第5話

 校門に到着すると、そこには────。

「英二さん、昨日はよくも!」

「げっ」

 宮下がいた。こいつ、おれが来るまで待ってやがったのか。知らんぷりして通り過ぎようとしたが、いやいやいや無視しないでくださいよと、胸ぐらをつかまれる。

「どう考えても二股かけてるやつが悪い」

 昨日宮下は、つきあっていた女の子二人にどこかに引きづられていった。宮下の顔を見れば、猫がつけたような、ひっかき傷が両頬にある。

「英二さんのせいです! ふられちゃったじゃないっすか! せっかくぼくたち幸せだったのに。」

 こいつ、最低だ。

「へー、ふられたのか」

「遙ちゃんは可愛いかったし、水月ちゃんはやさしいかったし。知らなきゃ幸せってこともあるんです」

 知らなきゃ幸せってこともある、か。

「ふん、まあいいです。あれは他校の女の子ですし。おれにはストックがまだ五人いるんで」

 こいつ、いつか刺されるぞ。伊藤くんになっちゃうぞ。


 柚子は、すでに教室にいた。相変わらず女子に囲まれて今日も人気者。

 でも、あいつは学校内では猫を被っている。中学でおれと一緒にちょい悪グループにいたころとは打って変わってしまった。あの頃はよく一緒に校内の窓ガラスを割ったり、放送部をハイジャックしてカラオケを校内にたれ流したり、教頭の禿げ頭の写真を校舎中に張りまわったりと暴れてまわっていた。それがいまでは、学校では絶対校則を破らないし、性格もおだやか。おれや宮下のような下品な奴とはけっして付き合わない。それが今の北野柚子。

 おれもそんな猫を被った『わー、ありがとう』『○○だよぉ』なんて口調の柚子と話すと鳥肌が立ちかねないので、学校では決して話しかけない。

「……ん?」

 席に着こうとすると、柚子と目が合った。

 なにやら目配せしてきた。

 ふむふむ、ケータイを見ろと。メールボックスを開けると、柚子からメールがあった。

『放課後も張り込みするから。今度は拓人先輩の塾帰りね。夜十一時、タワマン前で。来なかったら、殺す』。

「……」

 へいへい。


 夜十時半。おれは今朝来た川島のタワマンの前にいた。

 ちょうどサスカのカラオケパーティーがあったので、その帰りに寄る形となった。

 電話越しに柚子の指示を仰ぐ。柚子はまた浮気相手の女の家の近くを見張っているらしい。川島の塾が終わるのが十時。帰ってくるとしたら、この時間帯らしい。

『来ないと思っていた。意外と協力的じゃん』

 おまえが来いってうるさいからだろ。こいつ、あのあとも同じ内容のメール、二十件もよこしてきやがった。将来、営業職とかむいてそう。しつこいし。

 夜中の張り込みは、完全に変態ストーカーのする所業だ。茂みに隠れるおれは、道行く通行人に不審な目を向けられる。制服さえ着ていなければすでにポリ公のごやっかいになっていただろう。制服って偉大だな。

「さみぃ」

『わたしもー』

「帰っていいー?」

『だめー』

 しばし、腕をさすりながら、寒さに耐える。学ランのボタンの隙間から入ってくる冷気がつらい。やっぱりこのまま返ろうかな。電話越しだし、絶対ばれないし。

「さっむ」

 張り込み開始から十分。

「あっ──」

『なになに? どうしたの?』

 おれは、マンションに入っていく人影を認めた。

「川島だ」

『だれかと一緒?』

「いんや、一人」

『なーんだ』

 まあ、そんな簡単には見つからんよな。

「じゃあ帰らせてもらうぜ」

『ん。しょーがないや。ありがと』


 翌日。

「英二ぃーっ!」

 ガンガンガン。なんだなんだ。泥棒? いや、こんな音立てたら泥棒失格か。

 となると。

 ハっと目を覚ましたおれは慌てて階段を駆け下り

「おいっ! 近所迷惑!」

 ドアを勢いよく開けた。そこには、

「英二が早く出てこないからじゃん」

 制服姿の柚子がおれを待ち構えていた。

「ったく」

「入るねー」

「はああ?」

 柚子はおれの制止を聞かず、そのまま靴を脱いでずかずかと家に上がり込んできた。

「わぁきったな!」

「おまえよそ様の家に入って第一声がそれかよ」

 まあ、確かに両親のいないおれん家は今、めちゃめちゃ汚い。とくにおれの生活領域が汚い。リビングと台所と玄関とおれの部屋。そこだけ見れば、ゴミ屋敷と言われても仕方ない。

「久しぶりかもー。英二ん家」

 玄関先には埃がつもり、出す予定で出さずじまいのごみ袋がつんであったりする。

 柚子はそのままリビングに遠慮無しに入り、

「埃っぽい!」

 窓を全開した。

「もう生活能力を疑っちゃうよ」

「うっせ」

 しゃあねぇじゃん。実質一人暮らしなんだし。男一人暮らしって意外と大変なんだよ。自分で食べ物用意しなきゃなんないし、洗濯も洗い物もしなきゃいけないし。となると、掃除なんてやりたくなくなる。

