第3話 葛藤
それから一週間しばらく柚子と話すことはなかった。おれは何事もなかったように元の日常に戻り、柚子も何事もなかったかのように学校生活を送っている。ただ時々浮かない顔を見せる。
「ねえ、柚子ちゃん、明日一緒に駅前のモール行かない?」
「うん、もちろん!」
「ねえ、柚子ちゃん、ここの問題教えて」
「もう、冴子ったら。ここはね───」
「柚子。部活行くよー」
「うん、ちょっと待ってて」
みんなに囲まれる北野柚子。何一つ、変わらない。
もう本当に変な疑りはやめたのだろうか。
それとも。
柚子と話さなくなって二週間が経ったある日の放課後。
校庭には秋の風が吹き、敷地の隅に生えた広葉樹から落ち葉が舞っていた。
「よおし、今日はサッカーするぞ!」
ユニフォームに着替えて集まったサスカの面々。それにマネージャーの三輪ちゃん。
「おおおお!」
半年で四回目の練習ってどんなサークルだよ。まじで。
「ん? 浮かない顔してるな? 英二。やっぱりゲーセンのほうが良かったか?」
よしさんがおれの顔をのぞき込んできた。
「い、いえ。もちろんサッカーがいいです!」
最近どうも柚子の落ち込んだ顔が脳裏に浮かぶ。教室では決して見せない落ち込んだ顔。
「がはは! そういうと思ったぜ。よし、走り込みから始めるぞ!」
「「おう!」」
だめだ。考えていても仕方がない。気分を切り替えよう。サッカーは一人では出来ない。みんなでやるからサッカーだ。せっかくの機会だ。目一杯やろう。
「はあはあはあ」
「はあはあはあ」
走り込み、ドリブル練、シュート練を終え、いよいよ次はゲーム。一度休憩が挟まれたので、おれは宮下と冷水機に水筒の水をくみに行った。
「宮下、おまえ、ばてすぎな」
「ああ? おまえも汗だらっだらじゃねーか」
「ああ? これ、汗じゃねーし。水かぶっただけだし」
サスカのいいところは、練習はちゃんと真面目にやること。とにかくきつい練習だ。名誉会長のよしさんが鬼コーチとなり、みんなをしごいてくれる。おかげでみんな満身創痍になるが、マネージャーが一人しかいないので、みんなの世話をできるわけもなく、一年の宮下とおれの水くみはセルフサービスというわけだ。
水くみは体育館の前に一つある。
「ん?」
「あ?」
宮下が先に水をくもうとしやがった。
「宮下くーん、そんなにバテてんの?」
「あああ? なんだと。いいぜ、譲ってやるよ。英二、意外と体力ないんだな」
「いやいや、おれ、まだまだ余裕だからどうぞお先に」
「あああ? おれのほうがもっと余裕だ。お先にどうぞ。英二くーん」
「は? おれなんか呼吸一つも乱れてないぞ。どうぞ、お先に宮下くーん」
「ああああ?」
「はあああ?」
「「どうぞ、どうぞ!」」
「……なにやってんの、あんた」
そこになじみのある声が聞こえた。
柚子だ。
そういえば、今日体育感を使うのは、柚子の所属する女バス。
「水くみたいから、どいて」
「「あ、はい」」
冷水機前からいそいそと退くおれと宮下。
「おいおい、北野ちゃんってあんな性格だっけ? あんたなんて言う子だっけ?」
宮下が耳打ちしてきた。
「おーい、柚子。素が出てるぞ」
「え……? あっ……」
柚子と宮下の視線があった。
柚子の顔がポッと赤くに染まる。
「だ、だから学校では話しかけないでって言ったでしょ。調子狂うから」
「あ? 話しかけてきたの、おまえな」
宮下が困惑してる。完全に困惑している。
「おいおい、おまえ、柚子ちゃんとどういう関係なんだよ」
北野ちゃん呼びから、柚子ちゃん呼びに変わるのに要した時間、十秒。
「中学からの知り合い」
「そ、そうなのか」
普段教室で全く話さないので、その事実は全く知られていない。
「じゃ、じゃあ私行くから」
「あ、ちょっ────」
「ん? どしたの?」
「あ、いやなんでも……」
「……そ?」
柚子は一度おれと意味深な視線をからませて、体育館へと消えていった。
その日の夜。
「はあ……」
布団の中でおれは深いため息をついた。
迷う。
柚子の本当のことを言うべきか。川島の浮気を。
本当のことを言えば、柚子が傷つくだろう。川島が告白して付き合ったとはいうものの、柚子も相当川島のことは気に入っていたみたいだ。そんな相手に浮気されたと知ったら、しかもいろんな男子にモテて才色兼備な自分が振られたと周りに知られたら、柚子はどんな気持ちになるだろう。
でも、言わないと、柚子は川島にだまされ続けたままつきあうことになる。それはあまりにむごい。中学からのなじみの者としては度しがたい。
明日言おう、明後日に打ち明けよう。そうやってずるずる引き延ばししてしまう。
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