お尻ふりふり不倫不倫!

@shiromizakana0117

第1話 IWGP

「────ねえ、英二。わたしと不倫してよ」

 池袋西口近く。十時半。真夜中というのに、西口は昼間以上に騒がしい。西口公園で備え付けられたベンチでは大学生が路上飲みではしゃいでいるし、公園前のコンビニでは酔い潰れたサラリーマンが歌っている。まさにカオス。

 そんな喧噪のなか、柚子が、思わず耳を疑う発言をした。

「ねえ、いいでしょ?」

 柚子が上目遣いで俺を見てくる。

「その不倫って言い方は生々しい!」

「もう一回拓人先輩に追っかけてほしいわけ。カップルクラッシャーなんでしょ、あんた。拓人先輩とあのゲス女、引き離してよ」

 どうなってんの、これ! どうなっちゃうの、おれ!


 *


 二限と三限の間の昼休み。第二食堂、通称『二食』前の広場にあまたの男子学生が集結していた。

「うおお、野球部がおさえた! 交代だ!」

 年に一度行われる西高の伝統行事、部活対抗キャップ野球大会の決勝である。キャップ野球とはその名の通り、ペットボールのキャップで行う野球だ。例年決勝戦は卓球部対野球部が恒例だが、今年は当然のごとく決勝まで進んだ野球部と、二年前から部活からサークルに降格しているサッカーサークル『サスカ』による番狂わせの試合となった。今年のサスカは新星のバッテリーがいると校内では持ちきりである。

 番狂わせが最終回まで続き、なんとサスカが一点のリード。最後の一点獲得ののちにピッチャーフライで攻守交代。この最終回をしのぎきればサスカの優勝である。

「拓人ぉくん! 頑張って!」

「拓人先輩! ファイト!」

 背の高い野球部の三年がバッターボックスに入った。

 野球部の出会い目的女子──失礼、女マネから黄色い歓声が飛ぶ。

「へへっ。おれがでりゃ余裕っしょ」

 川島拓人、三年。おれの二つ上だ。特進クラスの首席。親は医者で、川島自身も超がつくほど頭がいいらしい。

「英二、野球しない野球部になんざ絶対負けねーぞ! 空振り三振頼むぜ」

 キャッチャーの位置についた宮下が堂々と言った。

 宮下清太。おれと同学年の一年。こいつを一言でいうならば人間のクズである。無類の女好きでルックスだけはいいことを武器に女子を食い散らかしているカスだ。

「おう!」

 その通り、野球部は全然野球をしていない。よく部員が川島が買ってきた高級バッドを磨いているのを見かける。あれが、野球なんだってよ。

 とたん野球部側からブーイングが起こる。

「てめーらだってカラオケしか行ってねーだろ!」

「おまえら最後に練習したの、いつだよ!」

 知らねーよ。おれだってもう入って半年経ったまだ三回しかサッカーやったことねーよ。まあ、それがサークルに降下した理由らしいですがね。

 ベンチのサスカの先輩たちは、がははと笑っていた。

「てか、なんで向こうのギャラリーには一杯女子いるのに、サスカには全然いないんですか!」

 おれはファーストを務めるサスカの名誉会長よしさんを問い詰めてみた。ちなみによしさんはすでに二留している三年の先輩で、今年度卒業しないとまずい御方だ。ちな、ちゃんと出席はしているらしい。単純に成績が悪いんだと。二留ってどんだけアホなんだよ、あんた。