 柚子は今度は台所に行って、顔をしかめた。

「あんた、いっつもこんなのばっかり食べてんの? ま、しょうがないか」

 台所に積み上げられたのは、カップ麺の山。サッカーでへとへとに疲れたら、スーパーに弁当買いに行くのも億劫になるんだよな。

「これ、持ってきたから」

「ん?」

「英二ん家行くって言ったら、お母さんが」

 そういって、柚子は、なにやら種々様々な料理が入ったたっぱを冷蔵庫に入れていった。柚子のお母さんの紗江さんはおれの両親が海外に行っていることを知っている。中学のときからたまにこうやって手料理をわけてもらっている。

「ここは、しょーがないからわたしが手料理ふるまってあげるよっていうと思ったんですけど」

「はあ? だれが彼氏でもなんでもない男に手料理なんてふるまいますか。持ってきただけ感謝しなよ」

「で、その彼氏でもない家に侵入してよろしいんで」

「べっつにいいじゃん、英二だしー」

 なんだよ。英二だしーって。おれだって、やっちゃうときはやっちゃう男なんだぜ。今まで彼女だって、もう数え切れないほど。いや、いなかったから数えられないんだけどさ。

「つべこべ言わないで早く支度してきて。ここ片づけとくし」

「へいへい」

「着替えてくるけど、覗くなよ」

「だ、だれが覗くの! あんたの着替えなんか」

 あれ、意外と動揺した。

 おれは二階に戻って制服に。うちの制服はいまだに学ランだ。おれは圧倒的に学ラン派。家から近い高校に行かなかったのも、そこがブレザーだったからだ。カバンをしょって一階に降りる。

「はい、あっためておいたから」

 食卓には、柚子が持ってきてくれた紗江さんの手料理が皿に盛りつけられていた。

「食べちゃってー」

「え、あ、サンキュ」

 どうも居心地が悪いけど、久しぶりに化学調味料なしの手作り料理を頬張る。優しい味だった。おれが食べている間も柚子はいそいそと台所周りの片づけをしてくれていた。

「もうこんなの捨てなよー」

 そうぶちぶち文句を言いながらも、ごみを集めてシンクまでキレイにしてくれた。なんだかんだこいつ、優しいんだよな。

「食べ終わったら行くよー。時間ないし。食器は水につけといてかえってきてから荒いなよ」

 おれが箸をおいたのをみると、柚子はゴミ袋をまとめて玄関までもっていった。

「いやいや、あれ、忘れてませんかね?」

「え……? あー、お尻?」

 そういって、柚子は後ろを向いたままおれに尻を突き出し、

「はい一、二、一、二。はい、終わり―」

 え。全然、うれしくねー。

 きわめて、棒読み。

 おれは昨日みたいに、顔真っ赤にしてくれてたほうが、うれしかったんですけど!  

 そっちのほうがぐっとくるんですけど! でも、そんな変態的なリクエストはさすがに言えず、おれは柚子に続いて家をあとにした。


 昨日同様、川島のマンションへ。 柚子は浮気相手の女の家に行った。

 ふわぁとあくびしながら、例のマンション前の茂みに陣取る。

「ねみぃ」

 今日は、朝飯を用意してもらった手前、さすがに協力することにしたけど、毎日こんな朝っぱらに起こされると思ったらたまったもんじゃない。

 あくびをしていると、柚子から電話がかかってきた。

「もしもし?」

『英二、ちゃんと見ててよ? 見逃したら承知しないんだから』

「本当なんだろうな。佐藤の話は」

 おれは、まだ正直、その佐藤の話を疑っている。単なる見間違いではないだろうか。

『間違いないよ。だって、紫苑ちゃんは目いいの。まだ一・五もあるんだよ』

 へえ、一・五。

「どうだか」

『来週までには、はっきりさせたいんだよね』

「来週?」

『ほら、来週体育祭じゃん。なにかあるかもしれないし』

 体育祭か。カップルならハチマキ交換とかなにかしらのイベントがあるのだろう。

 しばし、そのまま川島のタワマンを監視する。

「あーひま」

『どうせ寝てたらいっつも遅刻してるじゃん』

 それはそうだけど。

『あっ──』

「ん?」

『出てきた。不倫クソあばずれ女』

 名前がパワーアップしているぞ。

「川島はー?」

『いない』

 今日もからぶりか。


 三日目。

「起きなさーいっ!」

 ん? なんだ?

 泥棒? だって、この家にはおれしかいないはず? あれ?

