回り廻り周り回る

五十嵐

第1話 失踪事件

 俺は夢を見ていた。人が死ぬのを見送る夢だ。何を言っても、何をやっても止められない。夢の中では誰かが死んでいた。


 スマホのアラームで目を覚ます。起き上がり、アラームを止め、ベッドを出る。顔を洗い、歯を磨く。いつものルーティンだ。


 今日は、いつもと違うことがあった。顔を洗おうと、洗面台の前に立つ、そして、鏡を見ると、俺は泣いていたのだ。目の下に手をやると濡れている。悲しい夢でも見たのだろう。特に気にすることもなく、顔を洗ってから、歯を磨いた。


 今日は月曜日、学校があるので、台所に置いてある食パンをかじり、制服に着替えて、家を出る。


 昨日夜更かししたせいで、一回目のアラームで起きられず、遅刻ギリギリだった。


 まだ少し肌寒い五月だというのに、学校に着くころには汗だくだった。ポケットに入れてあったハンカチで汗を拭く。高校二年生になり、大学進学を志望しているので、内申点に響くため、遅刻はあまりしたくなかった。


 始業のチャイム前に、教室に入ることができた。自分の席に座り、一限目の準備をする。制服を着崩した、ガタイのいい男が近づいてくる。


「おー、敦おはよう。珍しいなお前がこんなにギリギリに来るなんて」


「おはよう武志。夜更かししてしまってな、アラームで起きれなかったんだ」


「ほー、ゲームでもしてたのか?」


「いや、小説を読んでて、止めるタイミングを逃してそのまま最後まで読んでた」


「そうか、あんまり夢中になりすぎんなよ」


「気を付けるよ」


 チャイムが鳴り、担任の先生が入ってくる。連絡事項を簡単に話して、教室を出て行ってしまった。


 寝不足で頭が回っていないところに、教師の念仏のような授業で眠りそうになる。そんな授業を耐えきり、お昼の時間になる。


「敦、飯食おうぜ」


 俺の机の前まで武志が椅子を持ってくる。武志は陸上部に所属しているマッチョの人気者だ。俺以外にも友達は多いが、なぜかよく絡んでくる。


「お前またパンかよ。パン以外の選択肢は無いんか?」


「一人暮らしだし、弁当を作るのはめんどいんだよ」


「コンビニ弁当とかおにぎりがあるだろが」


「パンが一番コスパいいんだよ」


 一人暮らしでバイトもしていない俺にとって、朝食と昼食を節約しなければ生きていけないのだ。節約したお金で小説を買う。小説を読むのが俺の趣味なのだ。


「まぁ、そうか。そういや最近こんな噂があるんだが、知ってるか?」


「しらない」


「まだ何も言ってねぇよ。聞け。最近、この四方木町で人が消えているって噂だ。お前こういうの好きだろ?」


「人が消えてる?」


「そうだ、ここ二週間この町で失踪する人が相次いでいるんだ」


 そんな話は聞いたことが無い。武志以外に友達と呼べるような人はいないから、うわさ話に疎いから仕方ない。幼馴染の夏美ならうわさ話に詳しいかもしれないが、ここ二週間ほど、話もしていない。


「失踪した人は誰も見つかっていないのか?」


「ああ、見つかってない」


「何人くらい消えたんだ?」


「お、敦にしては食いつくじゃねぇか」


「この町で起こってるんだろ? そのうち俺が失踪する可能性だってある。巻き込まれたくないだけさ」


「それもそうか、人数は分からんが、四方木中学校の女子生徒が消えたって話だ」


「それだけ?」


「隣の高校の生徒も一人消えてる。あと、どこのかは知らんが、ばーさんも一人消えてるな」


 三人も消えているなら、ニュースになっていてもおかしくない。スマホを取り出し、ネットニュースを確認するが、それらしい記事は無い。


「ネットニュース見たけどそんな事件は無いぞ」


「ニュースより噂の方が回るのが早いんじゃね?」


「そんなもんか」


「まぁ、失踪しないように気を付けないとな!」


「ていうか、こんな気の滅入るような話じゃなくて、楽しい話をしてくれよ」


「敦、お前もなんか話題を出せよ」


「昨日読んだ小説の話で良ければ」


「別の話で頼む」


 こんな感じで楽しく? お昼休みは続く。


 今日も授業は終わり、放課後になる。放課後の過ごし方は、図書室に行き、本を読むか、書店に本を買いに行くかの二択。最近はミステリー小説にハマっていて、図書室にはあまり」ミステリー小説は置いていないので、書店に行くことが多かった。


「俺、部活行くから! また明日な」


「おう、また明日」


 今日は書店に行こう。そう決めて、教室を出る。


「敦~」


 この学校で俺を敦と呼ぶのは、さっき挨拶をした中田武志と幼馴染の岩井夏美だけだ。話しかけてきたのは後者、茶髪ショートボブでスカートを上げており、ギャルっぽい雰囲気がある。


