第4話 変態との再開
日課の早朝マラソンが終わり、大好きなスレイ湖を泳ごうと鼻歌交じりにスキップしていると、その人を見つけた。
「……どうしよう」
だけど死にかけた人を助けないのは、もっと犯罪ではないだろうか。
しかも罪悪感が残り、美味しくご飯を食べられそうにない。いや、最近は腹7分でなんだか胸がいっぱいになり、家族に心配されているのに……。
濡れた黒髪が綺麗だ。きめ細かい肌は女性の様。なのに適度についた筋肉が服の上から分かる。きっと脱いだら魅力的だろう――。
「って――魅力的ってなに⁉え?私、変態?このままだと私が変態だ!!」
心の声に大声で突っ込みを入れても、彼は目が覚めない。
どこからどう見ても、力尽きてふたりそろって、ここで倒れた感じだ。きっと放置すれば死んでしまうだろう。
肩から血が溢れている。その横にいる従者を彼がここまで運んだのだろうか。従者は腹から血がどくどくと漏れて重症だ。
空を見上げて大きく深呼吸をする。
この抜けるような空色の瞳をもう一度見たいと思うのは、本心なのだから。
◇◇
拾って来たものの面倒を見るのは、当然自分だ。
ふたりを担いで家に帰ったら、父は「捨てて来い」と激怒し、母は「黙っていれば分からないわよ」と微笑みながら、ナイフを差し出してきた。
小兄様が「魔の森で撒き餌に使おうと」持ち上げたので、大兄様と一緒に必死に止めた。
そして今、ユストゥス様は客室のベッドへ。従者らしき人はその横にあるベッドへと運んだ。客室の扉の前には大兄様を配置。これは両親と小兄様の襲撃を防ぐためだ。
「傷がふさがらない――魔力のせいかな?」
主治医は、魔力が枯渇寸前だと言っていた。
人は多かれ少なかれ魔力を持っている。通常の怪我であれば、自然と回復するはずだ。ましてやユストゥス様は王子。王族の中では少ないとはいえ、普通の人より魔力は多かった。
魔力を譲渡することは――実は難しいことじゃない。私の魔力を譲れば、彼はすぐに回復して、美しい瞳をみせてくれるだろう。
飽きることなくじっと見つめていられる美しい顔。
酷薄そうな薄い唇はほんのり紫色だ。魔力を譲渡すれば、この唇も色を取り戻すのだろうか……。
「――――う゛……」
低い声が漏れた。そして見たかった色が目に写った。水色の瞳。なんて美しいのだろう。
「あなたは――ああ、目覚めて一番にあなたが見られるとは――」
うっとりとした表情に、思わず頬が紅潮するのを感じた。
これでは熟れたトマトじゃないか!真っ赤な頬を両手で押さえて、一歩下がる。どんな魔物と対峙しても前に出たことはあっても、下がったことはないのに!
さっきまで枯渇していた魔力が王子の元に戻る。どうして?人はそんなに簡単に魔力は戻らない!これが王族の力なの?
蒼白な顔に生気が満ち、肌がつやつやとしている。しかもなんだか良い匂いがする。人を引き付ける香りに、頭が警鐘を鳴らす。近づいてはいけない。奴は
「まさか――はは、ここまでとは。運命の相手……ここまでくるとそうとしか思えない」
乾いた笑みすら魅力的だ。これはやばい!なんかもう、語彙力なくすほどヤバい!
「私に力を与え、心を満たす愛おしい方。今一度問わせてください。あなたのお名前を」
そっと手を包まれたと同時に、ヒッと悲鳴が漏れた。
『犯罪者は成敗!使いものにならなくしてしまえ!』
母の言葉が脳裏によぎる。
え?まじで蹴るの?やっちゃうの?って――――――――っ!!
手に口づけが落ちた――――――!!ああ、なんか唇ってぷるんってして柔らかいんデスネ。しかも生ぬるい?人肌ってやつですね?
「うわ――あああ、あぅ、あ――」
もう何を言っているのか分からない。こいつ本当にさっきまで死にかけたやつと同一人物なわけ?
めっちゃ元気だろ?精力ともに満ち足りてるって感じ?
「ああ、かわいらしいお声が耳に心地よい。さわやかな目覚めを知らせてくれる小鳥の様だ」
小鳥?さわやか?めざめ?
ソウデスネ。昔から言われていました。お前が一括すると、目が覚めると。声がでかすぎて。
「あなたへの恋がはちきれんばかりに溢れそうです。どうかお願いします。もう一度私に痛みを与えてください」
「…………………………いた…………み?」
「はい、あなたに与えられた痛みが、今、一瞬で治ってしまいました。どうかもう一度、この哀れな男に痛みを……」
はい?この王子様、何を仰りやがってるんですか?
一瞬で冷めてしまった頭が、状況を整理する。私が与えた痛み?それって横腹蹴ったやつ?確かにあの時、手ごたえがあった。ろっ骨を折った手ごたえが。
麗しい顔をした男性からこんなことを懇願されるとは!
これは絶対有罪!犯罪臭しかない!
ふんぬと怒りの声を上げ、思いっきり手を振り払い、力いっぱいみぞおちを蹴る。
ユストゥス様が壁にぶつかった勢いで、館が軽く揺れた。
慌てて入ってきた大兄様の手には剣が握られている。
「リュエナ!」
「大兄様!」と名を呼んだと同時に剣を取り上げ、とどめを刺そうとした私を大兄様が必死で止める。
離せ!大兄様!変態を生かしておくと、世間に迷惑がかかるのだから!
◇◇
鬱蒼とした森の中にその集団の姿はある。
屈強な男たちの中心にいる美麗な男性は、夜の月のように冷たく光るナイフに、と息を吹きかけた。
「で?ユストゥスはどこだって?」
「は――早朝にベルヘンケ辺境伯の例の令嬢がふたりを抱えているのを確認しております」
「ああ、例の
「む――無理です!相手はベルヘンケのものです!遠くから観察していましたが、いっさい隙がない。しかも成人した男性を軽々……それこそ花を2本持つような感じで運ぶのです!我々が叶う相手ではあり――ぎ、ぎゃあ!」
報告をする男性の足に、深々と刺さったナイフが光る。それだけではない。刺さったところから腐臭とともに腐っていく。その痛みが壮絶なのは、森に響き渡る絶叫から分かる。
周囲の男たちは震えあがる。彼らはプロの暗殺集団だ。痛みにも慣れている。ナイフが刺さっても、骨が折れても、拷問されても声ひとつあげない仲間が、苦悶の声を上げている。その声は恐れを知らない彼らの体を震えさせる。
彼らは自分たちを命令する男を見る。
細い体からほとばしる恐ろしいほどの魔力。自分以外の人間を虫けらとしか思っていないような、酷薄な瞳。
美しい顔すら恐怖だ。蜘蛛の巣にかかったように、じわじわと死を待っているようだ。逃れるすべはないのだろう。
「うまいこと言えば良いってもんじゃないでしょう?ベルヘンケだかなんだか知らないけど、所詮田舎の世間知らず。準王族である私に敵うはずがないでしょう」
ふふっと不敵な笑みを漏らしながら、懐からナイフを取り出すと、自慢の美しい顔が見えた。
誰よりも自分が美しいと思っていた。だけど――。
「あれが
だから見とれてしまったのだろうか。お陰でとどめを刺すのをためらってしまった。
「だが次は――」
次こそは殺す。
決意と共にほとばしった魔力で、男の周辺の土地が腐り、緑の絨毯が焦げ茶色へと変わった。
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