第2話 見た目は探偵、頭脳は助手推し。

 俺は、自身の手のひらを見つめた。


 ――違う。


 全く違う。

 いつもの俺の手とは、違う手がくっついている。

 声だって、そうだ。


「あー、あー」


 いつも発している俺の声とは、全く違う声が発せられていた。

 最近、頻繁に聞いてきた声優と同じ質のもの。


 ――探偵の声である。


 俺は、自身のプレイしていた、推理ノベルゲーム界の探偵の姿へと、変化を遂げていた。


「…………」


 ――いや、なんで?


 意味が分からない。

 意味が分からないにも、程があるのだった。


 夜道を歩き、階段から転落して、意識を失って、目を覚ましたら、視界に入る人物が俺の推しキャラ。

 そして、自分は探偵と瓜二うりふたつの見た目となっていた。見た目だけじゃない。声も、身体の中身も、全部。以前の自分と違うものとなっていた。


「…………」


 ――いや、本当になんでだよ。


 理解が追いつけなかった。

 俺は今、どんな状況に立たされているんだ?


 考えられるパターンを列挙してみる。


 まずは、一つ目。

『夢の中説』


 次に、二つ目。

『天国に旅立った説』


 そして、三つ目。

『異世界に転生した説』


「…………」


 ――数字が大きくなるにつれて、現実味げんじつみが薄くなっていくな。


 俺は、自身の頬をつねった。


「だ、大丈夫ですか!? 探偵さん!?」

「…………感覚はあるな」

「か、感覚はある?」

「ここは、夢か天国の二択だろうと思っていたが……」

「ゆ、夢か天国……??」

「――現実の可能性も十分じゅうぶんに考えられるな」

あたまちました!?」


「…………」


 つまり、である。

『異世界に転生した説』も、無闇みやみに切り捨てられない。


 ……何というか、だ。

 これが夢の類であるのなら、感覚の精度があまりに高すぎる。

『不安定さ』というものが、全くとして感じられないのだった。


「俺は、本当に探偵になってしまったのか……?」

「い、今まで何を思いながら探偵を名乗っていたんですか!?」

「俺、推理をする気なんて一ミリも無いのだが……」

「どうして探偵になったんですか!?」

「…………ん?」


 俺は、今更冷静になる。

 考えてみれば、だ。

 俺は、己の現状把握に対して、必死になり過ぎていた。

 完全に、自分の世界に入り込んでいたわけだ。


 ――そうだ。


 ここはおそらく、あの推理ノベルゲームの世界だろう。

 画面の奥に映っていた美術背景と、全く同じ部屋の内装が目に映る。

 そして、この世界には俺の推しキャラである『助手』というキャラクターが存在していた。

 現在進行形で、目の前にいる。

 あの、神様のような少女が……。

 俺を、ジッと見つめていた。


「――死んでもいいや」

「探偵さん!?」

「俺だって分かっている。これ以上の何かを求めるのは、もはや罪だ」

「な、何を言っているんですか!?」

「こんなに可愛い助手をなまで見ることができたんだ。後悔などある訳がない」

「だから何を――って……えっ?」


 ああ。

 尊い。

 助手は、尊い……!


