第5話 愛があれば無罪?
従者に椅子を引いてもらい、座る姿は美しい。
人から見られることを常に意識している動きだ。その指先まで洗練されているのだから腹が立つ。
変態のくせに!と頭の中で詰っても、彼を追う目は止められない。きっとこれはあれだ。怖いモノ見たさだ。
こちらを見てニコリと笑われると、背筋に悪寒が走り、ぞっとする。
彼のあばらの骨は2本折れたと、主治医が言っていた。『愛の証を治す気はないよ、と仰っていました』……と教えてくれた主治医の、恐怖の表情が忘れらない。
「ユストゥス王子……様はどうしてこちらへ?しかも大けがを負ってまで」
こほんとわざとらしく咳をすることで、父がユストゥス様の視線を向けようとしたが、それでもこちらを見ている。
率直に気持ち悪い。
大兄様が席を移動して私を背後に隠してくれた。ついで小兄様が私を椅子ごと引いて、ユストゥス様との距離を取ってくれる。
ふたりから放たれる怒りという名のオーラに、従者は怯えているが、ユストゥス様はどこ吹く風だ。変態は空気が読めないようだ。恐ろしい。
「私が死をとしてまでここに来ることができたのは奇跡です。これも全て愛ゆえかと……」
「一方通行な愛のな!」
ダンっと拳をテーブルへとぶつけることで、怒りを露わにした小兄様が、ゆらりと立ち上がった。
顔が……綺麗な小兄様の顔がイッちゃってる。男前が台無しだよ?って、大兄様!剣はだめ!一瞬で死んじゃうから!不敬罪は無罪だけど、殺人は有罪だよ!
パン!っと扇子を折りたたむことで大きな音を立てた母が、妖艶な笑みを見せる。
あ――これ、あかんとき。一番怒っているときだ。それこそ死人のひとりやふたりや3人でてもおかしくない。
その証拠に父が黙った。二人の兄は先ほどの怒りが嘘のように、椅子へと座った。両手は膝の上。とてもお行儀のよいポーズ。
「リュエナはまだ13歳ですわ……お分かりですよね?オウジサマ?」
「ええ、13歳は成人の年。私の愛する人を無事に育てて下さったご両親には心から感謝申し上げます」
「確かにリュエナは成人の儀を迎えました。だからと言って結婚はできませんわ。第三王子とは言えどこの国の王子ですもの、法律くらいはご存じでしょう?」
「ええ。もちろん存じております。ですが王族がそれに縛られないことも、聡明なベルヘンケ伯爵夫人ももちろんご存じでしょう?」
「ベルヘンケ伯爵家が法律に縛られないことも……もちろんご存じいらっしゃいますわよね?」
ふたりの間に火花が見える。
蛇と変態のにらみ合い。変態は……ゴキブリかな?駆除対象だし。
「リュエナ嬢は私のことが嫌いでしょうか?」
ユストゥス様に、苦虫を嚙み潰したような表情を贈ろう。
どこの世界に変態を好きになる人間がいるのだろうか。常識を知って欲しい。
「私にこんな愛の証を贈っておいて?君に
「変態だ!まごうことなき変態!!」
人に指をさしてはいけないと教えてくれた大兄様が、恐怖の表情で指をさす。もう片方の手は剣の柄を握っている。駆除する気満々だ。
「まぁ、分からないではないよ。かわいい妹が与えてくれるものは、どんなものでもご褒美だからね」
小兄様は黙っていて!駆除対象が増えるから!
「愛する者から与えられる痛みがご褒美……ああ、うん。そうか……そうだな」
そこで納得しないで!父様!
両親の性癖をここでばらさないで!って健全な子供にこんな突っ込みさせんな!
「ベルヘンケ伯爵家の家訓を、もちろんご存じでしょう?オウジサマ」
「もちろんです。麗しい伯爵夫人」
にこりと笑った姿はすらりと立つ水仙の様だ。ほっそりとした立ち姿なのに、人の目を妙に惹きつける。
我が家の家訓。それは『強いものが正義』。
脳筋で有名な辺境伯らしいものだ。
つまりユストゥス様が私より強ければ、私は王子の妻になるのか?変態の?率直に嫌だ!
まぁ、私に勝てるほど強くなさそうだけど。
「ですが、それも形式上のもの。必要なのはお互いの気持ち……そう思いませんか?オウジサマ」
んんん?母様?それってどういうこと?
