第5話 悪夢
気持ちの良い、まどろみの中、目を覚ます。ここの所ずっと見ていた、悪夢を見なかった。それだけでも気持ちのいい朝であった。そんな気分も、一瞬で立ち消えることになる。
ベッドから降りて、スマホを確認する。昨日友達が二人増えた、メッセージアプリに通知が来ていた。ぼーっとしながらアプリを開く、柏木さんからだった。内容を見た瞬間、一気に目が覚めた。
「新田君、朝早くにごめんなさい。昨日の夜から瑠美に連絡がつきません」
瑠美とは田中さんのことだった。田中さんが失踪事件に巻き込まれた可能性がある。すぐに、ニュースアプリを開く。17歳の女子生徒が失踪か。という見出しをすぐにクリックする。名前こそ伏せられているが、記事の内容は、田中さんの情報と一致している。田中さんが失踪した可能性が高い。
すぐに、柏木さんに返信した。そして俺はすぐに思考に入る。
五分ほど思考の海に沈む、可能性が二つ。一つは完全に偶然。もう一つは、田中さんがピンポイントで狙われた。あの喫茶店に犯人が居て、話を聞かれていた可能性がある。
クソッ、他の客なんて思い出せない……
すぐに、柏木さんに電話をかける。プルルルルルルル……早く出てくれ。
「もしもし柏木です」
今にも消え入りそうな声だった。
「柏木さん、良かった無事か。用件だけ伝える、田中さんは能力者だから狙われたかもしれない。昨日の喫茶店で犯人に会話を聞かれていたかもしれない。客の顔とか覚えていないか?」
「覚えてないわ」
「なら、次狙われるのは俺か、柏木さんだ。なるべく外に出ない方が良い、出るにしても一人はダメだ」
「瑠美は親友なの。私が探してあげないと。」
電話の後ろから、車の音が聞こえる。まずい、柏木さんはもう外に出ている。
「柏木さんもう外にいるのか!?」
「ええ、私がみつけるの」
「俺もそっちに向かう、場所だけ教えてくれ!」
「大丈夫だよ、新田君。私は死んでも生き返れるから」
それだけ言い残して電話を切られた。非常にまずい、犯人に見つかれば柏木さんは間違いなく消される。そして、もう生き返れる保証なんてどこにもない。犯人が人間を消滅させられる能力だったとしたら、死んだ判定にならないかもしれない。
俺は柏木さんに、「せめて一時間に一度無事の連絡だけくれ」メッセージをそれだけ送ると、着替えて家を飛び出す。あても無いが、柏木さんを探す。
今の柏木さんの精神状態はまずい、冷静な判断が出来ていない。田中さんが消えた責任を感じているのだろう。柏木さんと田中さんは二人で捜査していたみたいだけど、本格的に巻き込んでしまったのは昨日だ。俺も責任を感じている。だからこそ、普段の俺ならやらないような、危険を冒して柏木さんを探している。
一時間、二時間、三時間、探し続けても柏木さんは見つからない。一時間ごとにメッセージは送っているが、返信は無い。既読だけついている。
スマホが震える。慌ててポケットから取り出して確認する。メッセージは夏美からだった。
「今日ガッコ来てないけど、どうしたのー?」
そういえば今日は月曜日で学校があったな。
俺も焦っていたから、気がつかなかったが失踪は夜に集中している。昼間から失踪した例は少ない。
一旦学校に向かおう。俺は夏美に「寝坊した、今から行くよ」とだけ返信して、家に帰った。柏木さんに、「学校に行く」とだけメッセージを送り、学校に向かった。
教室に着くと、田中さんと柏木さんの姿は無かった。
「おう、敦、寝坊?」
「武志おはよう。寝過ごしちゃったよ」
武志に挨拶し、席に座る。
「俺はお前が失踪したと思ってヒヤヒヤしたぞ」
「メッセージ送ってくれたらいいのに」
「返信が無かったら恐ろしくて、送れなかった」