「ガハハ、なんでだろうな」

 陽気に笑うよしさん。

 くそ、入るサークルを間違えた。

「さあ、ぶちかませ、ピッチャー!」

 宮下の声でおれは、キャップを中指と親指に挟んだ。キャップ野球は変化球が命だ。カーブにチェンジアップにフォーク。あらゆる変化球を再現できる。

 おれが構えるとギャラリーが一気に静まる。軽い向かい風がおれの頬をなでた。

 宮下のサインを見て、変化球を決める。

 一投目。

「おらっ」

 カーブ。ストライクゾーンから大きくそれたキャップを川島は顔色一つかえず見送った。

「やりますね。部長さん」

「ふん、そっちこそ」

 続く二投目。宮下のサインは超高速ストレート。

 川島が思いっきりバッドを振った。

 コン、と軽い音。キャップは後ろにとんだ。ファールだ。危ない。

「惜しいぃ!」

 野球部の女マネが歓声をあげる。

 さて、舞台は整った。 

 おれの視線を見て、宮下がうなづく。

「さて、あれを出すか」

 今に見てろ。チャラ男。

 消える魔球。

「おらっ!」

 三球目。

 少し姿勢を低くして投げた球速の遅いキャップは上昇し、

「なっ──!」

 バッターボックスに届く手前で、ピッチャー側に折り返した。

 ど真ん中になげられ、川島は当然バットを振っていた。バッドは空を切った。勢いよくスイングしすぎた川島が前につんのめって顔面から転んだ。

 コンクリートに倒れ込む鈍い音。

「ストライーク!」

 審判の声。

 ひとときの静寂。そして、

「ぶはは、だっせーっ!」

 宮下の爆笑。

「ぎゃははははっ!」

 サスカの面々も爆笑した。

「な、なんだんだよ。今の球は!」 

 川島は顔を真っ赤していた。

 おれはにやりと笑う。ここまで隠してきた必殺技。これがサスカを決勝戦まで導いたといって過言ではない。

「そういや部長さん。今日はいい風が吹いてますね」

「な……」

 超低速で上向きに向いたキャップは風に流され……。

 名付けてブーメラン。消える魔球だ。

 そして、このあとサスカは無事守り抜き、見事優勝した。



 池袋。西口公園前のカラオケ。広いパーティールームにむさ苦しい男が約二十名。

「よーくやったぞ英二! 清太も!」

 マイクを持ったよしさんが、馬鹿でかい声で叫ぶ。当たり前のようにマイクが割れる。

「ぎゃははははっ! 今日は歌うぞ! 打ち上げだ!」

 いつもカラオケじゃねーかよ、というツッコミはさておき宴会が始まった。

 次々に運ばれてくるポテトに唐揚げ。もちろんジュースとアイスは取り放題なのですぐに机がうまっていく。

「ぎゃははははっ! よくやった! 清太! 英二!」

 よしさんが超絶音痴な歌を繰り広げるなか、サークル会長の工藤先輩が今日の主役のおれと宮下のもとによってきた。工藤会長をたとえるなら、まさにゴリラというにふさわしい。そんな男がおれと宮下の首根っこを捕まえた。

「お、おい宮下」

「英二、まずいぞ!」

 工藤先輩がにやにや笑っている。

「ちゅうもーく!」

 名誉会長のよしさんが歌い終えたところで、会長の工藤先輩が大声を張り上げた。

「今年、サスカを優勝に導いたのは紛れもないこのアホ二人のおかげだ」

 ひゅーひゅーと口笛がなる。

「おまえらにはそのバッテリーの絆をもう一度ここで示してほしい!」

「へ……?」

 おれはわけがわからず首をかしげるものの、宮下はまるで殺人現場をみたような顔をしている。

「英二、まずい。まずいぞ!」

 宮下はなにか知っているらしい。

 工藤会長がポケットからなにかを取り出した。

「名付けて────」

「「「「ポッキーゲーム!」」」」

 全員の息がぴったりとあった。

 工藤がうんうんとうなづく。

「な、なんですか! それ! 罰ゲームじゃないですか!」

「そうですよ、工藤先輩。なんでこんなアホと」

「ああ? だれがアホだと? 宮下!」

 ていうかどうして活躍したのに罰ゲームを受けるんだ。

「だまれ、清太、英二。とっととやれ」

「ふごごごごごっ」

 工藤に首根っこをつかまれて、宮下と顔面をつきあわされた。

「今日はこのポッキーをお前ら二人でひとかけらも残さず食い切るまでお前らを帰さん」

「絶対無理じゃないですか! それって絶対キス必須じゃないですか! いやですよ! 宮下なんて。こんなクズと!」

「ああ? だれがクズだと? 英二!」

 そんなおれと宮下を先輩たちはなぜか微笑ましく見ている。

「ほんと仲いいな。お前ら」

「じゃあ、もうやらなくていいでしょ!」

「いや、やれ!」

「ポッキーゲームって女子とやるから面白いんじゃないですか!」

 とはいってもうちのサークルの女子といえば一人。

「だってよ、三輪ちゃん? やるか? 英二と」

 パーティールームの奥の方でちょこんと座るサスカ唯一の女子、マネージャーの三輪ちゃん。おしとやかでどこかぬけてておっとりしてて。栗色のふんわりした髪が可愛いおれの同じ一年。おれと宮下、そして三輪ちゃんが今年入会した一年だ。

