アルスマギカ

とある日のオリュンポス。


天空を統べる神ウラヌスはいつにも増して苛立っていた。


いや苛立ちよりも憂鬱さが優っていたのかもしれない。


ガイアからの圧力と罵倒が日に日に強くなっているからだ。


無限の牢獄クロノに幽閉されているハズの烙印者スティグマの一人が、牢獄の壁カイーナを突破したのはもうかれこれ2万年以上前になる。


牢獄を管理している不敗の戦闘神アテナが行方をくらまし、そのとばっちりをウラヌスがモロに被ってしまっているのだ。



「ガイアちゃん、そんなに癇癪的ヒステリックにならなくてもいいじゃんか……僕だって一生懸命にやってるのに」


などと、人差し指をくっつけてイジけながらもブツくさと嫁の文句を垂れる。



「あのねえ……なにもアタシの神殿ウチまできて愚痴ることじゃないでしょ!本人に直接言いなさいよ!図体はデカいクセに、あいっかわらず女々しいんだからアンタはもう!」



足をダンダンダンダン!と地団駄を踏んでウラヌスを叱りつけたのは、娘の至高の美神アフロディーテだ。


彼女の住まうトーラー神殿に、ガイアからの小言を言われる度にウラヌスは頻繁に出入りしていたのだが、毎度毎度のことに対してアフロディーテは痺れを切らしていた。


「いやだってさ聞いてよアフロたん、監獄の件は僕は全然悪くないんだよ?だいたいさアテナちんがさ『あとはまかせたクソジジイ』なんて書き置きしてバックれちゃってさそれなのにさあ。ガイアちゃんはここ数千年ピリピリしててメチャクチャ不機嫌だし。そりゃあね北欧の神々アスガルドさんとことの戦争レクリエーションでさあ最近はロキちゃんに負けっぱなしでさあ、イライラするのはわかるよ?でもねアレは誰がどうみてもガイアちゃんがヘマしたのにさ、最終的に僕とゼウスっちに全責任なすりつけてさあ。あ、そうだアテナちんの行き先ってわかる?ねえアフロたん聞いてる?」


「あの戦闘ヲタクアテナがどこにいるかなんてアタシが知ってるワケないでしょーが!」


しばらく黙ってマシンガンの如く口を走らせるグチを聞いていたが、血管から血が吹き出しそうな勢いで、彼女がまた地団駄を踏んでウラヌスに対して激昂した。


「あ、お腹すいたから帰るね、じゃあねアフロたん!また来るね!」


言いたいことを言ってスッキリしたのか、ウラヌスは逃げるようにアフロディーテの神殿をあとにした。


「一体何しにきたんだオマエは!!?もう来るな!!」


もはや聞いちゃいなかった。


「にしても、烙印者はまだ見つからないのね……ガイアが苛立つのもわからないでもないけどね、ダイダロス」


「左様でございますな」


アフロディーテの執事、ダイダロスはゆっくりと天空から姿を見せた。


背中から4枚の翼を生やしている彼は、常に初老の落ち着いた雰囲気を醸し出している。


異世界の神々ナイトメア=オーバーロードとの戦争が近い。それまでに何としても最後の烙印者を連れ戻さなければならないよ」


「それについてですが、どうやら本国で動きがあったようでございますな」


「銀河系中心部で?」


「次元のはざまが、一瞬ではありますが銀河連邦領域内に転移ワープしてきたもようです。すぐさま何処かへ消えてしまいましたが」


異次元の神々プライマス=オメガトロンの動きはどうだ?連中の仕業か?」


「流石に彼らにそこまでの力はありますまい。7700万年前同様、未だに動きはありませんな。ただ、太陽系内にてここ40年ほどですが、とある特異点の位相が彼方此方に出鱈目な距離で動いておりますが」


アフロディーテは、ダイダロスからその報告を受けると顔をあからさまに怪訝にした。


「特異点のフェイズシフト理論の一環か?」


「おそらくはそうでしょうが、40年もの間、特異点の位相が出鱈目な距離でズレ続けるなど銀河誕生有史以来聞いたことがありませんな」


うーむ、としばらく目を瞑りながら腕を組む仕草をしていたアフロディーテがダイダロスに指示を出す。


「何か嫌な予感がするな。念の為、イカロスあたりを派遣して調査しておいて。ダイダロス、太陽系のどの辺りなの?」


「第3惑星の、かつてジパングと呼ばれていた島国です」


「ジパング?かつてアマテラスが管理していた領域か?彼処はもう既に……いや、まさかな……」


アフロディーテがその時感じた違和感プレッシャーが、オリュンポスの、そして全銀河の神々の大いなる脅威アルスマギカになるまで、さほど時間はかからなかった。

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