第2話 好奇心

 例の失踪事件が連続失踪事件として、ネットニュースになり、数日が経った。その間も被害者は増え続け、遂にはテレビのニュースで取り上げられるほどになっていた。


 物騒な話だ。ただの噂だった話が、どんどん大きくなっていく。この町でこの事件を知らない人はいないだろう。ニュースが流れているテレビを消し、学校に行く準備を済ませ、家を出る。失踪事件が頻発しているというのに、町はいつも通りのように見えた。


 学校に着き、教室に入る。いつものようにカバンを机の横についている、フックに掛ける。椅子に座って周りを見渡すが、教室内はいつもと違う雰囲気のように感じる。少し気になったので、武志に話を聞こうと教室内を探すが、見当たらない。いつもなら、おはようと声をかけてくれるのだが……まさかね……


 嫌な予感が、頭の中を駆け巡る。だが、よくよく考えてみれば、武志のような屈強な男を誘拐、または、殺害して誰にも見つからず処理するのはなかなか難しいのではないか? やつは陸上部。百八十五センチを超える巨体に、ムキムキで足も速い。俺が失踪事件の犯人だとしたら、こんなやつ襲わない。複数人でもリスクが高すぎる。


 まぁ、大丈夫だろうと思っているとガラガラと教室のドアが開き、汗だくの武志が入ってくる。武志を見るなり、クラスメイトの数人が武志に近づき、何やら話している。武志とクラスメイト達の表情が暗い。なにかあったのだろう。


 クラスメイト達との話が終わったのか、武志はこちらに来る。


「武志、何かあったのか?」


 すこし気になり、武志に聞いてみる。


「昨日休みだった三田と連絡が取れんのだ」


「三田さん?」


 三田さんはクラスメイトだが、一切話したことはない。


「ああ、おとといの夜から、連絡が付かんらしいから、家まで見に行ってきた」


 なるほど、クラスメイトから話を聞き、走って確認しに行ったのか。こんな俺と友達でいてくれる、お人よしの武志らしい。


「で、反応は無かったんだね?」


「そうだ。家まで行ってチャイムを鳴らしたが、出なかった」


「御家族の方は居なかったのか?」


「三田はお前と同じで一人暮らしだ」


「それは心配だね」


「ふん。学校にも休みの連絡が来てないそうだ」


「連続失踪事件に巻き込まれた可能性があるのか……」


「決まったわけじゃないがな」


 ついに知っている人が、失踪してしまったかもしれない……か。


 その日、誰にも三田からの連絡は無かった。


 放課後になり、俺は実家に帰っていた。久々に親に顔を見せに、というわけでは無いが、何かと物騒だから、親を安心させてあげるのも目的の一つではあった。


久しぶりに見る、見慣れた玄関。正月に帰ったきり、五ヶ月半帰ってきていなかったので、少し懐かしさを感じる。扉を開け、ただいまと挨拶する。


「あら、敦。急に帰ってくるなんてどうしたの」


「ちょっとね、いろいろ物騒だから、たまには顔だけでも見せておこうかなって」


「そうね、あんたの部屋のある町、今、行方不明の人が増えてるんでしょ? ニュースでやってたわ」


 隣県に住む、親でさえ知っているほどの大事件だ。


「まぁ、怖いから、土日ここに置いてほしい」


「それは構わないけど、あんたが来ると思ってなかったから、ご飯無いわよ」


「なんか適当に食べるよ。母さん、新聞ってどこにある? 今月分」


「台所にまとめておいてあるわよ。なんに使うのよ」


「ちょっと調べもの」


 今回の里帰りの目的は今月の新聞だ。事件を調べるために、新聞を読みたいが、あいにく俺は新聞など取っていない。実家なら、新聞を取っているし、新聞を古紙回収に出すのは、月末なので、ここ三週間くらいの新聞はあるはずと踏んだ。この土日を使って新聞を調べる予定だ。


 この連続失踪事件はおかしな点が多い。この事件がもし、誘拐ならば、身代金要求が無いとおかしい。お金目的じゃないにしても、犯人からの要求が一切ないと不可解だ。怨恨であるならば、数が多すぎる、噂だが、失踪者は十人近くになっている。俺が知っているのは、女子中学生二人に、近所のおばあさん、そしてクラスメイトの三田さんだ。つながりが一切不明である。最初は女の人を狙っているのかとも思ったが、三田さんは男だ。


 そして、この事件が殺人だった場合、死体が一切出てこないのもおかしい。死体を綺麗に処理できる組織なんて、ヤクザくらいしか思いつかないが、女子中学生二人とおばあさん、男子高校生が、ヤクザに狙われる理由とはなんだ? さらに、目撃者が一切いない点もおかしい。組織で何十人も攫うか、殺すかしているのに、目撃情報が無いのは不可解だ。


 考えれば考えるほど、この事件は不思議だ。犯人捜しをするつもりは無いが、死体も目撃者も無く、何人も攫うか殺すなりする方法、トリックと言えるだろうか。それが知りたい。ミステリー小説を読むように、俺は好奇心を抑えられなくなっているのだ。


 結局土曜日の昼前には、三週間分読み終わってしまった。情報を集めてみたが、三日前から急に連続失踪事件が取り上げられている以上の情報は得られなかった。行方不明者の報道はあまりなく、川で釣りをしていて溺れたとか、そんな感じの記事しか見つけられなかった。


 ここにいる必要も無いと思い、連続失踪事件の記事だけ拝借し、自分の家に帰ることにした。


「母さん、俺もう帰るよ」


「もうちょっとゆっくりしていってもいいのに」


「せっかくの休日だし、どこかに行ってみるよ」


「そう、気を付けてね。いつでも帰ってきていいからね」


 そう言う、母さんは、少し不安げな顔をしていた。


 電車で二時間かけて、家に帰った。家で事件の記事を広げて考えるが、何も浮かばない。たまには、カフェにでも行って、本を読もう。ここ最近事件のことばかり考えていて、夏美と一緒に買ったミステリー小説は全然進んでいなかった。


 俺には行きつけのカフェがあった。カフェというか、昔からあるような純喫茶だ。引っ越してきた時、落ち着いて本が読める場所を探して歩いていた俺の目に、たまたま映り、見つけたのだ。


 純喫茶の扉を開ける。カランカランと音が鳴り、店員さんがこちらに気づく。お好きなお席へどうぞと言われ、俺はいつもの席に……おっと、今日は先客がいるようだ、残念。


 いつもの席の隣の席のソファに腰かける。ホットコーヒーを一つ注文し、小説を開く。誰にも邪魔されず、落ち着いて本を読むことができる、この空間が好きだった。


 だが、今日は邪魔されずに、とはいかなかった。


「あれ、新田君?」


 急に話しかけられたので、ビクッとして少し恥ずかしかったが、気にせず声の方を向く。そこに立っていたのはクラスメイトの一人だった。


「えーっと、柏木さん……だっけ?」


 クラスメイトってことは分かるんだが、一年の時は別クラスだったし、基本、武志といるとき以外は一人で過ごしていたので、名前があってるか、少し不安だった。


「そうだよ。話すのは初めてかな」


「そうだね」


「新田君も喫茶店とか来るんだ」


「本が好きだからね。静かな場所で読むのが好きなんだよ」


「私も本が好きだからたまに喫茶店で読んでたりするよ。ふふっ、一人の時間を邪魔してごめんね。」


「いや、それは大丈夫だよ」


「じゃあ、また学校で」


 そう言って、柏木さんは会計をして店を出て行った。


 今度こそ邪魔するものがなくなったので、今日も小説の世界に入り込んだ。

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