「え、えーと、わたしはその……」

「そうだ、三輪ちゃんには彼氏がいるんだ。諦めろ、英二」

 サスカ唯一の花には悲しいことに男がいた。

「ていうかいい加減サッカーやりましょうよ! サッカー! おれサッカーやりたくてこのサークル入ったンですよ!」

 連日カラオケかゲーセン。まじでなんなのこのサークル。

 そんなおれの抗議に工藤先輩はなに寝ぼけたことをという顔を向けてくる。

「あれ、言ってなかったか? サスカはだな」

「『サッカーするか』の略なんですよね!」

 サッカー部がサークルに降格する際に名付けられたサークル名。

「ああ、だからな、するかって言ってるだけでするわけじゃないぞ」

「はぁ?」

 先輩たちはみんなガハハと笑っていた。

 そして、おれと宮下はキスするまで永遠とポッキーを食べさせ続けられた。


 夜十時。結局、おれと宮下がポッキーゲームをやりとげたのは、高校生が退店しなければいけない夜十時ぎりぎりだった。

 先輩たちにつれてられてぞろぞろとブクロの駅に向かう。最後尾を歩くおれと宮下と三輪ちゃん。

「三輪ちゃんはどこ住みだっけ?」

「駒込です」

 三輪ちゃんはだれに対しても敬語を使う、かしこまった子だ。

「じゃあ、山の手ですぐか」

「あれ、おまえは? 宮下」

「な、なんだよ。英二」

 あれ、宮下の様子がおかしいぞ。

 視線をあわせてくれないぞ。

「なんかこいつキモくねーか。三輪ちゃん」

「ええと宮下くんは西谷君と、えっと、そのチュ、チューして緊張しているのだと思います」

 なんてこと言うんだ三輪ちゃん。

「そうなのか? 宮下」

「違うわ!」

 宮下がこっそりとおれに耳打ちしてきた。

「やばいんだって。駅の階段の前にに今おれと付き合ってるコがいるんだよ」

「ん? あってくればいいだろ」

「違う! 二人いるんだよ! あいつら知り合いだったのかよ……」

 なにいってんだこいつ。

 宮下の指さした先には確かに二人の女子がいた。

 ああなるほど。そういうこと。やっぱクズだな。こいつ

 おれが一つ咳払いし、

「いやぁ、今日はありがとうな。宮下!」

 『宮下』を強調して、大声で言ってやった。周りの人も不意をつかれたみたいだが、当然宮下の指さした女の子二人も振り返った。

「「うわ、清太くんじゃん」」

 二人の声が、完璧に重なった。

「「え、あんた清太くんの知り合いなの?」」

 また重なった。

「て。てめぇ! なぁにしあがんだ! 英二!」

 宮下が発狂しながら、おれの首をしめやがった。

「がははっ。顔がいいからって好き放題してるからだ」

 詰め寄ってくる二人の女の子。

「どういうこと、清太くん!」

「どういうことなの! 清太くん」

 一方の三輪ちゃんはなんとか場を納めようとしてくれて、でももちろんできなくて、ただ一人であたふたとしていた。

「ほ、本当なんですね。英二くんのあだ名」

「あだ名?」

「カップルクラッシャーですよね?」

 そう、おれ、につけられた数多くの侮辱的あだ名のうち、最も広まっているもの、それは『カップルクラッシャー』だった。

「わたしも気をつけないと」

「いやいや大丈夫だからね。三輪ちゃんにはそんなことしないからね」

 おれ、西谷英二は生涯『カップルの片方の浮気現場』であったり、『カップルの片方の以外な一面』ってやつに遭遇しやすい体質だった。そして、『カップルクラッシャー』と言われた所以は実際にその『見てはいけない』ものをさらしあげる、歩く『週刊文春』ってところから来ている。

