本の神様

功琉偉つばさ @WGS所属

本の神様

 少し寒い図書室。

 少し暖かい春風。

 少し暗い電気。

 少し静かな図書室。

 少し聞こえる廊下の音。

 少しかび臭い紙の匂い。

 少し日焼けした本。

 少し硬いコーティングされた表紙。

 微かにこだまする紙をめくる音。

 微かに聞こえる君の呼吸。

 微かに香る暖かい君の匂い。

 触れていないのに、離れているのに微かに感じる君の暖かさ。

 ちょっと考えてしまう君のこと。

 そんな些細なことが僕の人生を変えた。


◇◆◇


 静かな図書室で僕と君は本を読んでる。今は長い一日が終わろうとしている放課後。周りの喧騒から抜け出してこの図書室に来た。


 別にみんなと話すのが嫌いなわけじゃない。別ににぎやかなことが苦手な訳でも無い。だけど、みんなの速いペースの会話についていくのは疲れてしまう。みんなとあまり話さない僕を見て一部の人は変な目で見たけれど別に僕はありのままでいる。


 だから僕は本のところに逃げてしまう。本は待っててくれるから。


 一応必要最低限の会話はするししっかりと友だちはいる。会話の輪にも入るけど静かな方が好きだっていう本当のことは、本と一緒に胸の本棚に隠してる。


 頭が良いって周りに言われて先生に勧められてこの学校を受験した。


 そう表向きに入っているけど本当は学校説明会のときにここの図書室に来て気に入ったから頑張って勉強した。


 この学校の図書室は入学した日に一番に向かった僕の居場所。中学校の図書室よりも広くて使いやすい。中学校の頃より長く居ていい。そんなこの図書室に僕はずっと籠もっていたい。そう思ってた。


 でもあのときから僕は変わったんだ。


◇◆◇


 そのときは唐突にやってきた。


「ねえ、なんの本を読んでるの?」


 いきなり話しかけられて僕は驚いた。入学してから一回も図書室では話しかけられなかった僕が話しかけられたこの瞬間。もう1年生の冬休みも終わった1月。


「ねえ、なんの本を読んでるの?」


彼女はいきなり話しかけてきた。名前も知らないはずのこの僕に。僕は戸惑いながらも声を出した。


「ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』…」


「それ、『はてしない物語』なんだ!すごい綺麗な表紙だね。私小さい本でしか読んだっことがなかったから。でも、この本面白いよね〜」


「そうなんだよ。バスチアンみたいにこの本を読んでたら本の世界に入れるかなって。自分がもし、物語の中に入れたら…って考えるのが楽しいんだよ。」


 本をの話題だったことが嬉しくつい早口になってしまった。彼女はなぜか笑っている。


「あっ ごめん」


「大丈夫大丈夫。私もこの本好きなんだよね。」


 そう彼女は笑いかけた。暖かい陽の光が少し肌寒いこの図書室に差したようなきがした。


「本読んでるのに急に話しかけてごめんね。私は3組の桜川愛菜さくらかわあいな。よろしくね」


「あっ僕は8組の日下部黎くさかべれい。よ、よろしく」


これが僕、日下部黎の人生…と言ったら大げさに聞こえるかもしれないが、とにかく大切なことが変わった瞬間だった。


◇◆◇


 僕は何でもないただの本好きの高校生。この学校、南高校の図書局に入っている。こないだまで3年の先輩が4人いたけど、引退して今は部員一人になっている。2年生はいない。

 

 今は特にやることもなくいつも通り独りで本を読んでいる。

 

 図書局では本に対しての研究や討論会などをしているが、他にあまり目立ったことはしていない。この学校には司書の先生がいて、貸出などの業務をやってくれているので、僕は仕事がない。と言ってもこの図書室を利用する人は個々最近見かけていない。時々嫌そうにレポートのために新書を借りに来る人がいるくらいだ。本を読みに来る人はそうそう居ない。


 さっきも言ったが、僕は別に人付き合いが苦手な訳では無い。いじめられているわけでもない。ただ本が好きだから…そんな今日もそんな理由で本を開く。

僕はお母さんに小さい頃から本を読み聞かせされていて、次第に本が好きになった。

だから1日中のほぼすべてを読書に費やすこともあった。


 もちろん小学校の時は友達と中休みや昼休みにグラウンドや体育館で一緒に遊んだし、放課後に家に行って小学生らしくテレビゲームとかもした。でもテレビゲームはいつかは飽きるし、中学生頃になるとみんな(ここでは同級生の人たち)めんどくさくなって昼休みに遊びに行くことが少なくなった。