確かに、その気持ちもわかる。もし、今から柏木さんに送ったメッセージに既読がつかなくなれば、俺も耐えられるか分からない。
「なぁ、敦。田中と柏木が今日来てないんだ。なんか知らないか?」
「田中さんは分からないけど、柏木さんは無事だよ。ちょっと体調が悪いんだって」
「お前、柏木と仲良かったのか。意外だな、学校で話してるところ見たことないが」
武志は不思議そうな顔をしている。本当の事など言えるはずがない。俺たちは迂闊だったのだ、俺たちの注意不足で田中さんは失踪した。武志に全てを話したら武志なら正義感とお人よしな性格から犯人捜しをするだろう、それでは武志も消えてしまうかもしれない。誰が効いているか分からない。このクラスに最低でも能力者が二人も居た、この中に犯人が居るかもしれないのだ。
「最近喫茶店で本を読むことがあってね、柏木さんとそこでばったり会ったんだ。話してみたら、趣味があったから友達になったんだよ」
それっぽいことを言って誤魔化す。
「そうか、趣味が合う友達が出来てよかったな。まぁ、それは置いておいて、お前顔色だいぶ悪いぞ?」
「え、あぁ、寝坊したからかな、少し頭が痛いや」
「まぁ、無理はすんなよ」
その日の授業は全く頭に入ってこなかった。後悔が頭の中をぐるぐると回っていく。俺は大丈夫だろうという謎の自信があった。大丈夫じゃなかった、田中さんは消え、柏木さんの心はズタボロのはずだ。今一番危険なのは柏木さんだ。何とかして、捜索を辞めさせたい、休み時間に入る度、メッセージを送っているが、既読だけついて返信は無かった。
授業が終わると、俺はすぐに家に帰った。怖かったのだ、次消されるのは俺かもしれない。部屋の隅で縮こまっていた。
いつの間に外は暗くなっていた。眠ってしまっていたようだ。安否確認のメッセージを柏木さんに送る。
一時間経っても返信は無かった。それどころか既読すらつかない。いやな予感が頭の中を回っていく。
二時間、既読がつかない。
不安な気持ちだけが大きくなっていく。
「柏木さん無事なら返信をください」
「おーい」
「無事だよな?」
「おい」
「返信してくれ」
「今どこにいるんだ?」
「おい」
「頼む、返信してくれ」
「頼むよ」
「おい」
「返信しろ」
「返信はいいから既読だけつけてくれ」
零時を回り日付が変わる。まだ既読はつかない。
俺は不安に耐えられず、家を出る。
柏木さんを探すが見つからない。
大通り、公園、学校、探せるところはすべて探した。日も登り始め、明るくなる。まだ既読はつかない。
「学校に行かなくちゃ……」
俺はそう呟き、制服に着替えるために家に帰る。
家に着くなり、俺は動けなくなった、部屋の隅で縮こまり、動かない。
そのまま動けず、時間は正午を回る、まだ既読はつかない。
ネットニュースは確認できなかった。記事が出ていれば俺は耐えられない。スマホが鳴る、すがるような気持ちで開くが、夏美からだった。メッセージも見ずにスマホを置く。
もう夕方だろうか、部屋のチャイムが鳴る。出る気も起きない。部屋のドアが開く、そういえばカギ閉め忘れたな。
「敦~いる~?」
夏美と武志が部屋に入ってくる。
「おい敦! 大丈夫か!?」
「ちょっと体調が悪くてね」
「そうか、まぁ無事でよかったよ」
そう言うと武志は俺をベッドまで運んでくれた。
「中田君は心配しすぎだよ。敦なら大丈夫って言ったじゃん」
「まぁ、連絡つかないと心配にもなる。こんな物騒な世の中だからな」
「敦、お見舞いの品ここに置いていくから、食べられるようになったら、ちゃんと食べるんだよ~」
「ゆっくり寝ろよ」
そう言って二人は帰っていった。
そして俺は悪夢の世界に足を踏み入れた。
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