第10話

「せ、つ、め、い、して!」

 その後すぐさま、おれは柚子に屋上に呼び出された。

 十一月になり、寒いだけの屋上に人はおれたちだけしかいない。

「説明して!」

 ゴゴゴゴゴゴっ。

「ひぃっ!」

 柚子の背後から邪悪なオーラが。

「お、おれ……ちょっと先公呼び出されてて」

「逃げるなーっ!」

「ひぃいいいいっ!」

 だめだ。いま、ほんとのこと言ったら、間違いなく殺される。

 どうして、今まで知ってたのに、言わなかったの! どうして言ってくれなかったの! そう言われてぐさりとヤられるに違いない。 

 じりじりと寄ってくる柚子。おれは、フェンスにむかって足を退けるも、

「ひっ」

「追い詰めた」

 フェンスに背中が当った。おれは、床にへたりこんだ。

 もう、逃げられん。

「さあ、白状して」

「む、無理」

「なーんで」

「だって絶対怒るし」

「へえ、怒るようなことなんだ」

 ひぃいい。

「怒んないから言ってよ」

 本当か。

「内容次第では」

 いや、こえーよ。

「早くっ!」

 もう、これまでか。

「……じ、じつは──」

 おれは、洗いざらいすてべてをぶちまけた。一週間前、川島の浮気を発見したこと。相手の女はやっぱり黒髪ロングの三年女子だったこと。そして、昨日、また池袋で浮気現場を見かけて、直接問い詰めたこと。そして、そのままケータイをぶんどられてぶち壊されたこと。