「夏美か久しぶり」


「久しぶり~」


「どうしたの?」


「最近全然話してくれないし!見かけたから声かけたんだよ」


 夏美とは特に話す話題も共通の趣味も無かったので、こちらから話しかけることはあまりなかった。


「夏美はバイトもしているし、忙しそうだったからね」


「バイト先に遊びに来てくれてもいいじゃん」


「いやいや、それは迷惑だよ。それにお金も無いしね」


 夏美のバイト先は、ハンバーガーショップで、しっかり食べようとすると千円近くする。年中金欠の俺にはあまり縁が無かった。


「どうせ、本ばっかり買ってるんでしょ?」


「まぁな」


「今日も本屋行くんでしょ? 私も欲しい本があるからついて行っていい?」


「別に構わないけど」


「じゃあさっさと行きましょ!」


 さっさと夏美は行ってしまった。靴箱で靴を履き替え、校門まで出ると、夏美が待っていた。


「遅い」


「はいはいすんません」


 夏美に文句を言われるのもいつものことなので流す。


「で、本って何買うの?」


「秘密だよ~」


「そうか」


「え、それだけ? 詳しく突っ込んで来いよ」


「あとで教えてくれるんだろ?」


「まぁねぇ~」


 武志のおかげでボッチにはなっていないものの、武志と夏美以外と話すことがあまりないため、対人経験値が低い。自分から話を広げるのが苦手であった。


「ねぇ敦、なんか面白い話はないの?」


「俺より、面白い話とかには詳しいだろ。夏美が話してくれよ」


「たまには敦が話してくれてもいいじゃん!」


「じゃあ昨日読んだ小説の……」


「却下」


 ダメらしい。小説の話ができる友達が欲しいものである。


「じゃあ、聞いた話だけど、この町で失踪者が数人出てるんだって。物騒だよな」


「うん」


 あれ? 食いついてこない。まぁ、うわさ話とかに詳しい、夏美なら耳にタコが出来るほど、聞いているのだろう。


「まぁ、夏美なら知ってるか」


「これだけ噂になってればね。でも、敦がこんなうわさ話知ってるのは意外だったなー。敦っていつも一人でいるから」


「俺はボッチですよっと」


「ごめんごめん、意地悪言ったつもりじゃないよ。まぁ、もっと別の話をしようよ」


 それもそうだ、こんな暗い話はするものじゃないな。うーん、でも人と楽しく話せる話題なんて、小説の話しかない。


「あーそういや、今日起きたらなぜか泣いてたんだよね」


「えっ、病んでる? 慰めてあげようか?」


「待て待て。俺は病んでない。変な夢を見ることだってあるだろ」


「夢は精神状態を表すって言うし、ストレス溜めてない?」


 考えても、ストレス要因になるようなことはない。割と好きなことをして生きているので、ストレスらしいストレスは無い。強いて言うなら小遣いが少ないくらいだろうか。まぁ一人暮らしをさせてもらっている分際で贅沢なことは言えない。バイトでもすればいいのだ。


「思い当たることはないかな」


「ならいいんだけど……」


「心配してくれるのか?」


「当たり前でしょ。幼馴染なんだから」


「ありがとう。まぁ、気を付けるよ」


 そんな話をしていると、書店が見えてくる。町の書店じゃなく、ビルに入っている大きな書店だ。複数階本のフロアがある。


「俺は、ミステリー小説のコーナーに行くから、また後で」


「私もそっちに行く!」


 お? 夏美もミステリー小説を読むのか。てっきり漫画か、ファッション雑誌でも買うのかと思っていた。


「夏美が小説……?」


「バカにされてる?」


「いやいや、意外だなと思っただけだよ」


「あとで私にも付き合ってね」


 ファッション雑誌とかほんとに興味ないんだけど……


「最近はミステリー小説読んでるんだね」


 夏美はふむふむとミステリー小説を眺めている。ギャルと小説コーナーはミスマッチだなぁ、なんて思うがもちろん口には出さない。口に出したら夏美はキレる。それだけは分かるのだ。


「最近ハマってるんだよ」


「買う本は決まってるの?」


「決まってるよ」


 そう言い一冊の本を手に取る。


「じゃあ、私もこの本にする」


「え、読めるの?」


「おいコラバカにしてんだろ」


「あっ、スミマセン」


 つい思ったことを口に出して、夏美を怒らせてしまった。友達付き合い上手いやつは、思ってても声に出さないんだろうなぁ。


「たまにはこういう本もいいかなって。読み終わったら感想会しようね!」


「そうだね、楽しみにしとくよ」


「さ、次はファッションコーナー行くよ」


 予想通りファッション雑誌だった。女性向けの雑誌の表紙は全部同じに見えた。違いが分からない。女性向けを見ても仕方がないので、今度は男性向け雑誌の棚に移動する。男の方も同じに見える。


「この服とか敦に似合うと思うよ」


 女性向け雑誌を見ていたはずの、夏美がいつの間にか後ろにいる。

「まぁ、そのうち……な」


 そのあとも幼馴染のギャルは一時間ほど雑誌を読んでいた。


「そろそろ行こうか」


 読み終わったのか、声をかけてくる。


「うい」


 会計を済ませ、店を出る。外は日が暮れかけていた。


「どっか寄ってく?」


「いや、今日は疲れたから帰るよ」


「そう、気を付けて帰りなよ。また明日」


「夏美もね。また明日」


 夏美と別れ、帰路につく。なんとなくスマホでネットニュースを見る。すると、四方木町で失踪者続出と見出しの付いた記事が目に入る。


 あのうわさ話、本当だったんだな。そう思いながらその記事をクリックする。失踪者は最低でも六人に上ると記事に書いてある。結構な大ごとになっている。他人事ではあるが、自分の住んでいる町の話なので、周囲に気を付けながら、家に帰る。


 帰宅し、風呂と晩御飯を済ませるが、事件の記事が頭から離れない。自分の住んでいる町の話ということもあるが、最近ハマっているミステリー小説みたいな話なので気になって仕方ない。主人公のように謎を解き明かしてみたい気持ちになる。


 被害者は最低でも六人、ここ二週間で消えたならペースがかなり速い。そもそも分かっていない被害者もいればそれ以上になる。二日で一人ペースで人が消えているのだ。何かしら大きな陰謀や、組織が絡んでいてもおかしくはない。


 しかし、好奇心をグッとこらえて俺は今日買ったミステリー小説を開く。素人が手を出しても碌なことにならない。危ないことは警察に任せよう。


 そして俺は、小説の中に意識を向けるのだった。

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