第7話 変態の筋肉

「愛おしい人、そのおじさんたちはどうしたのかな?」


伯爵家の玄関に何とかたどり着くと、えせくさい笑顔を張り付かせながらユストゥス様が近づいてきた。

重ねて運んできたおじさん達を受け取ってくれるのはありがたい。愛おしいとか言っている変態だけど、その心遣いだけは感謝する。


「父様と兄様達は?」


ユストゥス様はにこりと笑う。

「良い汗をかいたと皆さま部屋へと戻られたよ。私は愛おしい人の気配がしたからここに来たんだ」


うざい。心の底からうざい。服は大兄様に切り裂かれたのだろうか。ボロボロだ。そんな姿でやってきて、乙女を何だと思っているのか!く――想像通りの細マッチョ!良い筋肉だな!おい!


「私の裸に興味があるのかな?触っても良いよ。私の髪の毛、一本すら君のモノなのだから、好きにして良いんだよ?」

「――――――――っつ」

「愛おしい君の為に、磨き上げた肉体だよ?さぁ、存分に触って?」

「――――ぐぐぐ、ぐ、ってか犯罪!言ってる事、犯罪!そこのとこ分かっているの⁉王子様!」

「犯罪?愛おしい人を口説くのは犯罪なのだろうか?それに君だって満更じゃないだろう?」


いや、確かに私は父の様な筋肉隆々より、適度についた筋肉が好きで、シックスパッドが最高で――って、やばい!私は何を考えているのか!


「そもそも!あなたは何なんですか!なんで私にそんなことばかり言うの⁉私、13歳!あなたは20歳!年の差7歳!やばいの!」

「確かに今は問題視されても仕方ないね。でも君が20歳になるころには私は27歳。ほら、問題ないだろう?」

「いや。今現在が問題なの!ってか私のどこがそんなに良いの⁉」

「君を見た瞬間に、世界が止まったんだ。ひとめ見て分かった。君が私の運命の伴侶――つが」

「母様?」

ユストゥス様の言葉を止めた母の鋭い視線が、痛い。ツキツキ刺さってとげの様だ。っていうか母様どこから来たの?まさかあの窓が全開した部屋から?5階だよ?まぁ、そのくらいなら私も飛び降りるけどさ。


「ベルヘンケ伯爵夫人――この美しい扇子で私の言葉を阻むのをやめて頂きたいのですが?」

「愛で免罪となりますが、それは有罪。卑劣な行為を見逃すほど、私は心が広くないの」

「有罪?真実を話すことが?」

「真実を話すことで、娘は何を思うでしょう。献身は愛ではなく、義務。忠義は人を縛る毒。それらを用いるならば、あなたは有罪。今すぐ消してさしあげましょう」


怖い。何を言っているのか全然、ちっとも、まったく分からないけど母とユストゥス様の間の火花ふたたび。

蛇 VS ゴキブリ!ちなみに私はどちらも怖くない。


「愛おしい人の母君に嫌われたくありません。私は愛おしい人の愛の奴隷。愛を囁き続けるだけです」


ゴキブリ――じゃなくて、ユストゥス様が折れた。のかな?こちらを見つめる瞳に切ない色が宿っている。


「ところでリュエナ……このおじさん達はなに?もうこれ以上飼えないわよ。元いた場所に捨てて来なさい」

「あーでも母様、この人たちって動きが暗殺者っぽいんだけど」

「そうでしょうね。腕にある刺青は、暗殺集団、満月の狼の証よ」

「満月の狼⁉︎どうりで強いはず――あの有名な暗殺集団でしたか――」

「満月の狼?ぷぷ、なにそれ。遠吠えでもするの?あおーんって、良いおじさん達が?ウケる」


ネーミングセンスが最低だ。真面目な顔で会話している母様とユストゥス様には悪いけど、我慢できない。


だけど呑気な私と違い、ユストゥス様の表情は晴れない。


「愛おしい人まで狙われるとは思いませんでした」

「そうね。リュエナが王子様を運んできた時点であり得ることだとは予想していたけど、ベルヘンケの名を恐れて手を出すことはないと思っていたわ」


なんか難しい話をしている。これ以上笑わない方が良いだろう。


「なんかヤケクソ気味に襲って来たよ。強そうな人が遠くにいたから、その人に脅されたんじゃないかな」

「強そうな人?それは父様より?」

「父様……だと勝てるよ。大兄様は相性の問題で無理だと思う。少兄様はうーん、ちょっと分からない」

「…………あなたは?」

「私は…………今の状態なら微妙?」

「そう……リュエナが本能でそう感じ取ったなら信じましょう――王子様?もしやここから出ていく気ではないでしょうね?」


え?そうなの?いなくなるの⁉︎

ちょっと、いやそれなりに……嬉しい……のかな?どうだろう。


「愛おしい人の側を離れたくはありません。ですが愛おしい人を危険に巻き込みたくありません。私は恋の下僕なので」

愛おしい、愛おしいってウザいな。名前で呼べよ!名前で!!


「王子様はリュエナと勝負をしているところ。この城を私の許可なく出ていけばそこで王子様の負けですわ。そして私は有事以外で許可を出す気はありません。お分かりですね?」


そうか、出て行かないんだね。うん、良かった!


「リュエナ?なんだか嬉しそうね?もう負けを認めるの?」

「へ?母様、なに言ってんの?」

「ニヤけているわよ?」


そうかな?

頬をむにっと触ったら、確かにニヤけている?なんで?


「やっぱり勝負は白黒つけたいし?」

「そう、そうなら良いのよ?」

いや、母様やめて!その全てわかっているような顔!


「愛おしい人が、私を求めてくれるなんて」


瞳をうるうるさせるのをやめろ!

綺麗な瞳がさらにキラキラして心臓に悪い!


「もう――とにかくこのおじさん達を地下牢にでも入れて!」

「そうね」


母が手を叩くと、スッと出てきた人たちは我が家の兵士たちだ。

満月の狼(やっぱウケる)の人たちを抱えて、またもや消えた。


「さすがベルヘンケ伯爵家……みなさま一筋縄ではいかないようで」

「ええ、ですから王子様の安全は保証しますわ。良い選択でしたのよ?」

深くお辞儀をするユストゥス様は安心したようだ。


だけど、ひとつ分からないことがある。

誰か教えて欲しい。

なんでユストゥス様は命を狙われているの!?

ねぇ、なんで!!


その答えは近いうちに分かることになった。

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