 中学生の頃、みんなは廊下に出でたくさん喋ってる。別に話の輪に入れないわけでも、入れてもらえないわけでもないけど僕はよほどなことがない限り自分から輪の中には入っていかず、本を読んでた。理由は前に言ったとおりだ。


「本をたくさん読むのは偉いね」


「どうやったらそんなに本を読めるの?」


 そんなふうに周りの大人達は僕に言う。でも


「好きだから。面白いから」


ですべてを貫き通してきた。


 好きなものの理由は好きだから。それが一番シンプルでなおかつ明瞭な答えだと思う。『好き』を表すのに特別な言葉はいらない。

 

 さっき友達がいないわけでもないといったが、幸運にも僕は友だちに恵まれたらしく、大多数の友達は僕を変な人呼ばわりしたり、無視したりしないでくれた。でも、本の面白さを共有することができる人はあまり、いや全く居なかった。


 中学校の時もほんのことで話せる人がいるかなと思って図書委員をやっていたけど、本のPOPを作ったり、本の紹介をしたりしてそのまま時間が過ぎていった。周りの図書委員は


「図書館の業務がめんどくさい」


などと言って次々と変わっていった。


 どうやら本好きはこの時代では珍しいらしい。みんなは


「頭が悪くて長い小説とかは読めないんだ。」


なんて適当なことを言って遊びに行った。


 司書の先生は僕の気持ちを少しは分かってくれたが、やっぱり同じ本について語るのはむりだ。同じくらいの年代じゃないと感情などを共有するのは難しい。いや内容の捉え方が違う。そう中学生の僕は悟った。


 だから高校受験のとき、周りに同じレベルで話をすることができる人は居ないのだと勝手に決めつけて、生きたい学校をあまり見つけれずにいた。


 そんな中、先生に進められて行ったこの学校。僕はこの図書室に引き寄せられた。


「僕はこの高校に入るんだ。」


 そう感じた。この高校の偏差値は結構高かったが、幸い僕はテストでは点数が取れた。175人の学年で10位以内に入るくらいだったので、図書室に自然と引きよれられてしまったこの高校。南高校に入学することができた。南校は県内では1位の進学校だったため、3年の冬はとても頑張った。なんてったってあの3ヶ月は本を読まなかった。そして、


「こんな良い図書室がある学校なら本が好きな人も何人かはいるだろう。」


そう思って期待を胸に入学した。


 でも最近の高校生もあまり本を…紙の本を読まないらしい。みんなスマホで漫画などを読んでる。だから僕はこうして図書室で、誰も居ない図書室で静かに本を読んでいた。


◇◆◇


 私は桜川愛菜さくらかわあいな。花の高校1年生!部活は中学の時もやってたバスケ部に入っているの。南高校の先輩たちはみんな可愛くて頭も良くて優しくて…本当に尊敬しちゃった。


 でもこないだの11月の新人戦でアキレス腱を切っちゃって、来年の夏までバスケができない。私は泣いた。とても悔しかった。もう2年生の先輩とバスケができないって。3年生の先輩は夏の高体連のときにもう引退していた。先輩たちは


「怪我が治ったら引退しているかもしれないけど、一緒にバスケしようね。」


って言ってくれた。でもすごく悔しかった。


 バスケができない中、私は心が空っぽになった。高校になってから友だちもできたけど、中学の時の子達より仲良くなれていなかった。中学の時は何かがあったらみんなのところで泣いていたのに…今はそれができない。心を開ける仲間が居なかったのはとてもつらいことなんだなって感じた。別にバスケ部の仲間のところに行っても良かったけど、部活中に迷惑なんじゃないかと思ってためらっていた。


