第3話 従者のため息

青竜国の中心地にある王城のあちらこちらで、人々は王族に聞かれないようにコソコソと話し合いをしている。

「第三王子がつがいを見つけたのか?」

つがいとは……何十年ぶりだ?もしくは何百年?」

「まさかあの箸にも棒にも掛からないと言われていた弱小王子が?」

「お相手の御令嬢は?」

ベルヘンケ辺境伯の令嬢だ」

?怒らせると国を滅ぼしかねない凶悪なベルヘンケ伯爵家の?」

「そうだ。魔の森の魔物を毎日100体狩るのが日課だという、あのベルヘンケ伯爵家だ」

「いやいや。100体はないだろう?眉唾物だ。10体狩るのだって小隊をつかわすのに」

「そんなことはどうでも良い!それよりもつがいだ。青竜シェーシャ様の血を引く王族のみが見いだせる絶対の花嫁。つがいつがいを得たものは無条件で王となる。それがまさかの第三王子とは――今からでも何か贈るべきか……」


さわさわと聞こえる声の主たちをちらりと見ながら、存在感のないその人はまっすぐと歩く。

自身の主人の元へと。



◇◇



「あなたのことが随分と噂になっていました。目立たず生きると仰っていたのではないですか?」

腹立たしさから強めにティカップを置くと、中の紅茶が暴れてテーブルにこぼれた。

本来なら問題行動となるはずなのに、主人であるユストゥスはふわりと笑い、何もなかったように優雅な仕草で紅茶を飲む。


「本当にそうだね。そう思って静かに生きてきたはずなのに、なぜか彼女と目が合った瞬間、すべてがどうでも良くなり、気が付いたら跪いていた」


満足そうな笑みを見せる主人の目には、彼女……リュエナ・ベルヘンケ伯爵令嬢の姿が写っているようだ。

恋の病は恐ろしい。幼いころからともにいたが、こんな姿を見ることになるとは思わなかった。


リュエナ・ベルヘンケ伯爵令嬢……大地の様な豊かな茶色の髪、ぱちりとした大きな瞳には黒曜石の様に輝く瞳があった。13歳にしては小さな体つきだったが、将来美人になる事は間違いないだろう。


王族がすべてそろう成人式。

不可侵の象徴であり、莫大な魔力を持つ王族の力におびえ、声も出せないほど緊張する貴族たち。そんな中で平然と会話をしていた兄妹を、さすがベルヘンケ辺境伯のふたりだと、ユストゥス・シェーシャの従者のバルトはホールの端の方で見ていたのだ。


そこに主人であるユストゥスが降り立ち、息を呑んだ。続いて紡ぎだす愛の言葉。からの令嬢に蹴られ宙を飛ぶ主人!人はパニックになると体が動かないのだと、バルトは知った。


「あばらが3本折れていたと聞きましたが?」

「彼女が私にくれた愛の証だ」

「治療……しましたよね?ユストゥス様の魔力を使えば、一瞬で治りますよね?」

「治療?なぜそんなことをしなければならないのか……。この痛みがある限り彼女の存在を感じることができるのに……」


ついつい出そうになった悲鳴を止めることができたのは奇跡だ。自分を褒めたい。

だが体は正直で、ドン引きした表情は隠せなかったようだ。ユストゥス様から嘆息交じりの笑みが漏れた。


「うん、お前がそういう表情になるのを――責める気はない。分かるよ。自分でも心のどこかで異常だと分かっているんだ。だがそれ以上に彼女への愛が溢れ……ああ、竜の力がおそろしい。こんな私でもやはり祖竜シェーシャ様の血は流れていた」


ため息を漏らすと、主人の周囲に妖艶なバラが咲いた――ように見える。

つがいを自覚した王族は、愛おしい人を射止めるために魅了の力が開眼するという。


元々、美しいがゆえに側室を迎えられた母を持つユストゥス様は、貴族令嬢はおろか、メイドにまで頬を染めされるほど容姿端麗だ。切れ長の目には、夕焼け色の瞳。濡れ羽根色の艶のある黒い髪。すっとした立ち姿は美しい。