 ハっと目が覚めると、目の前に──柚子がいた。

「お、おまえ。どうやって入ったんだよ!」

 こいつ、勝手に侵入してきやがった。

「え、これ」

 そういって、取り出したのは、うちの家の合い鍵。

「英二の家の合いかぎの隠し場所。思い出したんだー」

「おまえな……」

 おれん家の合いかぎは、庭の花壇の下に隠してある。中学のとき、一度遊びに来た柚子の前でその鍵使ったことがあったのかもしれない。にしても、記憶良すぎだろ。

「降りてきてー。ご飯できてるからー」

 あれ、そういや、なんか良い匂いがする。


 制服に着替えてリビングに降りると、昨日みたいに、食卓にはあっためられた紗江さんの手料理が皿に盛られていた。

「ずいぶん、きれいになったな」

「えへへっ。そうでしょ」 

 あらためて見れば、ごみが散乱していたリビング、台所がすんごく片付いていた。

「朝早くからやってあげてたの」

「……ま、まあサンキュ」

 不法侵入されたけど。

「鍵は返しておいてあげる」

「当たり前だ」

 今度は違うとこに隠しておこ。


 そのあと全く気持ちのこもっていない尻振りをされたあと、おれは例のごとく川島のタワマンのある駅まで連行された。柚子も浮気相手の女へ。

 で、また茂みに隠れて二十分ほど張り込み。

 しかし、今日もからぶりだった。

「今日も一人か」

 川島は今日も一人だった。

 柚子に連絡して、その場を離れる。

 この日は結局、放課後も川島の浮気を発見することはできなかった。


 それから何日も、朝と放課後に川島のタワマンを張りこむ謎の習慣ができた。

 茂みに隠れてひたすら川島の出入りを見張る。

 放課後は川島が塾に行く日に限り、深夜に張り込むことになる。

 毎日約一時間柚子につきあった。いつまでこんなこと続ける気だろうか。

 そんなこんなで結局川島の浮気現場を発見できないまま一週間がたち、北高で毎年雑に消費される体育祭というイベントがやってきた。北高は文化祭には力を入れているものの、体育祭至極適当だ。だれ一人種目のための練習などしないし、応援歌もなければ応援団もいない。

 それでも、当日になれば、相当な盛り上がりを見せていた。全校生徒が校庭に集合し、各組ごとにテントが立てられる。赤組の団長はわれらがサスカ会長の工藤先輩、青組団長は生徒会副会長兼テニス部長矢沢、緑組団長は野球部部長川島、黄色組団長はバスケ部部長室井が務める。

「えー毎年長すぎると苦情が来ますので今年こそは短くいきたいと思うんですけど──」

 校長の長ったらしい挨拶が終わり、

「ぼくたちー」

「わたしたちはー」

「正々堂々と戦おうことをー」

「誓いまーす」

 各団長の雑な選手宣誓が終わり、いよいよ競技が始まろうとしていた。

 クラスごとに与えられたテントに集まり、体育委員による競技の確認がある。

宮下におれに美和ちゃん、そして柚子が所属する二組は赤組だ。

体育委員の確認がおわると、坂せんが前に出てきた。

「どうしておれはいっつも赤組担任なんだ!」

 われらが担任、坂崎。通称、坂せん。坂せんは嘆いた。赤組は毎年必ず最下位になるというジンクスがあるのだ。どこの学校にも絶対こういうジンクスあるよな。

「おまえら今年こそは勝ってくれ!」

 坂せんの訴えに女子は冷たい。

「えー、そんなの知らないですよー。うちら、優勝とかどうでもいいし。まあ、男子がなんとかしてくれるっしょ」

「男子頑張ってー」

「ほら、西谷とか運動神経いいんでしょ」

「三上もー」

 このクラスでは、おれと悪友の三上の馬鹿二人組が一応運動神経が一番いいということになっている。

「わたし、西谷と三上のかっこいいとこみたいなー」

 男というものは阿保なもので女子から頑張ってといわれると頑張っちゃうのである。

「「ふん、頑張っちゃおうかな」」

 ふわっと髪をかきあげる三上と、こぶしをぽきぽき鳴らすおれ。なにを隠そうおれと三上は陸上部の連中をさしおいて五十メートル走およびシャトルランでクラストップだ。陸上部じゃないのに、足が速いってのがおれ的に芸術点が高い。

 最初の男子競技は九時スタート。

「「よおおおおし」」

 意気込むおれと三上。

「あ、ちょろいわ。こいつら」

 なんて声が聞こえたのは無視しておれたちは競技に向かった。おれはタイヤ取り。  

 三上は障害物競走だ。


 第一種目タイヤ取り。男子のみ参加登録可能な危険競技。毎年骨折者が絶えないというこの競技、校長が頑張っている生徒を見たいという理由だけで毎年のこりつづけているらしい。ルールは簡単。正方形のトラックの頂点に四つの組のそれぞれの自陣があり、スタート同時に対角に回り込んで正方形中央にあるタイヤを奪い合って、自陣に持ち帰る。終了時点で自陣のタイヤの数が多かった組の勝利だ。

「え、宮下? それに工藤さんも」

 なんと、タイヤ取りの赤組陣営にサスカの面々が二人いた。

「おう、おまえらか」

「え、工藤先輩と英二さんじゃないすか」

 偶然、工藤先輩と宮下も出場していた。宮下も赤組か。

「わははっ。おまえらなら勝ちも同然だな」

 一年からは宮下とひょろ眼鏡が二人、二年からはおれとバスケ部が二人。そして、三年からはなんと、サスカの工藤先輩と水泳部が二人出場している。身体が屈強であればあるほど、この競技は有利だ。なんせ殴る蹴る以外はなんでもしていいことになっている。工藤先輩と水泳部。これは、もらったな。

