第2話 

「────英二、私と不倫してくんない?」

「え……?」

「不倫、わたしと」

「はああああああ?」

 不倫。おれと? わけが分からん。

「だってだって、くやしいじゃん。わたしが告白してだったら、分かるよ? でも、向こうが告白してきたんだよ? それなのに、不倫って……」

 メソメソメソ。

「うん、とりあえず、不倫ってのやめよーぜ。生々しくなっちゃうから」

 いや、ほんと。浮気ね。自分から生々しくしてどうすんだよ。

「で、なぜ浮気?」

「いちゃいちゃしてるとこを拓斗先輩に見せつけるの」

「ううん?」

「そしたら、拓人先輩だって、むきーって」

 あーなんとなくわかってきた。

「つまり、おまえは他の男といちゃこらしているところを見せつけて、川島に復讐をしたいと」

 そういうと、柚子はなぜか、ほげ? と顔にハテナを浮かべた。

「え?」

 首をかしげる柚子。

「ん?」

 おれも首をかしげる。え、だって、そういうことじゃねぇの? 川島に浮気しているところ見せつけてさ、ぎゃふんと言わせたいんじゃねぇの? 

「え、柚子ちゃん、拓人先輩をより戻すつもりだったんですけど」

「は?」

「え?」

 しばし、思考フリーズ。くるくるくる。

 何、言ってんの。こいつ。

 いやいや、一旦整理しよう。

「え、おまえ、浮気されたんだよな?」

「うん。多分」

「向こうから告白してきた野郎に」

「ん」

「で、より戻したい?」

 そう聞くと、柚子は、ぐんと、首を縦に振った。

「マジ?」

「えええええ? だってだって、あの拓人先輩だよ? あの、超絶イケメン、超絶あったまいい、超絶おっ金持ち、みんなの憧れ、拓人先輩だよ?」

 あー、こいつ、すげーわ。

「で、より戻すのにどうしてわざわざ浮気ごっこが必要なんだ? 直接、浮気やめてって言えばいいじゃねぇか」

「ええ? ばかぁ? 言えるわけないじゃん。そんなこと直接言ったら、確実に振られるじゃん。そこで柚子ちゃんは考えたのです。名付けて、『拓人先輩の気を引け! 浮気大作戦!』。私、もう一回拓人先輩に追っかけてほしいの」

「……?」

「だから、拓人先輩の気を引きたいってわけ」

「……」

「わかった?」

「なんとなく」

 ほかの男といちゃついているところを川島に見せつけて、再び川島を振り向かせようという作戦らしい。なるほど、人というのは自分の選択肢を奪われるのが嫌いな生き物だ。タイムセールで残り五個と言われれば買ってしまう。もし五個がなくなったときには、商品を買うという選択を奪われてしまうのだ。つまり、なくなりそうな選択肢ほど魅力的に見える。その心理を利用しようとしているわけだ。

「カップルクラッシャーなんでしょ、英二。あんた今までいくつカップル粉砕してきたんだっけ?」

「え、二十とか?」

 浮気現場を遭遇にしたこともあるし、矢沢みたいにやべー一面を見ちゃうことも多いし、おれの失言でカップルを喧嘩させちゃうこともあった。

「うわぁ、最低だね!」

 そんな爽やかに最低って言われたことねーよ。

「じゃあ、いけるでしょ。拓人先輩とあのゲス女、引き離してよ」

「マジで言ってる?」

「マジのマジ」

「え、普通に嫌なんですけど」

 おれ、デメリットしかないし。

「えー? 学年でモッテモテの柚子ちゃんといちゃいちゃできるんだよ?」

「ん、だから、それがデメリットなんですけど」

「ふぇ?」

 川島は二年女子から絶大な支持を誇っているが、男子は一人残らず川島に中指を立てる。それは、川島が柚子と付き合っているからだ。それほどまでに、絶大な人気を誇る柚子と演技でもいちゃついたりなんかしたら、首がいくつあっても足りない。紳士諸君からナイフが飛んでくるに決まってる。

「もう。しょーがないな。わたし、英二に一杯貸しがあるけど、よし、じゃあ代わりに一つお願いを聞いてあげよう。わたしへの命令権を一つあげます」

「命令権?」

「なんでもいいよ? お金はダメだけど」

 命令権。

 うーむ。毎日、男子から命を狙われる、それ以上の見返りがあるならば、たしかにやってもいいかもしれない。いやいやでも。

 ふーむ。

 悩む。

 柚子といえば。

 おれの目線は、自然と、柚子の下半身にいった。

 こ、これは……! 改めて見たら、やっぱり暴力的だった。

「尻」

 おれの口から自然とその単語がこぼれた。暴力的にでかい尻。異様に突出したその尻を。

「お尻?」

「尻を、こう毎日、一回揉ませ───ぶぼへっ!」

 ビンタされちゃったよ。親父にも殴られたことないのに!

「えっちぃのはダメ! それこそほんとに不倫じゃん」

「え、じゃあ、せめて毎日一回振るってのは?」

「…………振るだけ?」

 あれ、もしかして。

「ほんとにそれだけ?」

「え……はい」

 あれ、えっちぃ判定じゃないの? もしかして。

「じゃ、じゃあそれで」

 え、マジ?

 そのデカ尻は、命に代えられるぞ!

「でも、約束ね。目標達成まで絶対つきあうこと!」

「お、おう」

 そんなわけで、おれは北野柚子の不倫相手(嘘)になってしまった。

  

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