第8話 作戦

 タイムリープしてから五日が過ぎた。三田さんは木曜日から学校に来なくなってしまった。おそらく失踪してしまったと思う。俺は三田さんを見殺しにしたのだ。助けられる道もあったとは思う。だが、連続失踪事件の犯人に対抗する手段が無い。対抗手段だったと思っていた田中さんも簡単に失踪してしまった。慎重に行動しなければ簡単に消されてしまう。俺は守りたい人を守らなければならない。


 今日は柏木さんの家で話をする日だ。着替えて家を出る。マップアプリに柏木さんの家の住所を打ち込み、マップの指示に従いながら歩く。


 雲一つない青空だった。五月の半ばということもあり、とても気持ちの良い陽気だった。家から二十五分歩いたところで、目的地に到着した。


 柏木さんの家は三階建ての普通の一軒家だった。車庫に車は止まっていない。インターホンを鳴らし、少し待つ。すると家の玄関が開いた。


「新田君いらっしゃい。もう瑠美は来てるよ」


「お邪魔します」


 リビングに案内される。


「新田君おはよー」


「田中さんおはよう」


「飲み物入れてくるから、新田君ここに座ってて」


 言われたとおりに座る。


「お待たせ」


 柏木さんが麦茶を持ってくる。柏木さんは椅子に座る。柏木さんの隣に田中さん、机を挟んで向かいに俺が座る形だ。


「じゃあ始めよっか。で、まず私からなんだけど」


 柏木さん司会で会議は始まった。


「一回死んでみました」


「えっ?」


「はぁ?」


 俺と田中さんから驚きの声が出る。


「まぁ落ち着いて聞いてほしい。死んでみたのは昨日の夜。隣のマンションの屋上から飛び降りてみたの。結果は普通に死んで、月曜日の朝に戻った。新田君と話した日だね」


「言いたいことは色々あるけど、生き返れてよかったよ」


 生き返ると分かっていても死ぬのは怖いはずだ。ましてや一回生き返っているとはいえ、もう一度生き返れる保証なんてどこにもないのだ。


「うん、生き返れなかったかもしれないけど、もしかしたら何か変えられると思って」


「で、綾子何か変わったことはあった?」


「いや、何も変わらなかった。三田君は木曜日から学校に来なくなったのも変わらなかった。生き返ってから三田君と話して変えようとしたけどダメだった」


 俺はタイムリープしたのに何もしなかった。柏木さんは変えようと努力している。胸が痛い、俺は最初から諦めていた。柏木さんは文字通り命を懸けていた。


「すまない」


「どうしたの新田君?」


「俺は三田さんが失踪するのが分かっていたのに何もしなかった」


「そんなことね、私は死んでも生き返ることができる。新田君には頭脳がある、瑠美には犯人を攻撃する手段がある。私は? 私には死ぬことしかできない。だから私は命を懸けるの」


「柏木さん、君がそこまでする理由はなんだ?」


「新田君から未来で瑠美が失踪するって聞いたとき、どうしようもない無力感に襲われた。瑠美以外の人にも消えてほしくないんだ。全員を守れるなら守りたい。私が命を懸ける理由」

 

 ああ、俺とは覚悟が違う。もし、柏木さんと同じ能力だったとして、俺は命を懸けることができるだろうか。いや、何かと理由をつけて安全策を取るに違いない。俺は仲良くなった人たちを失いたくない、ただそれだけだった。好奇心で事件に首を突っ込み、田中さんと柏木さんを失った。俺はその贖罪をしたいだけなのかもしれない。


「綾子! 生き返るのが分かってても簡単に命を捨てちゃダメ!」


「そうね……」


 柏木さんが田中さんに怒られて少し落ち込んでいる。


「もし生き返ることが出来なかったらどうするんだ。あと命の価値に順序なんて無いんだ……死なないでくれ……」


「新田君……」


 俺は泣いていた。柏木さんが失踪した時を思い出していた。あの時の無力感、絶望はもう味わいたくはない。どこまで行っても自己中心的な考えだが、二人を絶対に死なせない。二人のためにも、俺のためにも。


