5話


 大学の勉学は前の世界で一度経験してるからと言って簡単にできるものではない。小中学校までならまだしも、高校に入るとより難しくなる勉学に、特段頭の良いわけではない俺は大分苦労した。


 前の世界では理系学部に在籍していたが、今は教育学部にいる。大学に行くのなら前とは違うことを学びたいと思った。

 

 教師になりたいために選んだ学部学科だが、教師という職種がどれほど大変かは理解しているつもりだ。

 しかし自分が教師になり、女子学生に対しては男性への認識を、男子学生に対しては女性に対する態度を変えさせることができるかもしれないと思えば、頑張る価値は十分ある。



 その日は休講になってしまった講義の合間、大学のカフェテリアでレポート課題をやっていた時だった。


「やぁ少年、こんなところで一人でなにをしているんだい。」


 顔をあげると、そこには大学に入ってから同じコースとして知り合った彼方未来かなたみらいがいた。ミルクティーのような色をした長いウェーブがかかった髪に、黒縁の眼鏡を掛けた彼女は文学少女と形容できる。


「そんな二人称初めて言われたぞ少女よ。レポートだよ。そっちは読書か?」


 彼女の雰囲気にふさわしいといって良いのか、事実として本を読んでいる彼女をよく目にする。


「あぁそうだよ。ここで読んでもいいかな。」



 声を掛けてきた時点で目の前に座ってただろお前。



 そんなことは言わない。彼女もまた美少女だ。いや、黒っぽいワンピースにロングカーディガンを羽織った姿は、彼女の雰囲気も合間ってより大人の女性を思わせる。こんな彼女と同じテーブルにいることができて俺になんの不満が出るというのか。


 つい、彼女のほうを見てしまっていると、


「なんだ、怜くん。私に見惚れしまったか?」


「い、いや、すまん。」


 そう言った俺の様子がおかしかったのか、彼女はコロコロと笑う。

 今はこんな風に軽口を言われるような仲だが、入学式で出会った時はむしろ嫌われていたのではないかと思う。


 俺は入学式の男性専用席が嫌で普通の席にしてほしいと大学に連絡を入れていた。なんで野郎どもに囲まれて晴れ舞台を過ごさなくてはならんのだ。


 その入学式で隣の席だったのが彼方未来だ。俺が着いた時にはすでに席についてた彼女に挨拶をしたのだが、ちらりとこちらを一瞥しただけでそっけない言葉が返ってきただけだった。

 あと明らかに軽蔑するよな目をしていたと思う。そんなに俺の顔がひどいのか。そんなことを思い、正直言って入学式早々に心が折れそうだった。


 まぁそのあと色々あって、今の普通の友人の仲に落ち着いている。色々といってもなにか特別なことをしたとか、そんなことはない。何かが彼女の琴線に触れて心を多少許してくれたのだろう。



「そうだ怜くん。今日の講義が終わった後に時間はあるかい。君におすすめの本があったんだ。近くの書店に行かないかい?」


 もちろん行く、行かせて下さい。


「おう、いいぜ。」


 心の声をそのままに返答は流石にしない。調子に乗らずに自重すると決めているから。たとえ綺麗な女性と出掛けるとしても。


 周りの女性たちは事あるごとに俺をどこかへ連れ出してくれる気がする。男子の友達がおらず、一人でいる俺を気遣ってくれているのか。


「ふふ、ありがとう。」


 嬉しそうに言う彼女にまた視線が大分吸い寄せられてしまう。いかん、レポートに思考を傾けろ。


 しかし、あの初邂逅からよく今の普通の関係に落ち着いたものだ。女性というのは本当にわからない。願わくば、これからの大学生活において彼女に嫌われませんよう。


 なにがおもしろいのか、少し笑みを浮かべて本を読み始めた彼女にそう思った。

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