 で、結局話したら話したらで、こうなった。

「うえええええええん。うおおおおおおん。わたしってほんとに不倫されてたんだ!」

 うわー、こうなるから言いたくなかった。

「なんで、そんなこと言っちゃうの! 普通、言わないよね! 聞きたくなかったぁ! 英二のバカバカぁ!」

「おまえが言えっつったんだろうが!」

 もうめちゃくちゃだ。

「そんなに直接的に言わなくていいじゃん! もうちょっと包んで言おうよ!」

「じゃあなんだ? 川島は浮気なんかしてないけど、女といて、浮気なんかしてないけど、手、つないでたって言えばいいのか!」

「うえええええん、手つないでたとか、言わないでーっ!」

 あー、もう、知らん。

「うわああああ。もう学校行きたくない行きたくない! 不登校不登校! わたし、ばれたら、みんなに笑われるんだ! あいつ、不倫されたらしいよって」

「とりあえずその不倫ってのは、やめようぜ! 浮気な、浮気!」

 自分で生々しくしてどうすんだよ。

「浮気された可哀そうな女とか言わないでよぉおお」

「言ってねーよ!」


 柚子が泣き止むころには、もう昼休みが終わろうとしていた。授業が始まるまであと五分。そろそろ戻らないと、遅刻する。

「いい加減、泣き止めって」

「だってだってぇ」

 地面にへたりこんだままの柚子。

 鼻水と涙で顔は大洪水。

「はぁ……。おまえ、その状態で授業参加したら、参加すんのか?」

「だってだってぇ」

 幼児か。

「はあ……ほら、これで拭け」

 おれは、ポケットからハンカチを出して、柚子に差し出した。

「だってだってぇ」

 受け取らないので、おれはしゃがんで柚子の顔を片手でおさえた。

「しゃーねーなぁ」

 そのまま柚子の顔面をごしごしと拭く。

「メイク崩れるぅ」

 ぐにぐにぐにぐに。

「鼻水だらだら、涙だらだらよりはましだろ」

「ん」

 そういうと、柚子はおれにされるがままに、脱力した。

「英二、ちょっと乱暴ぉ」

「ほら、鼻水すすれ」

 ずるるっと、勢いよく柚子はぐちゃぐちゃの鼻をすすった。

「英二のハンカチ、くさい」

「うっせ」

「えへへっ」

 柚子はようやく笑った。

「英二、モテるでしょ」

「あいにく、これっぽっち」

 とりあえず、落ち着いたか。とんだ手間のかかる赤ん坊だ。

「よし、教室戻るぞー」

 柚子の腕をつかんで、立たせる。

 しかし、柚子はなぜかその場から動かなかった。

「ん? 次、前川だぜ? 遅れると、うるさいぞ」

「ん」

「じゃあ、早く」

「てかさ」

「ん?」

「英二さ」

「ん?」

「体育祭の日から浮気のこと知ってたんだよね?」

「えっ」

 ぎくっ。

「あれから、もう三週間も経ってるよね?」

 ぎくぎくっ。

「いくらでも、言ってくれる機会あったよね?」

 ぎくぎくぎくっ。

「あれれー? おかしいなー」

「ま、まあ、おれはお前のことを思って……ほら、言っちゃうと、わりとぐさりと来るかなぁって」

「わたしのことを思ってくれるなら、もっと早く言ってくれたほうが良かったよね」

 いや、そうなんだけどね。そうなんですけどね。

「ま、まあ……とにかく、授業に……」

「待って!」

 ひぃいいいい。

「あーもうほんとむかついてきた! むきーっ!」

 ひぃいいいい。

「大体なんなの! わたしよりそっちの女がいいってなら、はやく振ればいいじゃん!」

 あ、川島ね。おれじゃないのね。

「よし、決めた! 良いこと、思いついちゃった」

「え」

 柚子は、じっとおれの目を見据えた。

「英二に拒否権ないから」

「は……?」

「────英二、わたしと、不倫して」

 いつしか聞いた台詞。

「こうなったら、やり返し! やり返ししてあげるんだから! 英二、協力してよね!」

 こいつ、一体おれになにをやらせる気だ。

「おーい、まさかとは思うが、おれとおまえがいちゃつくふりしながら、川島に突撃するとかじゃねぇよな。修羅場になるぜ」

 地獄絵図になるだろう。当然、川島の怒りの矛先はおれに。

 それは、ごめんだ。

「いやいや、そんな生半可なことしないよ?」

 え、これ以上、やべー復讐の仕方って。

「作戦は簡単。はじめに私が話しをもちかけたのとおんなじこと。わたしと英二がいちゃついているっていう噂を流れるようにして、拓人先輩の気をもう一回引いて、それで────」

 あ、分かった。こいつ、やっぱ性格わりーわ。

「思いっきり振ってやるの! だーれが、あんたみたいな浮気男なんかと付き合いますかってね!」

 強烈だ。それはさぞかし痛快だろう。

「で、英二には絶対協力してもらうから」

「……ええ」

「強制です。だって、英二くん、知ってたのに言ってくれなかったもんね」

「うっ……」

 それを言われると、弱い。

「分かった?」

「てことは、おれはおまえと……いちゃいちゃさせられるのか」

「いいじゃん。引く手あまたの柚子ちゃんだよ?」

 だから嫌なんだよ。

「わかった?」

「……はい」

 不安だ。演技とはいえ、柚子といちゃこら。当然、紳士諸君は憤るだろう。首がいくつあっても足りない気がするぜ。

「でも、ありがとね」

「え?」

「わたしのために、拓人先輩、あ、川島に喧嘩ふっかけてくれたんでしょ」

「まあ」

 てか、もう川島呼びなんだ。切り替え早っ。

「じゃあその傷、殴られたの? だとしたら、ごめんね。わたしのせいでもあるから」

「いや、まあ」

 殴ろうとしたら、足引っかけられて転びましたなんて恥ずかしくて言えない。

「あれ、違うの? まさかとは思うけど、パンチしようとしたら、足引っかけられてすっころんだとか?」

「……!」

 こいつ、なんて勘のいいやつなんだ。

「え、そなの?」

「そ、そんなわけ……ある」

「えええええ? 適当に言ったのに。だ、ださ────ご、ごめんね。ひどい目にあったみたいで」

「おまえ、いま絶対ダサいって言いかけただろ!」

「そ、そんなことないないよ? でも、ありがと」

 そう言って、柚子は涙ながらにニヘラと笑った。



**********

後がk、

ここまでつきあってくださり、ありがとうございます。いよいよ物語も大詰めに。

少しでも面白いなと思っていただいたのであれば、☆評価をいただけると幸いです。

公募用に書いている作品ですが、まだまだ文が甘いところが多数あったかと思います。よろしければコメントでご指摘ください。

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