第8話 来襲(1)

敵襲を受けた。

「あなたも狙われているわね」と母が呑気に言った。


父はユストゥス様に刺客の詳しい風貌を聞き出し、ワクワクしながら出て行った。『久しぶりに強い人間と戦える!』と叫んだ父は、満面の笑顔だった。


トゥーチェ兄様は家の守りを固め、ライア兄様は情報を集めるために王都へと向かった。

そして私は、日課である魔物狩りに行けと母に命じられた。


『こんな時に愛おしい人に魔物狩りを⁉︎あなたは鬼ですか!』とユストゥス様が叫び、『ユストゥス様……母は鬼ではなく、悪魔です』と言ったら、2人揃って伯爵邸から投げられた。

私はいつものことなのでクルクルっと回りながら着地し、ユストゥス様はストっと華麗に着地した。



◇◇




さすが兄達と連日連夜戦っているだけはある。それなりに素晴らしい運動神経だ。


そして今、私は魔の森で鋭い針と、高速で飛ぶ羽根を持つキラービーを倒した。これで30体目。

私の背後を守るようにして戦うユストゥス様は、鋭い牙をもつフロストタイガーを真っ2つにした。20体目かな?私の勝ち!


「体から出てきた、そのヤバ目の剣はなんですか?」


「ああ、これは竜を滅する剣ドラゴンスレイヤーだよ。王族なら誰でも体内に持って産まれるんだ」

「へー、全体的に水色でカッコ良いですね」

「これは我々の祖竜が青竜シェーシャ様である証なんだ。青竜シェーシャ様に近しい王族ほど青くなるんだよ」


「そうなんですね!じゃあ王様とかは青いんですか?」

「父は側室との間の子だけど、私よりも青いね。兄の第一王子は母上が、祖父の弟の子で、両親共に純王族なんだ。だからとても濃い青色だよ」


そっかぁ……だから王族は親戚を正室に据えるのかぁ。ふむふむ、納得。


「じゃあやっぱり第一王子様が次の王様?」

「…………そうだねぇ」


歯切れが悪いなぁ、と覗き込むとウィンクで返された。


「愛おしい人が私に興味を持ってくれるなんて、嬉しいね。イテテ」

ユストゥス様は腹を抑える。

この頭のおかしい変態さんは私から蹴られた傷を治していない。つまりまだ肋骨は折れていて、たまに痛がるのだ。率直に気持ち悪い!やっぱり有罪変態だ。


まぁ、この話はいいや。

それよりも竜を滅する剣ドラゴンスレイヤーの事だ。


「ユストゥス様の目の色に似てますね」

「え?私の目の色?私の目の色は――

「あ!あっちに魔物が!行きますよ、ユストゥス様!」


しかも絶対にいっぱいいる!

ユストゥス様に手を掴んで、走り出すと、「ああ……」と気持ち悪い愉悦の声が聞こえた。無視だ、無視!