 見渡せば、どの組にも各団長が出場している。男子の花形競技の一つだからな。もちろん警戒すべきは、圧倒的運動神経を誇る団長のやつらだ。

「きゃー」

「拓斗先輩頑張ってー」

 甲高い声援。

 見れば、緑組団長の川島に熱烈な女子の応援が。まばゆい歓声に川島は白い歯を見せて笑いながら、手を振っている。

「きゃー」

「矢沢先輩こっち見て―」

 おかしい。今度は青組団長矢沢への声援。

「きゃー」

「室井先輩ファイトー!」

 さらにさらに黄色組団長室井への声援。

 なにかがおかしい。

「工藤先輩、大変です!」

 宮下が悲鳴をあげた。

「どうした! 清田! なにがあった。緊張で腹痛か。安心しろ。おれと英二がなんとかしてやる」

「違います! うちの組への応援がありません」

「なーにを言っとるんだ? 応援ならあるじゃないか」

 工藤先輩が指さした先には、赤組所属のむさくるしいサスカの男の面々が赤いハチマキを巻いて、学ランを前開きに着て、三三七拍子をやっていた。

「すいません、あれは応援ではありません!」

「宮下に同感です。あんなものは応援ではありません!」

「……おまえらひどいな」

 第一競技に出る男子が出はらったうちのクラスのテントをふと見れば、女子はみなケータイをいじっていた。

「おい、おまえら応援しろや!」

 おれもあんな黄色い声援が欲しい。

「はいはーい、頑張ってー」

「西谷かっこいいー」

「西谷ふぁいとー」

 男というものは阿保なもので女子からかっこいいといわれると頑張っちゃうのである。

「ふん、頑張っちゃおうかな」

 おれは拳をピキピキ鳴らした。

「こいつ、馬鹿だな」

「ええ、馬鹿です」

 工藤先輩と宮下がそう言ったが、おれは聞かなかったことにした。


 そんなこんなで間もなくスタートを迎えた。スタートを直前に一気に身体の血が騒ぎ始める。やっぱこれだ。おれみたいなアホはこういう勝負が一番燃えるらしい。

 ちらりと、うちのクラスのほうを振り返れば、相変わらず女子たちはケータイを触っていたが、

「……ん?」

 一人、目が合った。美和ちゃんだ。美和ちゃんが、優しくにっこりと微笑んで、小さく手を振ってくれている。うわー、嬉しいな。と、思えば、さらにもう一人、目あった。

「え」

 あの暴君柚子も、おれに小さく手を振っていたのだ。

「あいつ、意外と可愛いとこあるじぇねえか」

 てか、川島の応援しとけよ。まずいだろ。いろいろ。

 そして、いよいよ競技が始まる。

「位置について、よーいドン!」

 スタートの合図の銃がぶっ放され、男たちが一斉にかけだした。

「「「うおおおおおおお」」」

 赤組のなかで圧倒的スピードを誇っていたのは、水泳部、バスケ部、ではなくサスカの三人。工藤先輩はぶっちぎり。

「どけよ! 宮下!」

「英二さんこそ、内側譲ってくださいよ!」

 毎度のごとく宮下と喧嘩をしながらも、工藤先輩の背中を追いかける。

「「「うおおおおおおお」」」」

 対角に達し、中央へのタイヤへと切り返す。見れば、一年のひょろ眼鏡二人組はまだ一つ角を曲がったところだった。

 ここからが死闘だ。基本的に殴る蹴る以外のことは、なんでもしていい。

 サスカの面々が一番乗りで中央に達したものの、すぐさま各組の団長も飛び込んできた。

「おっしゃあ、二つゲットだぜ!」

 宮下が、素早く二つのタイヤを回収。

「うんじゃ、おさきに」

 そのまま足早に自陣に帰っていった。

「うおおおおお」

 工藤先輩はタイヤを両腕に二つずつ抱えて、さらに首に一つかけて、計三つ。三つのフラフープのように、ぶん回して襲いくるう敵をなぎ払いながら、自陣へ猪突猛進。審判の女の子が笛を吹くか迷っている。殴っているといえば殴っているのだけれども、見方によっては工藤先輩がぶん回していたタイヤに、敵が突っ込んできているという構図だからだ。

「がっはっは」

 結局工藤先輩は、そのまま敵を蹴散らしながら自陣へと帰っていった。

 よし、おれも。手前にあったタイヤは宮下と工藤先輩が持って行ったので、敵があさっているエリアのタイヤを取りに行く必要がある。

「あれだ!」

 おれはまだ敵がだれも来ていない三つのタイヤに狙いをさだめた。

「っしゃああ!」

 とりあえず両腕に二つ獲得。

「────っ!」

 さらに利き腕で一つかつごうとしたその瞬間、後ろからタイヤを思いっきりつかまれた。

「よう、サスカのカス野郎」

「あ、あれぇ? 部長さんじゃないっすか」

 振り返ればなんと、そこにいたのは、川島だった。

「キャップ野球のときはよくもやってくれたな」

 川島が思いっきり引っ張ってくる。綱引きの要領で体重を使ってきやがる。

「渡すかよっ!」

 抵抗するおれはありったけの力をこめた。こういうすかしたやつをぶっ潰すのが一番楽しいのだ。本気で引っ張る。しかし、川島には女子の声援という最強のアドバンテージがあった。