「た、探偵さん……?」

「ん? どうしたんだ?」

「い、いま何と言いました……?」

「それは……助手が可愛すぎてヤバいと言ったわけだが」

「か、かわいっ!?」

「…………」


 ――あ。


 俺は察した。

 耳までリンゴのように赤みがかる助手。

 そして俺は今、探偵の皮をかぶっている。

 その状態で『キミは可愛い』という内容の言葉を口にした日には……。


 ――こうなるか。


「か、からかわないでくださいよ!」

「からかい……?」

「はい……! 私を可愛いって、思ってもいないのに、口に出していますよね!?」

「いや。心の底から可愛いと思って、可愛いと口に出しているだけだが」

「ぐぎょばぎごっ!!!?」


 もはや日本語すら忘れて、動揺する助手。

 やばいな。

 これ、有料ものだろ。


「現金払いで良いか?」

「対価に何を求めているんですか!?」

「もう、俺の需要は満たされた。大丈夫だ」

「私、何か与えましたっ!?」


 そんな会話をしていたら、だった。


 ――バンっ! と。


 部屋の扉が勢いよく、開けられる。


「探偵いいいいいっ! 助手ちゃあああああん!」


 男の、大きな声が響き渡った。

 助手が、声を出す。


「ゆ、友人くん!?」


 部屋に突如とつじょ現れた人物。

 黒縁くろぶち眼鏡めがねをかけ、やや高身長、体格の大きな男――ゲーム内では『友人』と呼ばれていた人物が、そこに立っていた。


 そう。友人キャラ――というやつだ。


 推理ものにおいての友人キャラは、このキャラクターは必要なのか? と思われながらも、まさかのタイミングで、意外なヒントを与えがちな、しれっと重要キャラである。

 もっとも、この推理ノベルゲームの友人キャラに関しては、『いてもいなくても、何も変わらないキャラクター』で最後まで貫き通されてしまっていたが……。

 そういう意味では、彼は残念なキャラであった。

 そんな男――友人は、俺と助手に向かって、言葉をかけた。


「あれ? もしかして俺、お邪魔虫じゃまむしだったか!?」


 助手は返事を返す。


「そ、そんなことはないよ! 全然そんなことはない!」


 俺も、言葉をはじき返した。


「自覚ありか……」

「酷くないか!? 探偵!」

「俺は友人の意見を肯定しただけなのだが」

「それが酷くないか? と言っているんだ!」

「……面倒な性格をしているな、コイツ」

「反抗期か!?」

「違う」


「まあまあ」と、助手が口を動かす。

 可愛い。


 もうこの子が喋っているだけで、俺の心が浄化されていく。

 最強の生き物か?


「……で、友人くん。どうかしたの?」

「ああ。実はな――」


 彼は、手に握ったそれを、俺たちに見せびらかした。


「――奥さんから線香花火をいただいたんだ! よければだが、今から3人で線香花火を楽しまないか?」

「線香花火……。――っ!」


 ――その瞬間であった。


 俺の脳内に、トラウマエピソードが再現される。


 ――この話の流れは……!?


「私は賛成だけど、探偵さんは……?」


 そう言って、俺の顔を見つめる助手。

 俺は、沈黙していた。


 ――この展開、この会話。そして、これから先に起こること……。

 それを想像すると――


 ――俺は、さっきまでの幸せな感情など、思いっきり忘れ去っていた。

 何せ、だ。


 ――原作通りに、話が進めば……。


 友人は、不思議な人間を見つめる目で、俺を捉えていた。


「気分が悪そうな顔をしているが、大丈夫か? 探偵」

「そ、それは……」

「まあ、無理して遊びに参加しなくても良い。俺は先にで待っているぞ」


 そうして、部屋を退室する友人。

 助手が言葉を発した。


「私も顔を洗ってからすぐに


 その言葉が、俺のトラウマを最大限に膨張させる。


 ――ダメだ……!

 ――それはダメだっ!


 ――外庭に向かったらいけない……!

 ――管理人に殺され、命を落とすという、最悪な結末が待っている!


 ――だから、ダメなんだ!

 ――原作と同じ道筋を歩んだら……!


 俺は、助手を呼び止めた。


「そ、外には出ない方が良い……っ!」

「――えっ?」


 彼女は、首をかしげた。


「外には、出ない方が良い?」

「そうだ」

「それは、なぜですか?」

「そ、それはだな……」

「それは……?」

「…………」


 俺は、助手に向かって、言葉をぶつけた。


「――そ、そんなことよりもだ!」

「そんなことよりもっ!?」

「これから、俺と二人で、線香花火よりも楽しい、あれやこれやをやらないか!?」

「あ、あれやこれや……?」


 助手は、顔をにした。


「……へやっ!?」

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