第3話 原作改変

「あ……」


 助手は、目を大きく開け、口をわなわなと動かし、頬を紅潮こうちょうさせていた。


「線香花火よりも楽しい、あれやこれや……? な、何をするつもりですか!?」

「それは……」


 さて、何と答える?

 正直俺も、何も考えていなかった。

 口から出まかせで発してしまった言葉だ。

 どんなアンサーを返すべきか……。


「あ、あれやこれや……!? あれやこれやって……!!?」


 おまけに助手は、何を想像しているのか?

 可愛いから、何でも良いけど。


「…………」


 あれやこれや……ね。

 線香花火よりも、楽しい遊び……。

 助手を外出させないために。

 助手の死を回避するためにも、インドアの遊びが求められていた。

 すべては、いとしの女の子に襲いかかる、これからの不幸をまぬがれるため――そんな選択だ。


 めちゃくちゃ面白い遊びを提案しなければ……!


「わ、私は今から探偵さんと、いったい何を……! ま、まさか……あんな事やこんな事を……!?」

「…………」


 ――そうだ!


 俺の知り尽くしている、インドア御用達ごようたしの良い遊びがあるじゃないか……!


「ま、まだ私には準備というものが、整っていませんよ……!」


 それは、俺の専門分野だ……!

 この屋敷にも、


「だ、だいたいです。まだ私たちは付き合ってすら――」

「――俺と一緒にエロゲをプレイしよう!」

「……………………はい?」


 急に頬の赤みが消えてなくなる、黒髪ボブの少女。

 俺は、口を動かした。


「楽しい遊びといったら、エロゲだろう!」

「え、え……?」

「エロゲと聞かれて大半の人間は、エロ要素しかない中身空っぽのゲームだろと、誤解するようだが」

「…………」

「しかし、その意見は間違っている! 確かにこの世には、抜きゲーと呼ばれる、エロ全振りのゲームも存在する。俺も、よくお世話になっている。でも、本番シーンが収録されているゆえに18禁指定されているだけの、神シナリオゲームが、エロゲ界隈かいわいにはたくさんあるのだ!」

「…………」

「助手もエロゲはプレイしたことが無いだろう。だから俺と一緒に、今からエロゲ沼に浸って行こう!」

「――私は今から友人くんと線香花火をしに行ってきます」

「えっ?」


 ――な、なんでだ!?


「ちょっと待て!」


 俺は、椅子から立ち上がり、部屋を離れようとする助手の手首を掴んだ。


「助手は今から、どこに行こうとしている!?」

「それはもちろん、外庭です」

「そ、外庭には行かない方が良い! 絶対に、絶対にだ!!」

「エロゲよりも、線香花火を優先したいです」

「そ、それは何を理由に……!?」

「だって……」


 助手は、小声で言った。


「私だけが、不健全な妄想を広げて、まるでバカみたいじゃないですか……。しかも、あれを想像してからの、あれやこれやの正体がまさかエロゲだったなんて……落差がド垂直すぎます」

「…………」


 俺に聞こえないようにつぶやいているのだろうが、完全に聞き取れていた。

 なるほど、そんな思惑が……。

 可愛いな、この子。

 ますます好きになってしまうじゃないか。


 そんな女の子に向かって、俺はエロゲをプレイしよう! とは……。


「…………」


 何も考えずに放った言葉だったが、冷静に考えると、なかなかに相手の気持ちを無視した発言であった。

 反省だ。


「と、とにかくです! 私は今から友人くんと、線香花火をしに行ってきます……! その手を離してください……!」

「いや。でもそれは無理なお願いだ……!」

「な、なぜですか!? そこまでして、私をエロゲの沼に浸らせたいのですか!?」

「そんな無理やりにエロゲをプレイさせようとは、思っていない……!」

「だ、だったらなぜ、私のあゆみを止めようとするのですか……!?」

「そ、それはだな……」

「それは……何ですか?」

「…………」


 うむ。

 何と言ったらいいものか。


『このまま手首を離して、助手が外に出てしまったものなら、事件の犯人である管理人にキミが殺されてしまうからだ!』


 なんて内容を直球には言えないよな。

 おそらく、困惑しか生まれない。

 俺のかまって精神から生産された世迷よまごとと捉えられる可能性が、断然に高いのだ。


「…………」


 よし。

 あの手を使おう……!


 俺は、手っ取り早い、『あれ』にすがることにした。


「じ、実はなんだがな……」

「実は……?」


 俺は、言った。


「この事件の犯人が分かったんだ……!」


 そのセリフを耳にした助手は、驚きの表情を見せた。


「…………そ、それは本当ですか!?」

「ああ……」


 唐突な探偵のカミングアウトに、彼女はでビックリした様子になっている。


「…………」


 俺は――もういっそ、犯人をバラしてしまおう――作戦に出ることにした。


 そもそも助手に牙を向ける存在は、事件の犯人である管理人だ。

 助手の死を防ぐためには、どうすることが最善なのか?