「ええ、そうですね。私はリュエナ嬢の愛の奴隷。奴隷は主人に逆らえません。愛する人を攻撃するくらいなら死を選びます」
「ふふ、素晴らしい解答ですわ」
んんんん?母様??何を納得しているの?私には理解不能だよ?
私だけじゃない。兄たち二人も目をきょとんとさせているよ?
「リュエナ……これも勝負よ?あなたがユストゥス様に恋に落ちたらあなたの負け。落ちなければあなたの勝ち。そうね、期間は半年としましょう。ちょうどあなたの誕生日があるもの」
「へ?母様――何を…………」
「不敬罪は無罪。変態は有罪。そして愛は免罪。お互いが想いあえば全て許されるのよ?」
「何を言ってるんですか⁉母上!」
椅子を倒して反対意見を述べた大兄様の怒りの形相に、母はふわりと笑って見せる。
「そこに障害物のひとつやふたつやみっつ……何百。そうね、障害ごときで逃げ出すような男に、かわいい娘を託す気はなくてよ?」
殺気交じりの威圧が、ユストゥス様に襲い掛かる。
それを涼風のように受け止め、ユストゥス様は不敵に笑う。
「障害?愛する人の家族の理解を得ることは障害ではありませんよ。かわいいお嬢さんをお嫁に頂くのです。私が受けるべき当たり前の試練です」
立ち上がったユストゥス様からも威圧が溢れる。
うん、待って。理解が追い付かない。
つまり私はどうすれば良いの?
◇◇
日課の魔物退治を――今日はやめた。その気にならない。
父と兄たちは、ユストゥス様に勝負を挑んだ。「来ないのか?」という兄に拒絶の意を示し、私はひとり、スレイ湖のほとりに立つ。
太陽は一番高いところ。湖面が光を受け、キラキラと反射して綺麗だ。
「どういうこと?」
首を傾げても誰も答えをくれない。
「変態はゆうざい……」と言っていた母が折れた。
母が家の中心だから、ユストゥス様は客人扱いとなった。
暇を持て余していた裁縫担当のメイドたちが、美貌のユストゥス様に頬を染めながら採寸をし、デザインをどうしようと小鳥のように騒いでいた。
服が用意されるのならと、父と兄たちがユストゥス様を鍛錬場に誘った。ユストゥス様が着ていた服は、きっと今頃ズタズタに切り裂かれているだろう。
「肋骨折れたままで戦うの?」
更に首を傾げると、スレイ湖の湖面が直角に見える。なんだろう。もやもやする。
はぁっと大きなため息をつきながら屈むと、頭上を剣が横切った。
「ねぇ、私、機嫌が悪いから手加減できないよ?それでも良いの?」
ベルヘンケ伯爵家に挑むとは、実に命知らずだ。
しかも1、2、3、7人。7人ぽっちだ。
別に驚くことじゃない。これは良くある――わけじゃないけどたまにある。
ベルヘンケ公爵家の人間を襲って腕試しだったり、武者修行だったり、道場破りだったり?そんな奇特な人たちはたまにいる。
だけどこんなに殺気を感じたことはない。まぁ魔物が放つ殺気に比べたら、かわいいもんだけど。
ひょいっと剣を避けるもの面倒だから、刃先を掴んでポキッと折り、まん丸と目を見開いたおじさんの顎にかる~く、拳を当てる。
かる~く。これが大事。力いっぱい殴ったら、頭と胴がさよならしちゃうからね。
次に背後から投げられたナイフを魔力ではじき返し、サッと駆け寄って足払いをしてみぞおちを殴る。この人は手加減少な目。さっきのおじさんよりちょっと強い。
左右同時に襲ってきたおじさんたちにワンパンくらわせた後に、魔法を飛ばそうとしているおじさんに投げつけた。
二人分の体重を受け止めきれず、おじさん卒倒。お疲れさま。
正面のきょろきょろしているおじさんがやけっぱちで攻めて来たので、正面からどーんと殴ってやった。
「う~ん、手加減って難しい……」
対面のスレイ湖に視線を送るが、来る気配はない。
「強い気配がしたけど……来ないなぁ。あれかな?この人たちって捨て駒ってやつ?」
ああ、どうしよう。7人のおっさんを運ぶの面倒くさい。
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