第6話 月曜日

 朝、目が覚める。心と体の疲労が限界に達して眠ってしまったようだ。田中さんも柏木さんも消えてしまった。スマホをチラッと見るが通知は無かった。メッセージアプリを開く気にもなれない。柏木さん宛てのメッセージに既読がついていなかったらと思うと恐ろしいからだ。


 昨日は無断欠席してしまって夏美と武志に迷惑をかけてしまったので、さすがに今日は学校に行こうと思う。朝ごはんは食べられそうになかったので、食べずに家を出る。ああ、今日は少し肌寒いな。五月残すところ数日、昨日までは少し暑かったんだが、このくらいの気温の方が過ごしやすい。


 学校に向かう足取りが重い。一歩、一歩、歩みを進めるが、いつもより学校が遠くに感じる。二人の失踪を止められなかった、俺の迂闊な好奇心が二人を消した。柏木さんだけでも救えたかもしれない。重い、重い重圧が背中にのしかかる。今にも潰れてしまいそうだ。


 学校に到着し、教室の扉の前に立つ。開けたら二人が普通に居る。そんな奇跡は起こらないだろうか、そんな妄想だけが頭の中を駆け巡る。ふと、声をかけられた。


「おい敦、何してるんだお前、教室に入らんのか?」


 声の主は武志だった。


「ああごめん。入るよ。そういや、昨日はありがとう」


 わざわざ心配して家まで来てくれたんだ、礼だけはしっかり言っておかないといけない。


「昨日? 昨日俺がお前になんかしたか?」


「え、昨日見舞いに来てくれたじゃないか」


「は? 見舞い? 何の話だ」


 えっ? 


「とりあえず、ここは邪魔だから入るぞ」


「ああ、そうだな」


 武志が扉を開け、教室に入っていく。次の瞬間俺の思考は完全に停止した。


 教室に消えたはずの柏木さんと田中さんが居たのだ。俺は我を忘れ、柏木さんの元へ向かったいた。


「柏木さんっ!!!」


「?」


「何で昨日返信してくれなかったんだ!!! 俺は柏木さんが消えてしまったと思って!!!!」


「新田君?」


「そ、そうだ、田中さんも無事だったんだな! 本当に心配したんだ……」


 柏木さんと田中さんが無事でよかった。大きな声が出ていたようで、クラス中がこちらに注目していて少し恥ずかしいが、まぁ二人が無事ならそれでいい。


「新田君は何を言っているの?」


 は? 


「私たち、新田君と話したことあったっけ?」


 二人は怯えるような目で俺を見ている。何かがおかしい。


「おい、敦、お前今日なんかおかしいぞ」


 武志に引っ張られて自分の席に座る。


「敦、どうしたんだ?」


 隣の席に座った武志が心配そうに聞いてくる。


「俺、昨日学校休んだよな、それで武志が見舞いに来て……」


「昨日は日曜日だぞ?」


 は? 日曜日? そんなはずはない、今日は五月の二十一日火曜日のはずだ。俺はスマホを見る。そこには五月六日月曜日の表記がある。混乱して頭がおかしくなる。二週間以上時が戻っていることになる。なんだ、昨日のは夢か? 最近よく見る悪夢だったのだろうか?


 悪夢にしては記憶がしっかりしている。超能力のこともあるから、夢じゃない可能性もある。


「おい」


 待て、超能力……? 確か柏木さんの能力がタイムリープ、死ぬと同時に過去に戻る。いやでも待て、彼女の能力は……


「おい敦!」


「あっはい」


 びっくりしてマヌケな声が出た。


「はいじゃねぇよ。やっぱり今日のお前はおかしい。何があったんだ?」


「いや、寝不足で頭が回ってないのかもしれない」


「なんだお前、また夜更かしして小説でも読んでたんだろ?」


「ああ、そんな感じ」


「まぁ、夢中になりすぎんなよ」


「気をつけるよ」


 ガラガラガラ。先生が扉を開けて入ってくる。連絡事項だけ話して出て行った。


 授業はあまり頭に入ってこなかった。だが、内容は二週間前にやったものと同じだった。お昼前には、時が巻き戻っていることを確信できた。とりあえず、柏木さんと田中さんに話を聞かなければならない。


