第2話 家族会議の主役は私
飛竜に乗り休憩も取らず、ぶっとばし飛んで半日。
深夜に自領にたどり着いた私たちは、ベッドに潜り、朝まで寝た。ぐっすり寝た。
夢の中に変態の水色の瞳がでてきた。
お陰で寝起きの気分は最悪だ。身体の疲れは取れたが、精神的にかなりきた。
朝ごはんは生活の基盤。毎朝たっぷりと、それこそお腹がはちきれんばかりに食べるのに、今朝は食欲がない。
それもこれもすべてあの第3王子ユストゥス・シェーシャ、20歳のせい!今度会ったら、横腹でなくみぞおちを思いっきり蹴ってやる。
なんて意気込んでいると両親に呼ばれた。いつも日が昇るころ起こされて、日課の修行に行かされるのに今日は気を使ってくれたようだ
あ、食事量が少なかったのはそのせいだ。朝の鍛錬がないせいだな。きっとそう。
なんてことを呑気に思いながら応接間に入ると、両親と兄二人がいた。
家長である父は、筋肉隆々でもっさりとした髭をもつ無骨な男だ。貴族らしくはないが辺境伯らしいと言っていいだろう。
父の鋭い視線が私に刺さるが、ちっとも怖くない。なんだかんだ父は私に甘いからだ。
その横に座る、ほっそりとした母は相変わらず妖艶だ。美人が黙ると迫力がある。この家で一番怖いのは母だ。逆らってはいけない。
その横に座る一緒に逃亡した兄は眉根を寄せている。父似の兄に髭はない。顔はいかついが私に向けるまなざしは優しい。ちなみに私は大兄様と呼んでいる。
そしてその横に2番目の兄がいる。母に似た壮麗な姿をしている。故に黙っていればかっこいい。黙っていれば。私は小兄様と呼んでいる。
私は小兄様の横に座る。定位置だ。
家族の中で一番背が低い私の為に、この椅子は座面が高い。故にひょいっと飛び乗る。
「成人式の出来事を――トゥーチェに聞いた」
深いため息と共に父が口を開く。
トゥーチェ、一緒に成人式に行った大兄様のことだ。
怒られるのだろうか。いや、普通の親なら怒るよね?確かに相手は間違いなく
私としては、くっさい台詞を吐く変態に一発かまして何が悪いの?って思ってるけど、その場所は王城で、しかも成人式の最中で、王様が長ったるい演説かましてる途中だったし?
変態の骨はバキバキって音がしてたから、きっとあばらが折れてるだろうし?相手は王族だし?身分を傘に着て、『不敬罪』言い渡されたらオワル?
考えれば考えるほど説教モードだな。家出をしようかな?
「無事帰ってこれてなによりだ。撤退は戦略のひとつ。何の問題もない」
「へ?」
父の予想外なひと言に、頭がパニックになる。
「かわいい妹に見惚れるのは分かるよ。僕だって毎日見ているれど、その可愛さに毎回気絶しそうになるからね。だがそれとこれとは別。リュエナは一生、僕と一緒にいれば良いんだよ」
発言すると残念な
隣に座る我がで唯一まともな大兄様は「小姑への勧誘はやめろ」と呟いた。
そうだね〜、こんな小姑がふたりもいたら結婚もできないよね?ゴメンナサイ。
「無礼は無罪、変態は有罪」
重々しい発言と共に、母が美しい笑みを漏らす。
これは最大限に危険なときの証。私だけではなく、家族全員が恐怖から背筋を正す。
うん、と言うか母よ。何を言っているの?
母への恐怖から視線を背けたいけれど、それでも頑張って、すっごく頑張って母をちらりと見ると、うわ怖っ!極上の笑みが世界を滅ぼさんとする悪魔の姿に見える。
「リュエナ」
「は――はい!!」
ピシっと背筋を伸ばして、母の視線に正面から向き合う。身体はね。うん、からだだけ。人は潜在する恐怖には逆らえない。視線はもふっとした絨毯にむかっている。幾学的な模様のじゅうたんの線を追いかけると、心が落ち着く。
「あなたは私に似てかわいい女の子なんだから覚えておきなさい。良い?どんなに偉い人でも、たとえそれが王だとしても、他国の要人だとしても、
なにを?とは聞けない雰囲気だ。つまりあれだね。忠告と同時に私の今回の措置は甘いのだと怒っているんだね?でもさ、成人式で王族相手にできる?それ?