「きゃー、川島先輩頑張ってーっ!」

「譲りなさいよーっ!」

 くそっ。うちのクラスも応援しろよ。

「あんたに聞きたいことがある」

「ああ?」

 せっかくの機会だ。おれは例の件を尋ねようとした。あんた、浮気してんのかってね。

「ため口きいてんじゃねぇよ」

 むろん正直には答えないだろうが、もし柚子の話が本当ならなんらかの反応は見せるはずだ。しかし、川島はおれに口をきかせる間もなく、さらに引っ張ってきた。

「……っ!」

 やばい。

 腕の皮がむけてきやがった。あっちい。

「集中しろよ。それとももらっていいのか」

「ああ? やんねーよ!」

 まあ、いい。今はこの男に勝ちたい。おれはこのタイヤ取りに参加するにあたり、また一つせこい作戦を思いついていた。

「「うおおおおおお」」

 どちらも常引きの要領で全体重を使ってタイヤを引き寄せる。

 互いの力が頂点に達したところで、おれは

「へへっ」

 タイヤからぱっ、と手を離した。

「……っ!」

 ありったけの力で引いていた川島が────ぽーんと後ろにすっころんだ。どすんと、尻餅をついた川島。大きく砂埃が舞う。

「ぎゃはははっ」

 そら、思いっきり引いたらそうなるわな。

「お、お前っ!」

 力の抜けた川島からタイヤを奪い取った。

「うんじゃ、もらっていきますねー」

 勝利。完全勝利。ガハハ。それなのに、

「ひきょー」

「さいてー」

「○ねー」

 観客席からはブーイングの嵐だった。


 タイヤ取りは見事赤組の優勝に終わった。

「ナイスだ! ナイス! 先生感動したぞ!」

 坂せんは、おれとバスケ部二人組をほめたぎった。ほかの男子が出ていた競技も調子が良かったらしく、今うちのクラスは波に乗っている。三上の出た障害物競走は三上の活躍で二位。そのほか百メートル走でも陸上部の活躍で二位を獲得していた。次は女子の出る九時半スタートの第二競技だ。

「西谷さいてー」

「西谷君ひきょー」

 柚子の取り巻き女子がおれを責めてたてるのを無視して、おれは、椅子に腰を下ろし、水をがぶ飲みした。次は女子の競技だ。

 時間になれば、文句を言っていた女子たちがテントから出ていった。

 トラックで行われる女子の種目は借物競争。ド定番の競技だ。運要素が絡むので、運動が得意でないやつでも出やすい競技だ。

「美和ちゃん? あれ、柚子も」

 第一走者に柚子と美和ちゃんが出ていた。運動が苦手と言っていた美和ちゃんはまだしも、女バスケ部副部長の柚子が借り物って。宝の持ち腐れ感が否めない。

「位置についてー。よーい、ドン!」

 一斉にスタートする女子五人。柚子がぶっちぎりで飛び出した。コースの中腹では、借り物の指示が書かれたくじがおいてある。おれは、レースをとりとめなくぼーっと見ていた。

「……?」

 くじを引いた柚子がなぜか紙をもったまま、立ち止まっていた。早く指定のものを探しに行けばいいのに。そんなに迷うもんか?

「ん?」

 柚子は、急に思い立ったかのように緑色のテントに行った。それも三年のテント。ハンカチやら水筒やらそういうものならうちのクラスのやつに借りればいい。となると。

「あーそゆこと」

 おれの予想は当たっていた。会場からとてつもない歓声があがる。

「きゃーっ!」

 柚子が、彼氏の川島を連れてきたのだ。校内で一番有名なカップルのおでましだ。おそらく指示書には、『好きな人』とでもあったのだろう。

「すんげー歓声」

 あいつ、浮気やら不倫やら疑っていたくせに。

 まあ、心の奥底では、川島を信じていたのだろう。でないと、あんな屈託ない笑顔を見せるわけがない。川島も川島でまんざらじゃない、はにかんだ笑顔でゴールに向かって柚子を引っ張っていく。そして、手をつないだ二人は、ラブラブを全校に見せつけてゴールインした。順位は三位だったものの、ゴールしたときの歓声は一位のときのそれより大きかった。三年の頭を張っている川島と二年で一番の美女と呼ばれる柚子。まさに理想のカップルを見せつけられたわけだ。