 話は十分ほど中断してしまった。二人は俺が落ち着くまで待っていてくれた。


「悪い、止めてしまって」


「いいよ、気にしてない」


「いやー、新田君急に泣くからびっくりしちゃったよ~」


「二人が消えてしまった時の事を思い出してしまってね」


「綾子も勝手に死ぬのは無しね!」


「分かった」


「他人に死の許可をもらうのもどうかと思うけど、もしかしたら戻ってこれない可能性もあるから、死ぬのは最終手段にして、死ななくても人を救える方法を三人で考えよう」


「そうだね~」


「やっぱり手っ取り早いのは犯人を捕まえることかな?」


「そうだね、まだ手掛かり一つ掴めてないけど」


「犯行は夜、単独犯の可能性が高い。これだけだもんね~」


「夜、探しに行くのが一番早いんだけど、危なすぎる」


 一度タイムリープしてもこれだけしかわかっていないのだ。


「そうね、偵察向きの超能力でもあったらいいのに」


「新田君早く超能力に目覚めてよ!」


 田中さんが無茶なことを言う、俺だけ無能力者で若干疎外感を感じている。


「無茶言うなよ……」


「もしかしたら、私が死んじゃうとタイムリープしちゃう能力かもね」


「そんなわけない。それならもう三回はタイムリープしてないといけない」


「それもそうか、前私が失踪して、新田君がタイムリープしたのはやっぱり私の能力なのかなぁ……」


「俺の予想では、自分の命と引き換えに、自分か他者一人を記憶を保持したままタイムリープさせる能力だと思う。どこまで戻るかは分からないけど、俺も柏木さんも同じ日に戻ってる」


「月曜日の朝に戻ったけど、前と同じように昼休みに新田君が私と瑠美が失踪したことを話してくれたよ」


「ということは、セーブポイント的なものが月曜日にあって、タイムリープした人の記憶は引き継がれるけど、タイムリープしてない人のそれまでの記憶は消える。今、田中さんがタイムリープしたら、田中さん以外は月曜日からの記憶は消えるわけか」


「それなら私の記憶はどうなるの?」


「柏木さんの前回のタイムリープまでの記憶は残るけど、今回の月曜日から今までの記憶は消える。田中さんがタイムリープしたことを知らないまま、自身がタイムリープした直後に戻ると思う、そして昼休みに二人が失踪した話を俺がすると思う」


「なるほど」


「難しくてわかんないよー!!!」


 どうやら田中さんはついてこれていないようだ。タイムリープすればするほどこちらに情報が集まり、有利になる。だからといって乱用するわけにはいかない。回数制限があれば簡単に詰みになりかねない。


「私は新田君や瑠美が消えた瞬間躊躇なく能力を使うわ」


「回数制限があるかもしれない、使うなら慎重にな。やるにしても情報を集めてから使った方がいい」


「もし、セーブポイントが瑠美や新田君が死んだ後に設定される可能性もあるから、早い方が良いと思う」


「確かに……」


「新田君も綾子も死ぬ前提で考えない!」


「はい……」


 田中さんに説教されてしまった。まぁ、死ぬのは最終手段だ。ダメだと思いつつ、俺の中で一つの案が思い浮かんだ。


「柏木さん、柏木さんに死んでもらわないといけないんだけど一つ作戦を思いついたんだ」


 俺はその作戦を二人に話した。二人は猛烈に反対した。俺が頭を下げて何とか作戦に協力してもらえることになる。


「その作戦が成功したらあの喫茶店でケーキセットおごってもらうからね!」


「私も~」


 ケーキセットは一つ千五百円である。二つで三千円。痛い出費である。


「ありがとう、約束は守るよ」


 会議はここまでとなり、解散となる。俺は家に帰り、作戦の準備をする。作戦の決行は夜だった。作戦が成功すれば悪夢は終わる。犯人に対する強力な手掛かりを手に入れることが出来る。この悪夢を終わらせるのだ。


 俺は意気揚々と日が沈んだ夜の街に出かけた。

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