あ――
「――ッ、い――いや、待ってください!母上!さすがに急所を狙えとは――ああ……いや、その……」
勢いよく立ち上がった大兄様の声がしりすぼみになる。
うん、怖いもんね。母様。それでも言い返そうとした大兄様に、大きな拍手を贈りたい。
「かわいいリュエナは13歳。お相手の……第3王子?名前は何だったかしら?ああ、待ってちょうだい。変態の名前を覚える必要なんてあるかしら?ないわよね?そもそもその変態は20歳でしょう?分別の付くお年にも関わらず、公衆の面前で告白するなど以ての外じゃないかしら?ましてや成人したての子供相手よ?そもそもトゥーチェは、リュエナのお守りとして一緒に行ったのでしょう。なのにどうして接近を許したのかしら?どうしてそこで抹殺しなかったのでしょうね?私の子供とは思えない判断力のなさだわ。情けないこと……そう思わない、あなた?撤退を褒める父親がいるからこんなことになるのかしら?ベルヘンケ伯爵家の家長がこんなことでは、我が家の将来が心配だわ」
おおう、父上の顔が真っ白なった。
夫婦喧嘩はやめて!
大兄様は、ぱくぱくと魚のように口を開けている。分かるよ。母様怖いもんね。
小兄様は――うん、その通りだって相槌打つな!
やばい!我が家の唯一のまともな人が口を噤んだ。頑張れ!私、母に負けるな!
「か――母様、だって相手は我が国の王族だよ?不敬罪で罪を問われるのはこちらじゃないの?だからトゥーチェ兄様だって逃げたんでしょう?確かに相手は変態だけど……」
そう、変態だから……で許されることではない。そんなこと、子供の私だって分かる。
あ、分かった。きっと、罪悪感からそう思わないように母は大げさに言って――あ、違うわこれ。母上の目が、マジ怒りモードだわ。
「不敬罪?あんなものは身分を笠に着た、それしか力を持てない恥知らずな人間しかかざすことのできない、みっともない上に、実情のない罪の名前よ?だけど
「待って、母様、そもそもユストゥス様は、私の名前を聞いただけで――
「愛しい方――と言って、手の甲に口づけをしたと聞いているわ」
母様に食い気味に言われた!
トゥーチェ兄上め!そんな詳しい事まで話したのか⁉
「私は娘に甘すぎたのかしら?日ごろから鍛錬させているのは、変な輩から身を守るためでしょう?なのに不埒ものにやすやすと手を握られ、口づけまでされるなんて……もっと鍛錬内容を濃くした方が良いかしら?」
そんな待って!母様。
私、頑張ってるでしょう?
毎朝日が昇る前に起きて、50キロ走った後に、ベルヘンケ領で一番大きなスレイ湖を泳いで、隣接する魔の森で魔物を50体倒してるじゃない!
朝食の後は兵達を相手に、目隠しして、両手両足に100キロのおもりをつけて、さらに全ての状態異常を付与されて、組手して、叱咤激励してるでしょう!?
お昼ご飯を食べたら魔の森に入って、魔物を100体狩ってくるまで帰らないじゃない!しかもその時は、筋肉を鍛えるため魔力を封じられ、更に
こんなに頑張っているのに、更に鍛錬内容を濃くされたら死んじゃうよ!
うう、でも確かにユストゥス様の時はまったくもって油断していた。だってあの瞳が美しすぎるから。吸い込まれるようにきれいだから。まるで冬のしんとした空気の中の、スレイ湖のようだったから。
「瞳が……綺麗で……」
「ひとみ!?そんな理由で口付けを許したのか⁉」
ぽつりと言った言葉に、なぜか父が食いついた。
「だってスレイ湖みたいで……」
「スレイ湖?リュエナが大好きで毎朝泳いでるあの澄んだ湖か……。確かに夕焼けの空を映したスレイ湖のようだったが……」
それだけで?と続ける兄の言葉は母の深くて大きなため息で消えた。
「瞳が綺麗だろうが、関係ないわ。油断大敵よ、リュエナ。でも安心しなさい。もし不敬罪とやらで王族が我がベルヘンケ伯爵家を裁くと言うなら迎え撃つまで」
ほうっと息を漏らしそうなほど、美しい笑みを見せる母の言葉が怖い。
「そうだな。たまには人相手も良いだろう。魔物ばかりと戦っていたら腕が鈍る」
なんか逆に嬉しそうな父は、上腕二頭筋を見せつけるように、腕を叩く。
「僕のかわいいリュエナに手を出そうとする輩は滅ぶべきだ。そうだろう?」
ライア兄様は黙ってて!
「まぁ、なるようにしからならないか――」
トゥーチェ兄上は考えることを諦めた。
私は――私も考えることはやめた。
大兄様の言う通り世の中、なるようにしかならないのだから。
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