9話


 まだまだ夏休みの続く9月上旬。今日は珍しく俺から人を誘っての外出だ。


「怜くん、君から誘ってくれるなんて珍しいじゃないか。」


「まぁ彼方なら一緒に行ってくれると思ってな。」


 夏休みであまりに余る時間、暇つぶしのネットサーフィンの中で見つけたのは本の展覧会が行われるという情報だった。


 過去のベストセラー本から個人執筆のものやブックアート、これに加えて写真や絵などが展示される本を中心と展覧会という感じだった。


 近くで開かれているのと、これが中々面白そうと思い彼方を誘ったのだ。興味を持ってくれたようで二つ返事で了承をしてくれた。

 もしかして俺と同じで暇だったのか。いや、彼女を俺と同じにしてはいけない。


「私も調べてみたんだが会場でも本を買えるらしいからね。それも楽しみだよ。」


「なら同じ本を買って一緒に読むか。その後に感想を言い合うとか。」


「い、一緒に?ま、まぁ君が言うなら全然構わないぞ。」


 なぜ言葉に詰まりながら返事をする。一緒が嫌なわけじゃないないよな?「じゃあ私はあっちを見てくるから君は向こうに行ってきたら?」とか言われないよな?な?


 いや、可能性がないわけではない。今では仲良くなったとはいえ、彼方と初めて会った時の態度が思い出される。

 なぜあんな目と態度だったのかはわからないが、あの時は確実に初対面なのに嫌悪を向けられていたと思う。


「ふふふ♪」


 …まぁ楽しげに隣を歩く彼女を見る限り、もうそんな事は無さそうか。


————————————————————


「お、着いたな」


 様々な展覧会が日々行われている美術館が会場になっている。中に入ると思ったよりも多くの人がいるようだった。


 俺たちは休みだが今日は世間一般的には平日である。それにも関わらず結構な人がいるというのをみると意外と人気なようだ。


「人が多いようだけど怜くんは大丈夫かい?」


「別に問題はないぞ。」


 多分この心配は俺がコミュ力弱者で人混みが苦手と思われているのかも。


 …やはりどうしても考え方が悪い方向にいってしまうな。良くない癖になっている。誰か俺の自己肯定感を高めてくれ。


 おそらくは女性が多いことを心配している。良くも悪くも男性はどこにいても目立ってしまうし、人が多いところだと痴漢まがいのことをされることもある。


 俺もそういった目にあったことはあるが、これに関してはまぁこんな世界だからなぁ…と達観している。流石の俺でも嬉しくはない。




 展覧会の方はというと、会場では本の表紙が見えるように綺麗に並べられており、手にとって読むことが出来るようになっている。

 それ以外にも多種多様な形式の作品が目を引く。


 その中で彼方が指し示した先にあったのは絵本である。


「これとか良さげじゃないか。」


「これは面白そうだな」


 どうやら創作で書いた童話のような絵本。表紙の絵も目を惹き、なぜか不思議な感じがする…ん?


「えっ?」


「どうした?見たことでもあったのかい?」


「いや…何でもない。」


 これは前の世界にあって、そしてこの世界には無かった童話だ。自力でこの物語りを作り上げたのは驚嘆すべきことだ。

 きっとこの本は有名になる。そんな気がする。




 ひと通り作品を見て周ったので、本を買うことのできるブースを見に来た。書店のように数が多いわけではないそれでもかなりの量が売られてある。



「これは何を買うか悩むな…。彼方が読みたいのはどんな作品だ?」


「そうだね…これだけあると何でも読みたくなってしまうが…。」



 数が多いだけでなくジャンルも豊富である。悩んでも仕方ない。

 

「お困りですか?」

 

 二人でどうしようかと話し合っているとき、女性の店員らしき人が話しかけてきた。どうやら悩んでいるのを見られていたようだ。



「オススメの本がありますよ!紹介いたしましょうか?」


「怜くん、この際勧めてもらう本にしよう。どんな本か気になるし丁度いい。」


「そうだな。ならどの本か教えて貰えますか?」



 店員の人が勧めてくれるのならそんな変なものは出さないだろう。


「オススメは…これです!」


「おいまて!それ…」


 店員が見せてきたの明らかに官能小説である。表紙もタイトルもあからさまなものだ。それをすごいいい笑顔で見せて来たぞ。どうなってんだよこの店員。


「まて、言いたいことは分かるが作品の形は千差万別だ。せっかく勧めてくれたのだからこれでいい。」


「まぁ彼方がいいのなら構わんが…。」


 確かに作品に罪はない。だかそれで良いのか本当に。



 結局二人ともこの本を買い、会場内にある休憩所で読むことにした。内容が面白ければそれで良い。そう思ったが…


(あまりにも表現が直接的すぎる。なにを読まされているんだ。)


 読んだ本の感想を言い合う約束をしてるんだぞ、これでどう語れというんだ。せめて一人の時に読ませてくれ。


 「おい彼方、流石にこれは…。」


 新しい本を買うことを提案しようと顔をあげて彼方を見ると、顔を真っ赤にしながらページをめくる彼方がいた。もしかするとこういうのに耐性がないのか。なぜ勧められるがままにこの本を選んだ。


「別の本でも…」


「な、なんだ!別になんとも思ってないし、私はこういう内容の本があってもいいと思うぞ!」


 まだ何も言ってないぞ。急に早口で返してくるな。


「うぅ…もう少し普通の内容だと思ったんだ…。」



 この後はお互い読むのはギブアップした。作者には申し訳ないが最後まで読むのはまた今度ということにしておく。


 再び新しい本を買いに行くと同じ店員がおり、また本を勧めてこようとしたがお断りだ。残念そうな顔しているが、俺以外の男にあの本を勧めてたら通報されても文句は言えんぞ。


 

 まぁ今日は彼方の新鮮な姿を見れたということで、良しとしておこう。店員さんよ、それだけはよくやった。

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