第4話 青春ラブコメ編!

 次の日の朝。

 探偵の皮をかぶる俺は、一室のベッドで目を覚ました。

 視界に映る、木製の天井。


「見慣れない天井だ……」


 俺は、上半身を起こし、壁際の机に上に置かれている、置き鏡に目を向けた。

 やはり、鏡の面には探偵の顔が浮かび上がっている。


「推理ノベルゲームの世界に転生している説は、あながち間違っていなさそうだな」


 そんなことを思った。


 異世界転移の可能性も考えられるが、階段から転落して『これ』だから、死んで新たな世界へ転生した……の方が納得はできる。

 しかし、赤ん坊からのスタートで無いことは異質だな。

 まあ……。


「助手が可愛いなら、何でも良いのだが」


 そう。


 ぶっちゃけ、異世界に来たとか、夢の世界なのかもしれないだとかは、今更なんでも良いのだ。

 考察を深めたところで、状況は何も変わらない。

 それよりも、今は助手が生きているという事実に歓喜することが一番である。


 ――原作改変。


 俺のおこなったことは、原作改変に当たる行為だった。

 本来死ぬはずだった助手の運命を、自力で無かったことにした。

 助手は、ピンピンに生きている。

 俺は、最高に良い原作改変を実行できたと、自信を持って言えた。


「推理ノベルゲームの世界……だったここも、犯人を捕まえた現在は、青春ラブコメゲームの世界へと変貌へんぼうするのだ。他所よその殺人事件の推理なんて、これ以上はやっていられない。可愛い助手を目の前にしているんだ。ふさわしいジャンルといえば、平和な日常物語といえるだろう! ということで、だ」


 俺は、本日の計画を口にした。


「今日は――水着の日にしてやる!」


 つまり、あれである。

 俺は、助手の水着姿をおがめたい。

 ただ、それだけなのである。

 その野望が叶ったものなら、俺は理不尽な死に方で命が尽きようとも、文句は言えないだろう。


「目的が決まれば、善は急げだ」


 俺は、外出着へ着替えた。

 そして――。


「隣の、助手の部屋へ行こう!」


 そう心に決めた――その時だった。


 ――コンコン、と。


 俺の部屋の扉が、ノックされる。


「――探偵さん」


 助手の声が耳に入ってきた。


「幸運だな。まさか、ターゲットの方から会いに来てくれるとは」


 俺は、鍵を解錠かいじょうして、扉を開けた。


「おはようございます、探偵さん」


 天使が下界に降りてくださっていた。


「天国説が、実は一番有力か?」

「何を言っているんですか……!?」


 普通に不審がられた。


「中に入っていいぞ」

「は、はい。では、お邪魔します……!」


 俺は、椅子に腰をかけた。

 助手は、ベッドに座る。

『今夜の睡眠』という楽しみが、一つ増えた。


 …………この感情は、ちょっとキモイだろうか?

 でも、キモくて良いだろう。

 日本人は変態しかいないのだ。

 何も問題は無い!


「俺と何か、話したいことがあるのか?」

「はい、その通りです。現状についてになるのですが」

「現状について……?」

家主やぬしさんあに殺人事件さつじんじけんに関してです」

「ああ。何か、あったのか?」

「大したことは何も無いのですが、犯人である管理人さんの身柄を拘束する警察についての話です」

「警察……」

「どうやら、この離島に到着するまで、まだどうしても時間がかかるみたいでして」

「時間がかかる……どれくらいだ?」

「今日の5日後である8月10日に、到着する予定とのことです」

「つまり……?」

「警察の方が探偵さんとも話したいとのことでしたので、8月10日まではこの屋敷から離れられません」

「なるほどな……」


 ――ということは、探偵と助手のドキドキ恋物語は、5日という尺の中で繰り広げられるわけだな……!


「なので……」


 助手は、頬に赤みがかっていた。

 も、もしや助手の方から水着回を提案するとか、そういう神パターンか!?


「――え、エロゲ……プレイします……?」

「――なぜにっ!?」

「――昨日、探偵さんから誘ってきたからですよ……!?」

「…………あ」


 そういえば、と思い出す。

 助手が言っていたな。

 エロゲの試しプレイも考えておく――的な言葉を。

 自分でいた種が、ここで回収されるとは……。タイミングが絶妙に意地悪なのだった。


「そ、そのだ……」

「その?」

「今日は、快晴だ」

「は、はい」

「つまり、あれだ」

「あれ……?」

「ここは離島で、夏で天気も良いから、海で遊ぶのも一興いっきょうではないだろうか?」

「海で遊ぶ……」


 助手は、顔を明るくさせた。


「良いですね!」


 よかった。

 助手がインドアきょうじゃなくて。


「友人くんも誘いますか?」

「いや、それは……」

「電話かけますね」

「あ――」


 できれば、俺と助手の二人きりが良いのだが……!