 そして1ヶ月が過ぎた。やっと歩けるようにはなった。でも一回練習を見に体育館にこっそり行こうとしたとき、体育館を見て胸が痛くなった。


 なんであそこで怪我しちゃったんだろうって。そして体育館の入口に居たら引退した3年生の元キャプテン(私が一番好きな先輩図書局と)が声をかけてきて、


「本でも読んでみたら?今の愛菜におすすめの本があるの。多分これを読んだら少しは心が軽くなるよ」


 その先輩は図書局とバスケ部を兼部していた。


 そうして勧められた本は私と同じ高校1年生の女の子の物語だった。自分はもうすぐ死んじゃうってわかっているのにそれでも毎日、一生懸命に生きていく。先輩が好きだって言うのも納得するくらい、悲しいけどとても優しい物語だった。


 そして私は思い出した。私は本が好きだったって。過保護な親のおかげで小学校の時から沢山本を読まされてきた。ジャンルを問わず、たくさんの本を読まされてきた。でも少しも嫌だとは思っていなかった。少なくとも本のことだけは。


 でも中学校の時はバスケにハマって本を読むことを忘れていた。でも私は思い出した。本は元気を与えてくれる。勇気、わくわくも与えてくれる。そんな本を私は大好きだったって。いや、今でも大好きだって。そうして冬休みの間はたくさん家の本を読んだ。


 冬休みが終わって、私は小学校の時みたいに学校の図書室を訪れた。そして一人で静かに本を読んでいるあなたと出会った。静かに紙をめくる乾いた音。私の好きな紙の匂い。すべてが調和していて思わず声をかけてしまった。


◇◆◇


 君が話しかけてくれた日から僕の毎日が変わった。


「私、今日半年くらい前の図書室の説明会?の時から初めてここに来たんだよね。なんか本を読みたくて。ここって何時まで空いてるんだっけ?」


「5時までだよ。」


「えっ、あと1時間だけ? ゆっくり読めないじゃん」


「えっと、僕は部活に入ってるから僕がいる限り一応7時までいれるよ。今日は僕も最後までいる予定だったし」


「そうなの! えっ じゃあ居ていい?本を借りてもいいけど図書室のほうがなんか読みやすそうだし…」


 そう言って君は少し遠慮気味に明るくはしゃいだ。僕は本当は6時位で帰ろうと思っていたけど図書室に自分以外の人がいるのがなんだか嬉しくて、君がいるまでいることにした。


「あっ、あったあった。これ、知ってる?」


「『星の王子さま』だね。もちろん知ってるよ」


 星の王子さまは不朽の名作だ。僕はもちろん小学校のときに読んだし、内容はだいぶ覚えている。


 「私ね、この本だけどうしても家になくて。でも今更買うのもなんかおかしくて読みたいな〜って思ってたの」


「そうなんだ。よかったね」


 僕は君が軽く話してくれるので少し戸惑った。なんかそっけない返事になってしまったが、これで良いのだろうか。ここだけの話、僕はあまり、というかほとんど女子と話したことがない。だけど笑う君はとても輝いていて思わず見とれてしまった。


「ここに座ってもいい?」


 そう言って君は僕が返事をする前に僕の前の席に座った。少し肌寒い図書館に勘違いではなく、春の暖かい風が吹いたようだった。僕は目の前に誰かがいるのが久しぶりすぎて、あまり本に集中できなかった。


 物語の中ではバスチアンが本の世界の中に入っていくときだった。だから僕も自分はなにか現実とは違う本の中に入っているのかと思った。そうでなければこの状況は説明がつかない。なんてったって、いつも僕以外誰も居ないこの図書室に、他に誰かいるなんて想像もできないからだ。


 『人間が想像できることは、人間が必ず実現できる』


 と、かの有名なSF作家、ジュール・ベルヌは言った。対偶を言えば、


『人間が想像できないことは、人間が実現できるはずはない。』


 ということ。僕はこれが現実なのかわからなかった。


 そんな事を考えていると、君と目があって僕は気づいた。これは現実で、僕にはなにか大変なことが起こっていると。


 夕焼けに照らされて少し赤みを帯びた君の顔にいつもより多い紙のめくる音。僕にとってはそのどれもが現実離れしていて、


 「今日はありがとう。また来てもいい?」


 と君が聞いてくれるまで夢の中にいるようだった。帰りの電車はいつもより時間が遅いのでちょうど帰宅ラッシュと被り、少し混んでいたし、いつもより暗くて寒いはずだったのに僕の心はなんだかとても暖かかった。


