竜たちはつがいを愛す。〜つがいは変態竜の愛を回避する〜
清水柚木
第1話 大混乱の成人式
キラキラと輝くシャンデリアに口をぽかーんと開け、見ていると、兄のトゥーチェ・ベルヘンケの優しい拳が頭上に落ちた。
「リュエナ、仮にも伯爵令嬢ともあろうものが、醜態を晒すんじゃない」
仮にも伯爵令嬢に拳を落とす、口やかましい兄に唇を尖らせて見せると、ぎらりと睨まれた。
おお、怖い、こわい、ここは黙っておとなしくしてやろう。
なんと言っても今日は私、リュエナ・ベルヘンケの成人式なのだから。
私の住む国、青竜国は13歳で成人だ。
成人した子供は身分にかかわらず、王族が主催する成人式に参加するのが決まりだ。
成人式は1カ月に渡り、高位貴族から順に王城にある祝賀会場に集められ、祝福を受ける。
故に魔物が溢れる魔の森に接するベルヘンケ伯爵家の娘である私も、中央にあるシェーシャ王族の城に参上したと言うわけだ。
辺境伯と揶揄される我が家も一応は高位貴族だからね。
忙しい年の瀬に、よいしょ、よいしょと遥々やってきた今、王様のありがたくも長い、なが〜い祝いの言葉を直立不動で受けているのが、現在の私と兄と言うわけだ。
娘のめでたい成人式に、『王の話は長いから、行きたくない。トゥーチェ、私の代わりに連れて行ってやれ』と言って、私を兄を託した父の気持ちが良く分かる。確かに本当に、頭にくるほど話が長い。
それだけじゃない。コルセットにぎゅーぎゅー締め付けられて苦しいし、ドレスはわさわさして動きにくいし、アクセサリーはじゃらじゃらして邪魔くさい。
このイライラをどうにかする為に兄の足を狙ったが、避けられた。そして怒りマークの浮いた素晴らしい笑みとともに、鉄拳が再び頭上へと落ちた。
私の攻撃は当たらず、兄の攻撃は当たるとは……これが経験の差と言うわけか。更にムカつく。
この広いホールに集められた貴族達の中で、こんなことをしているのは私たちだけだろう。
みなは粛々と話を聞いている。どれ、どれ、私も暇つぶしに王族を観察するか。
王族に限り一夫多妻制をしいているから、王子王女の数は多い。
壇上の上に立つのは話が長い現王の妻と、その子供達。
子供の数は――1、2、3……11人もいる。実にお盛んなことで。
王子王女の中の誰が青竜国を継ぐか……それは正式に決まっていない。
順当にいけば第1王子となると、兄が言っていた。うん、王族感まるだしの、にやついた嫌な感じの顔だ。
唯一の正室の子供。正室は王の従妹だとか。第1王子の横に立つ、プライドが高そうな女性だろう。なんとなく現王と顔が似ている。
次が第1王女。こちらは超絶美人だな。確か母親は青竜国で一番広い土地を持つ侯爵家の娘。母娘揃って顔が自慢なのだろう。ドレスがけばけばしくて、目がちかちかする。
そんでもって、あれが第2王子、そして第2王女……。ん?第3王子……こちらを見ていないか?
「兄様……第3王子がこっちを見てない?兄様の友達?」
「友達なわけがないだろう。辺境の地にある我が家が、どうやって王族と知り合う機会があると言うんだ?」
兄の深いため息が頭上で落ちた。
確かに王族は王城で教育を受けるし、拝謁する機会はこの成人式、もしくは特別な行事のみ。
知り合う機会などあるはずがない。ましてや私たちは青竜国の端に住んでいるのだから。
気のせい……かな?
心の中で呟いて、第3王子をじっと観察する。
たしか名前はユストゥス・シェーシャ。御年20歳。サラサラとした黒髪。均整の取れた体つき。魔力量は、一般の人より多いけど、王族としては少ない。弱そうだ。
母親は子爵家の娘だと聞いた。王権争いから、遠い存在だとも。
彼の母親は城仕えをしていた際に、あまりにもの美しさに王の目に留まり側室となったと聞いた。
分かる気がする。第3王子もとても美しい顔をしている。
特に目を惹くのが綺麗な水色の瞳だ。
私のお気に入りのスレイ湖の色だ。美しさに涙が溢れるような慈愛に満ちた、あらゆる人々を惹きつける水色。上質なアクアマリンも、第3王子の瞳の美しさに負けてしまうだろう。
「ユストゥス様はとても綺麗な瞳の色だね?兄様もそう思わない?」
「瞳の色?お前、これだけ離れていて良く瞳の色が見えるな。ああ、でもリュエナは昔から魔の森の魔物を誰よりも早く見つけていたからな。頭は悪いが、目が良いのがリュエナの長所だな」
イラッとしたので、足を踏んでやった。今度は成功した!嬉しくて下を向きながら小さくクククッと笑っていると、耳に周囲のざわめく声が聞こえた。
やばい。真面目に聞いていないことが、王にばれたのか?
「お名前を教えていただけますでしょうか?」
耳に心地よい重低音の声が頭上から聞こえた。
「ほえ?」っと間抜けな声と共に顔を上げると、水色の瞳にうつる自分が見えた。
周囲の視線が矢のように突き刺さる。
壇上に並ぶ王族たちの視線は槍の様だ。
そして警護の兵たちの武器の音も聞こえる。
つまり……あれだね?これは不敬罪ってやつかな?そうだよね~。
ありがた〜い王様の祝辞の席で、兄とふたりでふざけ合っていたのだから当然って言えば当然。
兄の拳は2回さく裂したし、私の攻撃は1回成功、1回は不発。しかもペラペラ喋っていたし〜?
ちらっと兄の目を見ると――泳いでる。大海を自由に泳ぐ鰯のように、凄まじく目が泳いでる。額には汗が光り、ぎゅっと握りしめた拳は小刻みに震えている。しかも、足が――足が回れ右しそうになっている。
うん、分かったよ。兄様!
不敬罪問われたら、ふたりで猛ダッシュで領地に帰ろう。王城から遠く離れた辺境の地まで追ってくるほど、王族だって暇じゃないだろう。
利き足にグッと力を入れる。
すぐにでも逃げ出せるように。
だが私の心を見透かすように、第3王子は屈んだと同時に私の手を取る。
水底まで見通せるような美しい水色の瞳に、心臓が大きな音を立てる。
「愛おしいお方……あなた様のお名前を、恋に囚われた哀れな男に教えてください」
口からヒュッと息を呑むような声が漏れた。恐怖の声だ。
次に手の甲に王子の柔らかい唇が当たる。
ぞわっと背中に大量の虫が這うような感覚がする。なのにぶわっと毛穴から変な汗が出る。
頭の中に警鐘が響く。
無意識にでた回し蹴りが第3王子の横腹にクリティカルヒットし、王子の身体は宙を飛び、勢いよく壁にぶつかった。と同時にさすが私の兄。私をひょいっと抱き上げ、出口に向かって一目散。
騒めく貴族の人たちの上を見事に飛び越え、走り抜け、そして立ちはだかろとした騎士たちを威嚇で気絶させて、ホールの外へ、そこから城外へ。
ぴゅーっと口笛を吹けば、兄の頼もしい相棒。飛竜の鳴き声が聞こえ、あっと言う間にそれこそ一瞬で目の端に凛々しい姿が見えた
なんて成人式なのだろうか!こんなの聞いていない!と嘆く私を抱えたまま兄は飛竜に飛び乗り、領地へとまっしぐら。
そんな私の耳に聞こえた――気がする。
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