「えっと、それじゃあ私はこれで……」

 どうしようもないなと見限った三輪ちゃん。意外と冷血。

 宮下は女子二人にどこかにひきづられていった。

 先輩たちはもう先に行ってしまったみたいだ。


 さて、おれも帰るか。

「ん?」

 おかしい。

 ない。

 財布が、ない。

 ポケットにいれていたはずなのに。

「やべーっ!」

 見渡してもすでに宮下と三輪ちゃんの姿がない。

「絶対カラオケだ」

 おれは急いでカラオケ屋に戻ることにした。赤信号も待ちきれず、車がいないことを確認して通りを走って渡る。

 猛ダッシュでそのままカラオケ屋に突っ込んだ。


「……まじでだるい」

 ええ、結論、紛失しました。ありませんでした。どうやって帰るの、おれ。カラオケの店員いわく、次にルームに入ったお客さんに聞いてみたけど、なかったらしい。 

 間違いなくそいつらにパクられた。

「ちっ……」

 あんなことしたあとだから、宮下は呼んでも絶対来ないし、三輪ちゃん呼ぶのもアレだし。

「じゃあ、アイツ呼ぶか」


 二十分後。

「で、なんでわたしが呼び出されるわけ?」

 西口に、ジャージ姿の、頼れる御方が来た。

 北野柚子(ゆず)。今通っている高校で唯一中学がおんなじコだ。中学時代からそこそこ仲が良い。

 ロングの金髪。どちらかというと童顔で身長もそこまで高くないが、特筆すべきはその太ももである。これが、まあすごいんだわ。ふんわりというよりむっちりで、ひざ下は細い。制服姿のときはちょうど膝にくる靴下の上に柔肉がせき止められていてますますその太もものむっちり具合が強調されててすんごいことになっているんですよね。これ。

 柚子は今年入学した一年の中でもトップクラスに可愛いと噂。まあそんな容姿端麗わけで入学して三か月で三年の男に告られて彼氏ができちゃったときには一年男子全員が発狂した。

「いや近所のよしみで」

 中学が一緒ということもあって住む街は同じ、おれと柚子が住むのは、ブクロから3駅のところである。電車で10分。そりゃ呼んじゃいますわな。

「はぁ……。普通こんな夜遅くに女のコ呼び出すかな? それも彼氏持ちの」

 柚子は、今日おれと宮下が戦った野球部部長、川島拓人とつきあっている。あの超ハイスペック野郎と柚子はたしかにお似合いのカップルかもしれない。

「いやほら、柚子って気が強いほうだしよ」

「ほんとサイテー。超特急っていうからスッピンで来させられたんですけど。英二、何回目? 財布なくしてわたし呼び出すの」

 柚子はわりとお怒りだった。

「すんません。で、とにかく金貸してくんね? 交通費」

「はぁ……」

 柚子がピンクの明るい財布を取り出し、おれに少々お金をめぐんでくれた。

「ん?」

「なによ?」

「柚子、またメイク濃くなった?」

「なによ? 失礼ね。さっきも言ったじゃない。スッピンですけど!」

 お怒りの柚子。

「いやそれにしては目の下が黒いっつーか」

「こ、これは寝不足よ!」

「そっか。ちゃんと寝ろよ」

「英二のせいでさらに睡眠が削られてます!」

「すんません……。まあとにかく、サンキュー! 明日返すわ。行こうぜ」

 階段を下りようとしたおれ。

「ちょっと待って」

 柚子が突然呼び止めた。

「なんだよ」

「あんたってほんとすごいよね」

「へ?」

 なにいってんだ。

「あれ」

 柚子が指さすそのさきには、

「じゃあそろそろ帰りましょう。マーくん」

「うん、ママ!」

 仲睦まじい、いや睦まじすぎて、もはやドン引きするほど、べたべたしている親子がいた。いい年した男子が母親と恋人つなぎをして歩いていた。

 そして、その男をおれと柚子は知っていた。

「え、まじ? あれ、矢沢じゃん」

 うちの高校の特進コース所属副生徒会長、三年の矢沢正夫だ。クールで頭脳明晰、先生からの信頼も厚く、そして女子にもモテる。そして、当然のごとく、彼女持ちの男。矢沢と三年のマドンナのカップルは校内でも有名だ。

「あ……っ」

 矢沢が、柚子のジャージ、つまり、うちの高校のジャージに気づく。

 あわてて母親から離れようとするも、母親が矢沢の手を強くからめていたのか、矢沢が無理矢理振りほどく形となってしまった。

「マ、マーくん? どうしたの?」

「マ、ママちょっと黙ってて」

 おれはこの副会長さんに少々恨みがあった。この前、夜十一時以降サスカの面子とゲーセンで遊んでいるところを塾帰りのこの男に見つかり、次見かけたら、教師陣の報告すると長々と説教されたのである。

「き、きみたち、こんな夜中にどうしてこんな場所にいるのかな? きみはたしか西谷くんだっけ? また悪さをしようとしているのかい? それとも不純異性交遊でもしようというのかい?」