 それは、犯人を明らかにして、捕獲して、危険人物の行動に制限を加えることだと、考えた。

 実にシンプルだ。


 原作で助手が殺されたのは、犯人がまだ明らかになっていなかったのも、根本的な原因の一つだと考えられる。

 その思考が正しいのであれば、いち早く推理を済ませて、事件を終わらせることが大事だと言えるだろう。


 俺は、助手に声をかけた。


「今から、屋敷に滞在している人を全員集めてくれ。この事件に、終止符を打つ」

「わ、分かりました……っ!」


 そして、続けて助手はジト目となった。


「エロゲの件は、引きずっていますからね」

「……それは、すまん」

「……わ、私も。勝手にヒートアップして、勝手に舞い上がって、申し訳ございませんでした」


 助手は、小さな笑顔を浮かべた。


「この事件が終わったら、エロゲ……の試しプレイも考えておきます」

「…………まじ?」

「はい」


 この子は女神かな?


 ◇


 屋敷の1階中央に位置する、大広間おおひろま

 そこに現在、9人の人間が集まっていた。


 まず1人目は、俺。

 そして2人目が、助手。

 3人目は、友人だ。


 4人目からは、この屋敷の住人たちになる。


 屋敷の主人である、『家主さん』。

 その家主さんの妻である『奥さん』。

 そして二人の娘の『一葉いちは』と『二葉ふたば』。

 主に料理や屋敷内の清掃、医務等を行う『メイドさん』。

 9人目が、警備巡回や事務仕事を務める『管理人さん』。事件の加害者であり、諸悪しょあく根源こんげんであった。


 俺は、目の前の8人に注目されながら、重たい口を開ける。


「みなさん。お忙しいなか、集まっていただき、ありがとうございます」


 なんか、探偵っぽいかなと思う振る舞いを意識しながら、喋ってみた。


「単刀直入に要件を伝えましょう。事件の犯人が分かりました」


 そのセリフを聞いた瞬間――屋敷に滞在する人たちは、息をんだような表情となった。


 ちなみにだが、この屋敷内で起きた殺人事件とは、『家主やぬしさんあに殺人事件さつじんじけん』である。

 被害者は、『家主さんの兄』。

 で、彼は性格の終わっている人間、という設定だ。


 表面上は温厚だが、中身はかなりのクズ。

 金使いは荒いわ、口調も荒いわ、遊ぶことしか頭に入っていないわ、借金を重ね家主さんとその家族に迷惑をかけるわ……と。被害は身内だけにとどまらず、管理人さんとメイドさんには、上から目線で罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせたり、理不尽な命令を行ったりする――という、完全極悪非道ごくあくひどうの人物である。

 犯行の動機は、全員にあったわけだ。


 だからこそ、犯人の絞り込みが難しく、推理は難航していた――というのが原作の内容であった。


 ――しかし、もう原作通りには物語は進まない。いや、進ませない!


 何せ、俺は知っているのだ。

 この事件は、予習済みなのである。

 俺は、犯人である管理人に向かって、人差し指を向けた。


「犯人はあなたです! ――管理人さんっ!」


 ――刹那せつな


 周囲からは、驚愕きょうがくの反応が露出する。

 管理人さんは、青ざめた顔つきとなった。


「お、俺が犯人だと……!? 何をバカなことを言っているんだ!」

「バカなこと……? では今から、事件の真相を解説していきましょう」


 俺は、原作の探偵が述べていった推理をなぞりながら、解説を進めていった。

 最初こそ不満を全開にしていた管理人さんだったが、様子が徐々に変化していく。

 証拠を積み重ねれられて、口数が少なくなり、最終的には……。


「そ、その通りだ……! 俺が犯人で、間違い無い……!」


 自分が犯人であることを、認めるのだった。


 その後の展開は、予定調和であった。


 管理人を引き取る警察が離島に到着するまでの間は、彼を窓すら無い閉鎖的な一室に閉じ込めて、鍵をかける。管理人は、拘束された。自由の身ではなくなったのだ。


 つまり、事件は解決である。

 助手は、殺されずに済んだ。

 原作をプレイしていた俺の、反則的な行動を使って、推しキャラの悲しい未来は実現させずに済んだのだ。


 推理の幕を閉じたその日の夜、俺は探偵の部屋で『明日は何をしようか?』と考えながら、ベッドに横になっていた。

 もちろん、助手との交流がらみのことしか、頭に入っていない。


「遂に始まるわけだな――探偵と助手のいちゃいちゃラブコメストーリーが……!」


 ――本編スタートである!


 と、気分はすっかり日常モードとなっていた。

 しかし、これがまさか『始まりの終わり』に過ぎなかったなんて……。

 この時は、一ミリも想像もしていなかった。

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