 ――じゃんじゃんじゃんっ!


 そんな音楽が、扉の向こうから聞こえて来た。


 ――バンっ! と。


 俺の部屋の扉が勢いよく開かれる。


「――呼んだか!? 助手ちゃんっ!」


 友人が登場していた。


 ――いや、早すぎるだろ!?


 しかも、ここは俺の部屋なのだが。

 なんで助手がここにいると分かった?

 まあ、助手の行動フローチャートに沿って考えれば、容易に想像できることなのだろうが……。

 って、違う! それよりもだ……!


「今から探偵さんと海で遊びに行くの。友人くんも一緒にどうかな?」

「楽しそうだな! 答えは聞かなくても分かると思うが!」

「うん、分かった」


 ちっ……!

 このお邪魔虫じゃまむしめ!

 俺と助手のパラダイス空間が……っ!


 俺は、友人に対して、逆恨みの感情を抱くのだった。 


 ◇


 10時に、海へ直接集合という約束を交わして、それぞれが外出する準備を始めた。

 現在は、9時45分である。

 俺は、部屋から出ていた。

 鍵をかけ、廊下を歩く。


「あら、探偵くん」


 そして、とある女性に話しかけられた。

 俺は、その女性の呼び名を口に出す。


おくさん……」


 栗色の髪の毛に、肩位置までふわっと伸びたミディアムヘア。30代前半を想像させる見た目をした大人。

 ゲーム内での呼称は『奥さん』だ。

 この屋敷の持ち主である『家主さん』の妻にあたる人物である。

 奥さんは、俺に対して聞いてきた。


「今から遊びに行くの?」

「はい。海で、助手と友人と俺の3人で、遊びに行きます」

「良いわね。青春してて」

「青春ラブコメ編は始まったばかりですので」

「青春ラブコメ編……?」

「あ、すみません。自分の世界の話です」

「そう……? なんか、明るくなったわね。探偵くん」

「明るくなった?」


 奥さんは、柔和にゅうわな表情を浮かべた。


「探偵くんは、物静かなイメージがあったから」

「物静か……」


 ――なるほど、そういうことか。


 と思った。


 原作でえがかれていた探偵は、感情の起伏きふくが乏しい人物像だったな。

 でも今は、俺という人格が入っているせいで、当然その感情の起伏も変わるわけだ。

 奥さんは、その点に違和感を覚えているのだろう。

 この奥さんの言葉に対して、俺はどう返答すればいいんだろう?


「――人間、変わらないと前へ進めませんからね」


 テキトーな哲学的回答をすることにした。


「それにしても、すごい変わりようね。でも、私はそれで良いと思うわよ。人生、頑張ってね……!」


 なんか応援された。

 奥さん……か。

 おそらく、良い人なのだろう。


「実は、ね」

「はい……?」

「私の夫と子供も、海で遊んでいるのよ」

「そう、なんですか……」

「ええ。だから……」


 奥さんは、言った。


「よければ、殺人事件に対して、後ろ向きな感情に包まれている私の家族たちを元気づけてくれると、嬉しいわ。たぶん、嫌なことを無理やりにでも紛らわすために、海風でネガティブな感情を吹き飛ばそうと、必死になっているだけだから」

「…………タイミングがあれば、声をかけます」

「うん。海、楽しんできてね」

「はい」


 俺は、1階へ降りた。


 ――助手と最高のラブコメを形作るためにも、家主さんたちには近づかないようにしよう!


 そう。

 コメディパート気分の時に、急なシリアスパートを持ち込まれたら、純粋に困るのである。

 それに、俺は人に対して、気のいた言葉を送れるような性格ではない。

 俺にだって今日の目標があるし、だから……。


「彼らの悩みは、身内みうちの間で解決してもらおう」


 俺は、ネガティブ集団とは関わらないようにしようと、心に決めた。


 ◇


「――探偵くん」

「はい……」

「僕は、どうすることが正解だったのかな?」

「知りません」

「僕は、どうすることが正解だったのかな?」

「だから、知りません」


 場所は、横一線に広がる水色の海。


 ……ではなく、それが見えるやや遠めに位置する砂浜だ。


 俺は現在進行形で、殺人事件に対してショックを受けている『家主さん』に捕まっていた。

 なんで?