 お昼休みを告げるチャイムが鳴る。俺は席を立ち、二人のところへ向かった。


「柏木さん、田中さん、少しいいかな?」


「どうしたの?」


「話したいことがあって、ここで話す内容じゃないから、どこか三人になれる場所で聞いてほしい」


 田中さんは疑うような目をこちらに向けてくる。それもそうだ、朝、いきなり意味の分からないことを一方的に言われたんだ。警戒して当然だ。


「瑠美、私も新田君と話したいことがあるから行きましょ」


 どうやら柏木さんは話をしてくれるようだ。


「綾子がそう言うなら……」


 田中さんも渋々ではあるがついてきてくれるようだ。


 俺たちは体育館の裏に移動した。


「ここなら誰も来ないよ。新田君話して」


「ああ。まず柏木さんと田中さんは超能力者だよね?」


「!?」


 二人の表情が驚きの色に染まる。


「柏木さんは自身の死をトリガーにして時間を巻き戻す、タイムリープの能力。田中さんは触れたものを凍らせる能力」


「なぜそれをっ!!!」


 田中さんが声を荒らげる。


「二人に教えてもらったんだ」


 俺はこれまでの経緯を二人に話した。最初は半信半疑だったが、話し終わると二人は信じてくれた。


「私は死んだのね」


「死体は見つかってないけど死んだ可能性が高い。でもおかしな点がある。柏木さんは死ぬと過去に戻る。でも今、前の記憶を持っていない。巻き戻ったのは俺だった」


「新田君は能力者じゃないのよね?」


「違う。というか、俺の仮説では能力が使えることに気が付けば能力者になる。だから俺も能力を持っているけど、気づいていないだけかもしれないけどね」


「新田君は今の状況をどう考えているの?」


「柏木さんは死ぬ前の記憶を持っていない、そして、俺が巻き戻った。つまり柏木さんが死んで、柏木さんの能力が発動して俺が巻き戻ったと考えてる。柏木さんどう思う?」


「試したことが無いから分からないけど、できるかもしれない」


 できるかもしれない……か。柏木さんは死の間際にタイムリープの対象を自分から俺に移した。普通、思いついてもやるだろうか?


「おかしな点が一つある」


「なに?」


「それは、なぜ俺をタイムリープさせたのかだ。柏木さんは連続失踪事件の犯人と相対している。犯人の顔を見ている可能性が高い。自分をタイムリープさせれば犯人が分かってうまく動けるはずなのに」


「確かにそうね。新田君をタイムリープさせる理由が無い。私なら自分で動くはず」


「短い付き合いだけど、柏木さんならそうすると思う。もしかしたら俺の能力で、柏木さんの死をトリガーに俺がタイムリープするって線もあるけどね」


「他人の死をきっかけにしてタイムリープか。なんか使いづらいね、私のより……」


 それまで黙っていた田中さんが口を開いた。


「私難しい話わかんないけど、綾子が死んで新田君がタイムリープするなら新田君は綾子を死なせたくなかったんだね。もう好きじゃん!」


「何を言っているんだ田中さん」


「そうよ瑠美!」


「いやだって、綾子が失踪する前の日に私が失踪したんでしょ? 私の時にはタイムリープしなかったのに、綾子が消えたらタイムリープするなんて、ねぇ?」


 ねぇじゃねぇよ。


「そもそも柏木さんと話すようになったのは二週間前だ。田中さんは話をした当日に消えたんだぞ? 関係ない!」


 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


「とりあえず、話はまた後にしよう」


「はーい」


 微妙な空気で昼休みの会議は終わった。

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