 そのあともおれは競技にいくつか出場し、午後になった。体育大会も後半だ。

 赤組は現在二位。ジンクスに反したかつてない大躍進だ。

「先生、幸せだなー。まさかこっから最下位になることはないよな」

 坂せんは感動で泣いていた。


 午後にも小さな競技が続き、最後は三年のリレーだ。

「工藤先輩やっちゃえーっ!」

「工藤先輩ファイト―っ!」

 うちのクラスの女子は大概的チームの川島を応援していたが、男子たちは頑固に工藤先輩を応援した。各団長たちがアンカーだ。

 第一走者が位置について、スタート。なんと、赤組が一位に躍り出た。赤組の一位は第二走者、第三走者と続く。

『おおっと! 緑組が前に躍り出た。赤組も負けじと追いかける!』

 実況の言う通り、工藤先輩にバトンが渡る一つ前で、一位を奪われた。川島、工藤の順番でバトンが渡る。差はわずか。会場のボルテージはマックスだ。おもに川島の応援だけど。

「うおおおおおおお」

 工藤先輩が雄たけびをあげながら、川島を追従する。

 しかし、川島もやはり抜群の運動神経だった。

「きゃーっ!」

 黄色い歓声パワーをつけた、川島は、そのまま、工藤先輩を振り切り、ゴールインした。

「くっそー!」

「惜しかったー!」

 男子たちは嘆いているが、女子たちは柚子を中心にはしゃいでいる。おまえら、何組だよ。

そんなこんなで無事体育祭は終わった。赤組は四位でなく、二位だった。緑組にあと一歩およばなかったが、今年はジンクスから解放されたみたいだ。

「先生はうれしい。先生はうれしいぞ」

 坂せんは泣いていた。

「せんせー。わたしたち頑張ったんで課題減らしてください。数学の課題多すぎます」

「え、それは別の話」

 そして、すぐに泣き止んだ。


 放課後、テントの片づけが終わり、クラスで打ち上げに行くことになった。打ち上げとはいっても、高校生たるものお金はあまりないので、ゼリアだ。放任主義のおれの両親はある程度小遣いをくれるが、そうではない家も多い。

「なんだこのメンツは。西谷、おまえ女子と変われよ」

「それはこっちのセリフな」

 おれが座った六人席。そこには、男しかいなかった。水泳部の加藤と、柔道部の吉田、それに弓道部の田中に、ラグビー部の鈴木、あげくに帰宅部部長の三上。

「見ろよ、ほかの卓。ここ以外、すべての卓に女子がいるぜ。じゃあ、どうしてこの卓に女子が来ないのか当ててやろうか?」

 おれは、得意げに阿呆どもにそのからくりを解説してやることにした。

「ずばり、おまえらがモテる部活に入ってないからだ!」

 こいつらのせいで、この卓には……。ほら、みてみろよ。男バスの卓。女子のほうが多いじゃねえか。

「……?」

おれを除く五人はいきなり立ち上がったかと思うと、おれに指をさした。

「「「「「おめーもだよ!」」」」」


 その後、結局うちの卓には女子が来ることはなく、じゃん負けでドリンクを取りに行く運びになり、

「じゃんけんほい」

 こういうとき毎回負けるおれは例によって敗北し、

「はい、西谷の負けー!」

「ぎゃはははっ」

 六人分のドリンクを三回に分けて取りに行くはめになった。極端すぎだろ。もうちょい二人負けとかにしよーぜ。重い足取りでドリンクバーに行くと、今日の注目の的、柚子がいた。

「ふんふーん」

 景気のいいことで。鼻歌を歌ってやがる。

「よう」

「……なに?」

 普段、学校で話しかけることがないおれに、柚子は怪訝な顔を向ける。

「いいや、べつに」

 本当にとくに用もなかった。川島とタイヤ取りでやりあったときも、浮気について聞きだそうとしたが、結局できなかったしな。あえていうならば、もう川島を張り込む必要はないんじゃないかとは言いたかった。借物競争のとき、あんな笑顔で柚子に応じたやつがまさか浮気をしているとはおれも思えない。

「もういいや」

「ん?」

「今日で張り込みは終わり。だって見たでしょ! 拓斗先輩と私。うひひひひ」

「笑い方気色悪っ!」

「やっぱり拓斗先輩、そんなことするような人じゃないし。もうめっちゃいい人だし!」

 柚子も同じことを思っていたか。

「ごめんね、変なこと付き合わせちゃって」

「まったくだぜ」

「やっぱり英二だけだなぁ。なんか高校での私って、ほら、優等生で通っちゃってるじゃん。あんまりそういう話も人に相談できないっていうか。女子の友達は多いんだけどね。込み入った話はできないっていうか」

 女バス所属で成績も優秀。先公も気に入られていて、女子みんなから慕われている。

「素の自分をさらけだせてないから、ちゃんとした友達もできないし」

「まあ今お前が素のおまえをさらけだしたら、パニックになるだろうな」

 なんせ、いまでは学校の優等生であるこの北野柚子という女は、ちょい悪グループに属し、中学では通算六枚の窓ガラスを割り、通算十七回教頭のはげ頭の落書きを検挙され、通算五枚の反省文を書いた悪ガキだったのである。ただ成績とコミュ力だけは圧倒的だった。それが今の彼女を作った。なんでこいつが高校に入ってここまで変わったのか、おれはその訳を知らない。聞いてみたこともあるけど、いつもはぐらかされる。