 矢沢あくまで、副会長を演じる気らしい。

「いえいえ財布を落としましてね。困り果てていたところ、友達が駆けつけてくれたんですよ」

「そ、そうか。早く帰ることだな。では、ぼくはこれで」

 きびすを返そうとする矢沢に、おれはケータイを向ける。

「なっ……」

 柚子がとなりでクスクスと笑っている。

 画面に映りだされたのは矢沢とその母親の仲睦まじいお写真。

「矢沢先輩にはいつもお世話になっていて。いやぁ仲いいっすね。まるで恋人みたいだ」

「あら、やだ? 恋人だって。マー君」

 矢沢の腕に絡みつく母親。矢沢はふりほどこうにも振りほどけず、一人で葛藤している。

「いやぁ、こんな仲睦まじい写真がお付き合いされてる彼女さんに見られちゃったら彼女さんはどう思うでしょうね?」

「……お、おまえ、まさか……」

 矢沢は事態を把握したらしく、顔が青ざめた。

「嫉妬されちゃうわ。うふふ」

 母親はまったく事情が分かっていないらしく、相変わらず矢沢にベタベタしている。

「わ、わかった。例の件は不問にしよう。それでどうだな?」

「分かりました」


 矢沢と別れてもなお柚子はクスクスと笑っていた。

「柚子も大概性格わりーな」

「だ、だって。あんな大男がママって」

 あーこりゃ、つぼに入ったな。

「やっぱり、あんたすごいわ。カップルクラッシャー西谷」

「やめろ、その呼び方」

 階段に足を向ける。

「帰ろうぜ」

「待って」

 また、柚子がおれを呼び止めた。

「ねえ、英二に、カップルクラッシャー西谷に頼みたいことがあるの」

「ん?」

「これ、なんの跡だと思う?」

 そういって、柚子は先ほどおれが指摘した目元を指さした。

「寝不足じゃねーのか?」

「涙。泣いたの、わたし」

「……?」

「私と付き合ってる拓人先輩、多分、浮気してる」

「え……」

 柚子からそんな話をされるとは思いも寄らなかった。

「わたし、悔しい。向こうが告白してきて付き合った。でも、浮気された」

 たしかに中学からほどよく仲は良かった。同じちょい悪グループに属し、よく先公に一緒に叱られていた。でも、そんな込み入った話はしたことはない。

「……」

 柚子の瞳が潤んでいた。


「────ねえ、英二、私と不倫してよ」

 柚子が、思わず耳を疑う発言をした。

「ねえ、いいでしょ?」

「その不倫って言い方は生々しい!」

「もう一回拓人先輩に追っかけてほしいわけ。 カップルクラッシャーなんでしょ、あんた。拓人先輩とあのゲス女、引き離してよ」

 どうやら柚子は川島の浮気相手をすでに知っているようだ。

 柚子はおれと浮気しているところを川島に見せつけて、再び川島を振り向かせようという作戦らしい。なるほど、人というのは自分の選択肢を奪われるのが嫌いな生き物だ。タイムセールで残り五個と言われれば買ってしまう。もし五個がなくなったときには、商品を買うという選択を奪われてしまうのだ。つまり、なくなりそうな選択肢ほど魅力的に見える。

 その心理を柚子は利用しようとしているわけだ。

「お、おれに全く得がない」

 しかし、おれには全くといって得がない。べつに柚子のことを好きでもないし、他人の女を寝取ったゲス野郎というレッテルが貼られるのもごめんである。

「あるよ。いいこと」

「あるよ。いいこと」

 いいこと。なんですか。それ。それって、あーんなことやこーんなことですか。

「い、いいこと?」

「英二のお願い、なんでも聞いたげる」

「なんでも? エッチぃのでも」

「も、もちろんエッチすぎるのはダメ! それこそほんとの不倫だし!」

「すぎるのは、だめ」

「あ、いやそう意味じゃなくて」

「そうだな! じゃあ、毎日一回そのでかい尻を振ってくれ!こう、扇情的に」

「で、でかいって何よ!」

 おれは、みたい。揺れる、太ももを。

「絶対やだ!」

「そんじゃやんねーぞ」

「……い、一日、一回だけ?」

「一回だけ」

「じゃあ、それ、で」

 柚子は顔を赤らめながら、うつむいて、うなづいた。

「っしゃああああ!」

 そんなわけで、おれは柚子の浮気相手(嘘)になりました。


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