがいって知ったら、ユストゥス様を王にするために犠牲になるだって思ったんだね。もう、母様ったら心配性だな。


だってさ。王妃は誰でもなれる。でも魔の森の魔物を退治できる人間は限られている。私が王妃になることで国が発展する理屈も分からないし……うん!私は絆されない。


まぁ、本気で妻にしたかったのかぁ、とか本能が求める相手とか、運命的な出会いみたいで、私の中に眠っている乙女心がちょっと動かされて、うん、悪くないよね。ちょっと……いや、かなり嬉しいよね?なんか物語のお姫様みたいでさ。やっぱり憧れるじゃない?白馬の王子様とか、守ってくれるヒーローとかさ。


まぁ、肝心の王子様は私の腕の中で悶絶し、気を失いそうになってるけど。


「ねぇ、あなたを寄越したのは王様なの?」


「ああ、私より少しだけ早く生まれただけで王となれた愚鈍な男だからね。やつは妻達に逆らうことができないんだ。正妃をはじめとした妻達に息子を殺せと凄まれて、私をここに寄越したんだ」


「ふ〜ん、あんたにとってユストゥス様は甥でしょ?可哀想とか思わないの?」


「まったくお前は……本当に何も知らないんだな?そいつの母親は身籠らないよう薬を飲み、父親も妊娠させないように注意していたんだ。なのにそいつは産まれてきた。結果、母親の両親は無惨に殺され、母親は失意のまま死んだ。すべての原因はそいつなんだ。誰からも望まれず王宮でこっそり生きていたくせに、つがいを見出した?ふざけるな!歴代の王達が……王子達がどれだけ番を求めていたと思っているんだ!私だとて、つがいがいれば、あいつなんかよりずっと素晴らしい王になれたんだ!」


ユストゥス様の肩がぴくりと動いた。思わずぎゅっと抱きしめると、見上げた透き通った水色の瞳が潤んでいるのが見えた。


もう十分だから自分を差し出せと小さな声で呟く。彼には勝てないからと。最後にひとめで良いから君を見たかったのだと言っている。


ひとめ?ひとめどころかいっぱい見ただろ?それどころか、私に怪我を負わされて!

まったく、私を馬鹿にしないで欲しい。


「へー、つまり嫉妬なんだね?羨ましいんだ、つがいを見つけたユストゥス様が」


「ああ、羨ましいよ。羨ましくて、殺してたい。それは私だけじゃなく、誰もが思うことだ。王族であればみながそう思う。故に殺す!つがいを見つけた王族が相手と結ばれない理由のひとつは、親族から殺されるからだからな!」


強敵を前にして逃げるなんて、ベルヘンケ伯爵家の名が廃る。

しかもだ!私があの程度の男に負けると思われているなんて!

ユストゥス様を差し出して、命乞いをするような人間だと思われてなんて!

そんなの私に対する侮辱だ!

ふざけんな!

感情のままにユストゥス様をブンっと放り投げ、そのまままっすぐに走る。目の前の敵がユストゥス様に向かう前に!


「夫を守るつがいとは、健気だな!」


奴の武器はナイフだ。飛んできたナイフを弾き、足を踏ん張り、思いっきり腹を殴る。手応えはあった。だが分厚いゴムを殴っているようだ。おそらくダメージはないだろう。


飛んで来た蹴りを受け流し、足払いをかけるが、交わされた。一瞬見えた顔には余裕の笑みがあった。手加減していては勝てなそうだ。


「ククク――愉快だな……お前の夫は早贄か?」

ナイフで突き刺そうとして来たので、腕で弾いて大きく飛んで後退する。ユストゥス様は木の枝の上。良かった。身体には突き刺さってはいなそうだ。枝先に後ろ見後がかかってるから、窒息死しそうに見えるけど、そこはなんとかしてもらおう。


「って、夫じゃない!!」


「ユストゥスが、王族がつがいとして欲しているんだよ?普通なら成人式で捕まって、そのまま監禁されるだよ。お前の兄は分かっていたから必死に逃げたんだ。まぁ……こちらにも好都合だったけどね」


ほほう。つまり大兄様も知っていたわけだ。知らなかったのは私だけ。

なんか良い感じに腹が立ってきたぞ?


「王族なんて言いながらも、私の兄様ひとり捕らえられないなんて、間抜けだね~。あ?ごめんなさい。王族じゃなくて、準王族だったっけ?オジサンみたいなナルシストにつがいが現れるわけないよね?だって気持ち悪いし?」


どうやら図星だったようだ。やつの怒りが頂点に達したらしい。やつの体から殺気が迸る。でも怖くない。その程度では私は、私たちを殺すことはできない。


「よし!じゃあ、ちょっと本気出してあげる」


私は拳を鳴らした。

はんげきのときだ。

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