「なーんかいまはちょっと幼稚なままの英二がうらやましい」

「だれが幼稚だ」

 素の自分をさらけ出せるのは、中学時代からの悪友であるおれだけというわけだ。

「とにかく! 今日で張り込みは終わり! カップルクラッシャー西谷の遭遇率をもってしても、出くわさないし、拓斗先輩はそもそもそんなことする人じゃないし。やっぱり紫苑ちゃんの見間違いだったんだよ」

 柚子はうーんと、背伸びをしてみせた。

 最初は浮気しようなんて言われて困惑したけど、結局浮気を演じるこことはなかった。これで、いつもどおりの関係に戻る。決して学校では交わらない関係。たーまには外でだらだら遊ぶくらいで、込み入った話はしない。元の関係だ。

 打ち上げの間、柚子はタイヤ取りで卑怯を働いたおれへの女子のブーイングをなだめつつも、女子みんなに川島との借り物競走についてきゃーきゃー聞かれて、まんざらでもない顔で借り物競走の顛末を話していた。柚子を中心に、周りの客に迷惑がかかるほど盛り上がっている。

 一方、野郎だけのうちの卓といえば。

「あああ! 西谷、ピザ一つ多く食ったろ!」

「ああ?」

「いやいや、見たよな? こいつ、さっき食ってたよな!」

 食い物の取り合いだった。


 *


 体育祭から一週間がたった。あれから、柚子は川島とこれまで以上にいい感じでなっているはず。そう、はずだった。

 教室で見る柚子は相変わらず、女子に囲まれて人気者。「拓人先輩とどうなの」ってのろけ話をせがまれているところを見かける。

 でも、おれは、とある違和感を感じていた。それは、体育祭以降も柚子と川島が一緒にいるところを見かけないということだ。


 ある日の夜。

「で、なんでおれ唐突に呼びだれるわけ?」

「あんただってよくわたし夜中に呼び出すじゃん」

 それは、反論できねーけどさ。

 夜八時。おれはなぜか、近所の小さなカラオケ店に呼び出された。

「なんか用?」

「べつに? ふつーにカラオケ誘っただけど」

「帰る」

「はあああ? ちょっと待ちなよ!」

「えー、ねみぃし」

「二時間だけ! 二時間だけだから!」

 おねだりモードの柚子。

「ったく……わかったわかった」

 そういうと柚子はいえーいっとガッツボーズして受付しに言った。

 いかがなもんですかね。彼氏持ちが彼氏ではない男と。

「三階の三○三だって」

 エレベーターに乗りこんで、指定の部屋に入る。ちょうど、部屋の前が度リングバーになっていてちょっとラッキー。

「あれから川島とは?」

 ドリンクバーでコーラを組みながら、おれはふとそう尋ねた。

「ふぇっ? た、拓人先輩?」

 え、なんだ反応。

「体育祭のとき、良い感じだったろ。最近はどうなのかなって」

「も、もう順風満帆にいいところ。毎日、ひっきりなしに連絡してるし」

「へえ」

 そりゃ、良かった良かった。

「で、ほんとは?」

「うん、全然連絡なしー」

 柚子はそういって、とたんにハっと口を覆った。

 おびえた目でおれを見てくる。

「……え、あれ? あれれれれ? わたし、今なんて言った?」

「全然連絡なしって」

「えー、ええっと! いまの嘘!」

「いやもう無理だろ」

 そういうと、柚子は毎度のごとく。

 うえええん、うおおおん。

「ひどいひどい。英二のバカーっ!」

 赤子のように泣きだした。

 なんとなくそんな気がしてたんだ。体育祭であんな良い感じだったはずなのに、学校でも全然いちゃついているところ、見なかったし。なにより。

「はあ。大体順風満帆ならおれなんか呼ばずに、川島呼んでるだろ」

「ぐさっ」

 とどめを刺された柚子は、泣き狂いながら

「だってぇ、だってだってぇ、英二暇じゃん!」

 とわけのわからない反論してくる。

「はああああ? おれだって忙しいです」

「どうせ家帰ってもなんもしてないでしょ!」

「え、ほら、宿題?」

「してないでしょ!」

「してないです」

 してないんかい。してないけど。

とにかくおれは柚子のストレス発散に付き合わされるために、呼ばれたわけだ。

「まあ、一曲歌ったらおれはそんで……」

「はあああ? 何言ってんの? 二時間だよ?」

 高校生が許されるのは夜十時まで。今からちょうど二時間だ。

「いや、明日だって学校あるし」

 そういうと、柚子はぴたりと涙を止めた。

「え、今日金曜だよ?」

 くそ……。ばれたか。

 おれがぶーぶー文句を言ってると、次第に柚子は、イライラをあらわにしてきた。

「あーもう、うるさい! と、に、か、く、今日は歌うの! 歌って歌って歌い散らかすの!」

 うわー、なんか知らないけど、めちゃめちゃストレス溜まってそう。

 ドリンクを持って部屋に入るなり、柚子は曲を入れてマイクを握った。

「それじゃあ、ミュージックスタート!」

 とたん、スピーカーから流れる大音量。

「うわっ、おまえ、音でかすぎ!」