 ふざけるな。


 ビーチチェアに背中を預け、でも隣のポジに当たるはずの人物は、半径10メートルの範囲にすら存在しない。

 代わりに、屋敷のぬしであるおっさんが、また俺と同じようにビーチチェアに腰を下ろしているのだった。

 最悪だ。


 今すぐにでも離れたかった。

 でも離れようとするたびに、手首を掴まれ、強制的に椅子の上へ戻らされた。

 理不尽だ。

 しかも、地味に握力が強いし。

 だから、逃げられないという悪夢レベルの現実。


 青みがかった髪に、細い灰色縁はいいろふちの眼鏡をかけた男性――『家主さん』は、俺をシリアスパートのうずへ巻きこもうとしていた。


「管理人はね。仕事のパートナーであり、そして僕のたった一人の友人でもあったんだ」

「はい……」

「まさか、そんな彼が僕の兄さんを殺した犯人だったなんて……。管理人は、悪気があって殺したわけでは無いんだ、きっと……!」

「そうですか……」

「すべては、僕の兄さんが始めたことだった……! 僕は、実は気が付いていた……! 兄さんが、管理人に対して、人格否定レベルの悪口を言っていたこと……! でも、見て見ぬふりをした。僕の家族にも、牙が向かれることを恐れて……。もしくは、家族のためだという免罪符めんざいふを利用して、自分を肯定していた……!」

「そうなんですね」


 つらい話なのは分かったが、それを俺に話されても、何と答えたらいいんだ? という気持ちであった。

 というか、さっさと俺を開放してほしいのだが……!


 助手との……っ!

 助手との青春ラブコメ計画が……っ!


「僕は、どうすることが正解だったのかな?」

「俺にも、正解は分からないです」

「僕は、どうすることが正解だったのかなっ!?」

「声を荒げても俺の頭の中に、正解は降りてきませんよ……!」


 精神に不調をきたす気持ちも分かるが、そのケアの役割を俺に求められても困るのだった。

 俺は精神カウンセラーではないので、他に当たって欲しい……!

 そう、他に……!


「そろそろ俺も、助手との海遊びにきょうじたいのですが……」

「なるほど。探偵くんは、僕を見捨てる、ということなんだね」

「もう、そういう事で構いません」

「仮に――だけどね」

「はい?」


 家主さんは、俺に向かって、こんな仮説を持ち出した。


「僕がキミの助手に――探偵くんは困り果てている僕を見捨てたヒトデナシだったんだ――とチクってしまえば、彼女はキミに対して、どのような感情を芽生めばえさせるだろうね」

「…………」


 俺は、舌打ちをしてから、家主さんに言った。


「――どんな悩みでも、どうぞ俺にご相談くださいっ!!」

「探偵くんの優しいところが、僕は好きだよ」


 お前には言われんでいいセリフじゃ。


 ――はぁ。


 心の中でため息をつき、遠くで笑顔を浮かべる助手を見つめた。

 髪色と同じ色である、黒色のビキニを着用しており、見ているだけで興奮死こうふんししそうなビジュアルだ。しげなく露出した肌は綺麗で、付着した水滴がみょうにエッチだ。たいへんレアな光景。

 なおさら、隣のおっさんに怒りを覚えた。

 さっさと、この男の悩みを解決するしかないのか……!?


「…………」


 どうして俺がそんな望んでもないことを、しなければならないんだよ!

 不服だった。

 もしもこの世界に神様が存在するのなら、俺は神様に暴言をはいていたことだろう。

 馬鹿野郎って。


 ――そして、時刻は13時になった。


「ありがとう。探偵くんと話していたら、少し気持ちが軽くなったよ」


 そんな感謝の言葉とともに、俺はようやく無限相談編むげんそうだんへんのエリアから解放された。


「じゃあ俺は今から、友達のところに行ってきます……!」


 そう言って、のエリアから遠く離れた場所まで、早急に走る。そして、ひとちた。


「長かった……っ!」


 地獄は、地上にも存在するらしい。


「探偵さん……」


 そして、天使が俺の目の前までやってきた。


「家主さんとお話をされていたみたいですけど、終わった感じですか?」

「ああ。シリアスパートからは、何とか抜け出せれたぞ……!」

「その言葉の意味はよく分かりませんが……では今から探偵さんとも遊べる――という解釈で間違っていませんよね?」

「それは、もちろんだ」


 むしろ、半日削れたのが惜しいくらいである。

 残り半日で、マイナス分を取り返さねば。


「今から、ビーチバレーをしませんか?」


 これから、幸せライフを送ることとする。


 ――ああ。


 もしもこの世界に神様が存在するのなら、俺は神様にお礼の言葉をはいていたことだろう。推し助手と時間を共有できるなんて……。

 神様に暴言なんて、絶対にはかないね。


 俺はその後、最高の時間を過ごした。


 可愛い助手と遊び、可愛い助手と話し、可愛い助手とご飯を食べる。


 ――そして、あっという間に23時へとなっていた。


「前半パートだけ、やり直したいものだな……」


 そんなことをつぶやきながら、俺は寝間着ねまきを着用した状態で、部屋の扉の鍵を開ける。

 入室して、ベッドに横になった。


「今日はもう、寝よう……」


 部屋の明かりを消した――その瞬間だった。



「――あああああああああああああっ!!!!」



 外から、悲鳴が響き渡る。


「いったい、何だ……?」


 これは、『探偵と助手の青春ラブコメ編』終了の合図なのだった。

 当然、まだそのような真実は、知るよしもない……。

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