それだけではなく祖竜シェーシャ様の血を引くのだ。後見人がいないのも手伝って、様々な有力貴族たちから婿入りを打診されるほどだ。


つがいを見いだせるのは22歳まで。

故に22歳でユストゥス様は婿養子となる予定だった。先日までは。


婿入先とつぎさきも決まっていたのに……」

言っても仕方がないと分かっているのに、言葉が漏れる。

ユストゥス様も床へと視線を落としたが、その表情を見る限り後悔はなさそうだ。


つがいは先祖が竜である、王族にしか見いだせないものだ。

ユストゥス様の祖先は遡れば青竜シェーシャ様。

古代、この大陸で暴れまわり世界を滅ぼそうとした破滅竜リンドブルムを、人間と協力して倒した竜の一体が青竜シェーシャ様。シェーシャ様は人間の女性と恋に落ち、シェーシャ国を立ち上げ、亡くなった。

竜の力はシェーシャ様と女性の間の子に引き継がれ、その子孫である王族の力として顕現している。


それは他国でも同じ。この大陸にある国家は王権で、王族の祖先は竜だ。

その為、国家としての特徴や、領土の差はあれど基本的なことは変わらない。

例えば、どの国も次代王として認められた王太子はいない。どの竜国でも王が亡くなり退任するまで、次代王を決めることはない。

それはなぜか。

どの王子、王女にも22歳まではつがいが現れる可能性があるからだ。

つがいを射止めた王子、王女はどのような立場であろうと、何歳であろうと王となる。現王は即座に退位し、つがいを伴侶とした王子へ譲ることが決められている。

現に、隣国の白竜国の王は12歳でつがいをもち、王となった。年齢も性別もつがいの出自も関係ない。それが絶対的な決まりだ。


だがつがいが現れることは稀で、ここ青竜国でも120年振りだ。故に人々は次代王は正妻の子であり第一子である第一王子が青竜国を継ぐと思っていた。それこそ成人式までは!


「成人式は国中の子供たちを集め、王族が祝う儀式……というのは建前で、王族がつがいを見つけるための盛大なお見合いパーティーだというのは公然の秘密です。しかしまさかそこでユストゥス様のつがいが現れるとは――」


天井を仰ぎ見るのは涙がこぼれそうだからだ。

美貌を請われ、側室に召されたユストゥス様の母親は子爵家の令嬢。働かなければ弟妹や病気がちな母を養えないと王城で下働きのメイドとして働いていた。そして王の目に留まり、母と弟妹の生活の安定と引き換えに側室となった。


だがそれが不幸の始まりだった。後宮には有力貴族の令嬢がひしめき合っている。そんな彼女のたちが美貌だけで王の寵愛を受け、更に男児を授かったユストゥス様の母親を許すわけがない。

だが後宮にいるかぎりユストゥス様とその母親は、王により庇護される。故に高位貴族の令嬢たちは手の出しやすい実家を襲った。家族は無残にも命を散らされた。そして失意のうちにユストゥス様の母親も亡くなった。5歳だったユストゥス様を残し。

唯一の肉親である母親が亡くなり、父から興味をもたれたなかったユストゥス様は、静かに目立たず生きる事でなんとか生きながらえることができた。なのに――。


「何事も起こらなければ良いのですが……」

「それは無理だと思うよ?」

すっと立ち上がったユストゥス様が、空になったティカップを開いた窓へと放り投げた。

ティカップは真っ二つに割れた。殺気と共に刺客が姿を現した。ティカップを投げつけられただけで殺気を出すとはレベルの低い刺客だ。


「はぁ、これもユストゥス様に忠誠を誓った私の失策ですね」

スッと仕込み刀を抜いたのは、刺客が次々と窓から入って来たからだ。


「どうかな?感謝でむせび泣くことになるかもしれないよ?」

ユストゥス様も剣を握る。王族の剣。竜を滅する剣ドラゴンスレイヤーだ。


先行きの不安を消すように剣を振るう。

ユストゥス様が再びつがいと会える確率の低さを、計算しないように。

自分の死亡率を計算し、その高さに絶望しないように。

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