「これくらいが気持ちいいの!」

 耳が。耳が壊れる。

 で、歌が始まれば始まればで

「ぎゃーっ!」

 気持ちよさそうに大声で歌出す柚子。

 それに反して、おれは悲鳴をあげた。

 テレビに映し出された採点は、最序盤からなんと赤だらけ。騒音。

 思い出した。

 こいつ、超絶音痴だったんだ。そのくせ、カラオケ好き。そういや、中学のときだれもこいつとカラオケ行きたがらなかったな。

「もうやめてくれー!」

 これじゃあ、マイクがかわいそうだ。


 で、結局。

 二時間後。

「うげー……」

 おれは、魂を奪われていた。完全に気力を失っていた。

「楽しかったね!」

 死ぬかと思った。

 おれは、二時間、こいつの不快な歌声を大音量で聞かされていたのだ。

 帰ろうとすれば、え、可愛い乙女を一人真夜中に置いてくのなんて言いやがる。たしかに柚子一人で夜道を帰すのは危険だからおれは残らざるを得なかったのだ。

「……ほぼおまえしか歌ってなかったじゃねーか」

「え、そだっけ? ま、いいじゃん、お金は私持ちだし」

 ケロンとする柚子。クソ、都合のいい脳みそだ。

 帰り道。大きめの公園を突っ切る。

 ぼんやりと照らす街灯には、無数の羽虫が群がっている。

「あ、ボール」

 この公園には、ハーフコートのバスケットコートがある。フェンスに囲まれたコートのなかに古びたボールが転がっていた。

「英二、バスケしよーよ」

「えーいや」

「なんでー?

「だっておまえ、バスケ部だろ。しかも副部長」

「あれれれー? 英二くん、負けるのが怖いのかなぁ?」

「んだと?」

「英二くん、運動神経よかったよねー? でも、勝てる勝負しかしないんだ」

「あああああ?」


 で、結局。

「いええええい、わたしの勝ちーっ!」

 さすがに、バスケを体育でしか触れたことがないおれは敗北。

「ジュース買ってきてねー」

 賭けていたジュースを交わされる羽目になった。

 勝者の柚子はベンチで優雅におれを待っていた。

「ほら」

「戦利品戦利品」

 微糖コーヒー。

「あれ、英二、わたしの好み覚えてくれてたんだ」

「うっせ」

 おれは自分の缶コーヒーをあけて、チビチビと飲みだした。

 柚子も自分のコーヒーを開けてずずずっとすすった。

 こいつは、昔からいっつも同じコーヒーを買うのだ。

「あったかいね」

 公園は人一人いなくてシンとしている。動いてしばらく経つと、汗のせいで寒くなってきた。

「もう冬だな」

「ん」

 柚子はコーヒーの缶を手で包み込んで、暖を取ろうとしている。

「久しぶりだね。英二と夜まで遊ぶの」

「中学以来か」

「あのときはみんなで真夜中まで毎日遊んだよね」

「でも、もう集まらねーと思うぜ」

「ん」

 おれと柚子は地元から少し離れた都立高校に進学した。柚子との進学先が被ったのは、本当に偶然。

「なーんかひっさしぶりにはしゃいじゃった」

 それだけ、おれたちが大人になってしまったということなのだろうか。でも、今日は、なんだかんだおれも結局楽しかった。柚子の音痴な歌を聴かされるのも、柚子お得意のバスケで対戦するのも、懐かしい気分だ。

「英二は変わってないよね。昔から。幼稚なまんまで」

「うっせ」

「でも、やっぱりうらやましい」

「……ふん」

「で、なんで高校から変わろうと思ったんだ?」

「え? あ、いや、それはいつかは変わらないといけないじゃん」

「ほんとか?」

 柚子はいつもその質問にそう答える。

「ほ、ほんとだよ」

「ふーん」

「ああもう! なに、ふーんって。分かった。じゃあ、言ってあげる」

 でも、おれはなんとなく予想がついている。

 こいつはおれのいた悪ガキグループの唯一の女子だった。そして、こいつは卒業間近のある日、

「あんたも知ってるでしょ。中三のとき、おまえ、男みてーって言われたの!」

 グループの男子からそうからかわれたのだ。

 柚子はそのとき、すんごく怒った。

「で、それがいやで高校であんな感じに」

「だって、仕方ないじゃん」

 まあ、こいつもこいつで色々思うところがあったんだな。

「──きな人がいたし。むかしのはなし」

「え?」

「なんでもない! 昔のはなし!」

 柚子がそういって、ベンチから立ち上がったとき、柚子のポケットからピロンと機械音が聞こえた。

「あ、メール」

 ケータイを開ける柚子。夜の公園に、ふっと柚子の顔が浮かび上がる。

「あれ、あれれれれれれー?」

 気色悪い笑みを浮かべる柚子。

「見て、これ、見て!」

 ケータイに写し出されたのは、差し出し人『拓人先輩』のメール。その内容は


「────デート行こうだって!」

 川島からのデートの誘いだった。

 


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