第10話 意識

 あれからどれだけの時間が経っただろうか。俺は連続失踪事件の犯人、夏美に消滅させられてしまったようだ。


 周りには誰もいない、真っ白な空間が続いている。できることは何もない。無の空間の中でフワフワ浮くことしかできなかった。思考ははっきりしている。記憶もしっかりある。作戦は一応の成功を収めた。だが、心残りなのは、柏木さんが消えたあの時の思いを二人に味わわせてしまう事だろう。


 薄れゆく意識の中で二人に謝った。


 柏木綾子はベッドで目を覚ました。顔を洗い歯を磨く。そして母親の用意した朝ごはんを食べて、学校に行く準備をした。


 朝八時、家を出て学校に向かう。その日はとても嫌な予感がした。新田からの朝の定時連絡が無いのだ。これまでも定時連絡が遅れることはあった。なぜか今日はとても嫌な予感が拭えない。


 八時半、学校に着き、教室に入る。新田の姿は無い。隣の席の瑠美に挨拶をして話しかける。


「おはよう瑠美」


「おはよう綾子」


 挨拶を返した瑠美も少し不安そうな顔をしている。


「瑠美、新田君から個人的なメッセージは来てない?」


 一縷の望みにかけて尋ねてみるが、瑠美は首を横に振るだけだった。不安が積もる。無情にも約束の一時間が過ぎた。定時連絡が無くなって一時間が過ぎれば死んだものとして扱い、残った者で次の策を考える。三人の約束だった。


 昼休みに入るが、新田は登校してこない。瑠美と二人の昼食だが、お互いに一言も発することが出来ない。重苦しい空気の中、周りの話声だけが聞こえる。


 重苦しい空気を破るように、瑠美が話す、

「放課後新田君の家に行かない?」


「そうね、家に確認してからでも遅くない……よね」


 ただの現実逃避だった。最後の連絡から十二時間以上経過している。何かあったのは間違いない。


「新田君って真面目だけど結構適当なところあるし、この前だって、定時連絡時間ギリギリの時もあったしね! きっと夜通しパトロールして寝不足で寝てるんだよ」


 瑠美は笑顔で言うが、そんなわけはない。短い付き合いながらも彼の性格は分かっているつもりだ。初めて話した先週の月曜日、彼は泣きそうな目で私たちの無事を喜んでいた。話を聞いた後も、私たちを不安にさせないようにしていた。今回の計画だって、本来は私が、犯人を見つけて、記憶を持ったまま過去に飛べば済む話なのだ。そうしないのは私たちを思ってのことだろう。私にその記憶は無いが、瑠美が消えたとき、私はものすごく取り乱したのだそうだ。それを知っている彼は、私たちにその思いを味わわせたくなかったのだろう。


 私は怖かった。犯人を見つけても何もできない恐怖、そして消される恐怖。私は逃げた。すべての恐怖を新田君一人に押し付けた。新田君から計画を聞いたとき、私は怖い思いをしなくて済む、そう思ってしまった。覚悟も無いのに、犯人捜しを始めた私はなんて最低な女なのだろう。


 そして、新田君は消えてしまった。罪悪感に押しつぶされそうになる。


「瑠美、私、犯人を見つけてから過去に飛ぶよ」


「そう、私もできることはするわ」


「必ず、新田君を救うわ」


 そして、放課後、二人は新田の家の前に到着した。時刻は十六時を回っていた。最後の連絡から十六時間が経過している。無事ではないことは明らかだった。最後の希望をもってインターホンを鳴らす。しかし、帰ってくるのは静寂のみ。


「覚悟していたけど、きついわね……」


「そうだね、これはもう……」


 そんな落ち込む二人の後ろからガタイのいい男が近づいてきて声をかける。


「俺以外にも敦の見舞いに人が来るとはな」 


 声の主は中田武志。いつも新田君と一緒にいる男だ。


「中田君もお見舞い?」


「まぁそんなところだな。でもお前ら二人が敦の見舞いなんて意外だな。敦がクラスで俺以外と話してるところは見たことが無い」


「私たちは本好きだからね、新田君とは話が合うのよ」

 

 中田君はフンと鼻を鳴らす


「お前らのどっちか超能力使えるだろ? どっちだ?」


 私と瑠美はすぐさま距離を取る。


「あなたも超能力者って事ね、でそれを知ってどうするつもり?」


「俺も能力者だから能力のことを色々知りたいだけだ」


「そう」


 ここはアパートの廊下、騒げば住人が出てくる。下手なことはできないはずだ。


「まぁいい。で、どっちが能力者だ?」


「質問を返すようで悪いけれど、あなたが失踪事件の犯人じゃないでしょうね?」


「まさか、俺ではない」


「そう、ならいいわ」


「中田君、能力者は私だよ」

 

 瑠美が宣言する。


「お前の方か、じゃあ死ね」


 次の瞬間瑠美の方へ中田君が手を掲げると瑠美の首が飛んだ。


「る……み……?」


 瑠美は力なく倒れ、辺りに赤い血が飛び散っている。


「まぁ、力のないやつが危ないことに首を突っ込むからこうなる」


「何を知っているの」


「ある程度は知っている。あとお前は女王を怒らせてしまった。もう、助からんだろう。だが助言をするならば、夜が来る前に逃げた方がいい」


 中田君はそれだけ言うとその場を立ち去った。


 私は瑠美の死体を見つめたまま動けなかった。一時間が経っただろうか、辺りは暗くなっていた。一時間の間住民は誰一人出てこない。冷たくなっていく瑠美を抱えながら考える。

中田武志と失踪事件の犯人はつながっているのだろう、彼の能力は手から斬撃を飛ばすこと、目的は能力者の抹殺。そして、証拠を残さない手口からして、証拠自体を消滅させに、失踪事件の犯人がここに来るはずだ。


 瑠美が死んだというのに私の頭の中は冷静だった。私はおかしくなってしまったのだろうか?


 そんなことを考えていると後ろから足音が聞こえてくる。振り向く前に私の意識は無くなってしまった。


 私は真っ白い空間の中で目覚めた。周りには何もなかった。意識ははっきりしている。多分死んだのだろう。この空間に来るのは四回目だった。


 私は新田君が生き返るように念じた。しかしダメだった。新田君をタイムリープさせるには遅かったようだ。


 そして、意識は薄れていき、完全に消えた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る