ノルマをこなしてさっさと帰ろう。

この人を殺させるわけにはいかないのだから。




◇◇




手のひらを打ち付けて、勝利の楽器の代わりとする。

やっぱり私は強い。

ユストゥス様が倒した魔物の数は30体。私は40体。


「私が70体、ユストゥス様が50体。合わせて120体!これで帰れますね」

「そうだね。私が倒した魔物は間違いなく愛おしい人のものだから、ノルマはこなせたね」

「いや、それだと私がユストゥス様の獲物を横取りしたみたいじゃないですか!母様が言ったんです。ふたりで100体倒したら帰って来いって」


確かに私の毎日の午後のノルマは100体魔物を倒すこと。

でも今はユストゥス様変態で足手まといもいるし、刺客もウロウロしているのだからノルマを減らしてもらった。

魔の森には毎日魔物が産まれるのだ。駆除しなければ増えていく一方。魔物を倒すのがベルヘンケ伯爵家の仕事だから、当然だ。


しかも魔物の死体は売って有効活用できるのだ!武器にもなるし、食料にもなるし、家具にも衣類にもなる。

実際、これと言ってウリがない我がベルヘンケ伯爵家がお金持ちなのも、魔物のおかげだ。


「しかし……ベルヘンケ伯爵家の兵士達にはおそれいるね」

「私は慣れっこの光景ですが……よその人から見るとそうなんですね」


私達が倒した魔物は我が家の兵達が、ぬっと現れては運んでいく。我が家の兵士達の主な仕事だ。倒すのは私達の仕事。それが我が家の絶対の掟。


「愛おしい人は戦っていても彼らの場所が分かるんだよね?私は分からないよ……しかも、何度か助けてもらったし」


うん、知ってる。

ユストゥス様は背後と右脇と左足の守りが甘い。更に軸足を起点に攻撃をするから、敵に気が付かれやすい。だから兵士達がこまめにフォローしているのだ。


「ここは魔の森でも比較的弱い魔物しか出ないグリーンエリアです。ユストゥス様はここが限界ですね」

「愛おしい人には物足りないのかな?」

「私はいつも、この先のイエローエリアで戦ってますから……ですがユストゥス様足手まといがいるなら無理ですね」

「愛おしい人が私に気を使ってくれている……」

ううぅって言いながら瞳をウルウルさせるな!気持ち悪いな!もう!

ここは恥じるべきところでしょう!


「魔の森の中心に行けば行くほど瘴気が濃くなり、魔物も凶暴化します。中心部のレッドエリアに父も滅多に行きません。ユストゥス様もくれぐれも行かないでください」

「もちろんだよ……愛おしい人。君の言葉を心に刻むよ」


ああ、もう!いちいち気持ち悪いな!

しかも―――

「あの!私には名前があるんですけど!!」


そうなんだ。この変態は、私の名前を分かっているくせに呼ばないのだ!愛おしい人、愛おしい人って――洗脳作戦か!!


「――だって、愛おしい人はまだ名前を私に教えてくれないじゃないか……」


ぽつりと呟くように出た声が……眼差しが……寂しそうだ。

名前……そう言えば彼は初めから私に名前を聞いていた。

「名前は……」

いや――待てよ!言って良いのか?なんか王家のややこしいしきたりとかで、名前を教えたら結婚とかあるんじゃないの?そんな話は聞いてないけど、あったらヤバい。


「……名前は?」


ユストゥス様が復唱して来た!その瞳が――口元が――怪しい!絶対に何か企んでる顔だ!


「愛おしい人――あなたのお名前を、恋に囚われた哀れな男に教えて頂けますか?あなたのかわいらしい口から、小鳥のさえずりの様な耳に心地良い声で、名前を教えて頂きたいのです。あなたから名前を教えて頂ければ、溢れんばかりの恋心に居場所を見つけることができるでしょう」


ああああ、ユストゥス様が跪いてからの、また手にちゅって!チュッてした!

空気を読んだ兵士達の気配が消える……って!消えんな、お前達!ここで助けるのはユストゥス様じゃないでしょ!私を助けなさい!


「あう――あ、あの……」

「愛おしい人――さぁ、お名前を……」

顔が熱い!

戦闘では私の経験値が優っている。だけど――恋愛では絶対的に足りない!いや――勝てるわけがない!だって私――13歳!年齢と彼氏いない歴一緒!


「へ?なに――なんで近づいて――きて……」


近い!近い!近い――!

ユストゥス様の顔が近づいてくる!近いよ!近い!

ああ、お顔がお綺麗ですね。もちもちお肌――そして――引き込まれそうなほど……美しい水色…じゃない!!


「――――ぅつ!変態は有罪!!!」

握りしめた拳を正面にまっすぐ伸ばす……つまり思いっきりユストゥス様の腹を殴ると、そのまま後ろの木にどがーんとぶつかって、木がメキメキって音を立てて倒れた。


「あ――――」


やりすぎ――と思うけれど、自業自得だとも思う。

変態は有罪――まだ愛がないから免罪にはならないのだから。

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