◇◆◇


「ねえ、今日一緒に帰ろ」


「別にいいけど…」


「あれ?れいって帰りどうやって帰るの?」


「下り方面の電車だよ」


「やった!じゃあ同じ方面だ。昨日は帰る前に先生に呼び出されちゃったから…」


 次の日の放課後、図書室に行くと君は昨日と同じ席にいて、話しかけてきた。いきなり黎って呼び捨てで。やはりこれは現実ではないのでは…


「もうこんな時間!時間が経つのは早いなぁ〜」


 6時頃、僕と君は帰路についた。隣を歩く君はとても華奢でほっそりとしていた。一応僕は173cm(クラスの中で平均より少し高いめ)なので君の頭は僕の顎くらいだった。


 2月なのでまだ太陽が出ている時間は短く、もう夕日が水平線の彼方にある。


 「よかった〜 一緒に帰れる人が居て。私、バスケ部なんだけど怪我して最近行ってなくて…バスケ部の友達以外に一緒に帰れる人居なくてさ。黎ってなに中?私光野中」


「僕は光野北中」


「あっ、じゃあちょうどお隣さんだ。私、前に練習試合で行ったことあるよ」


「そうなんだ」


「北中ってことは…どこで降りるの?」


「光野中央駅だよ。家がだいぶ南側にあって」


「じゃあ同じだね」


 そう笑う君は夕日に照らされて輝いていた。


「じゃあまた明日ね。 バイバイ」


 君は駅前の分かれ道で手を振ってくれた。こうやって他の人に手を振ってもらったのは中学校を卒業してからしてから一度もなかったので、なんだか嬉しかった。


◇◆◇


「おはよう。奇遇だねぇ」


次の日の朝、駅につくと同じ車両に君が乗っていた。


「桜川さんどうしてここにいるの?」


「別に、ただの偶然だよ」


 毎朝、学校へは約40分くらい電車に揺られていく。8時半までに着けばいいけど、人混みは苦手なので少し早めの7時発車の電車に乗っている。でも君を電車で見たことがないはずだ。少なくともここ1,2ヶ月は見ていない。


「どうしたの?そんなに驚いた顔して」


「いや、別に」


「今日も一日頑張ろう!」


 君はなんか楽しそうだ。


 そして放課後、僕は地域の高校の図書局が開催する<高校生図書研究会>で発表するプレゼンテーションの準備をしている。高校生が集まって本について語り合う、貴重な図書局としての活動の一つだ。


 僕はだいぶ古いがあの有名なジュール・ヴェルヌの本と時代の関連性についてまとめて発表しようと思う。学校には『海底二万里』、『二年間の休暇(十五少年漂流記)』、『神秘の島』、『地底旅行』などの有名作品はもちろん、『月世界へ行く』や『八十日間世界一周』などといったマイナーな本もあった。


 僕はどの本を読んでいても現実の歴史的背景や、考え方が含まれていると思った。そんな内容で、今日から2週間ほどかけてスライドを作成していく。今は何でもオンラインだスライドだなんだかんだと言って端末で作業させられる。別に僕は嫌いではない。どちらかと言うと電子機器の扱いはこう見えても得意な方だ。


「わぁ、どうしたのこの大量の本」


僕が来た少しあとに君が入ってきた。


「図書局のの研究会で使うんだ」


「研究会?」


「そう研究会。これ全部読むんだ」


「……」


「えっ、変かな?」


「そりゃ誰も話しかけないわよ」


「日下部くんは特別というかだいぶ変わってるわよ」


司書の雨宮さんにも言われてしまった。司書の雨宮琴音さんは南高校の学校司書であり、授業の実験のアシスタントの先生だ。


「そうやってやっと出来た友達を引かせてはだめよ。また一人ぼっちになっちゃう」


「えっ…」


「3年生の先輩たちもドン引きしてたわよ。『日下部は本を読むのが早すぎる』って。 しかも流し読みかと思ったらしっかりと内容を把握しているのだから… 本当にすごいわ」


僕は重要な事実に気づいてしまったのかもしれない。


「ま、まぁ頑張って。私にはまだ手伝える段階じゃないかも…」


「うん、ありがとう?」


 その後久々にすごく集中して(ほぼヤケクソだ)、一気に2時間で3冊を読んだ。どれも素晴らしい小説だった。時代はアメリカの独立運動としっかり重なっており、今はない考え方で…おっと、また誰かに引かれてしまう。


「流石にあの量は… 本好きの私でも無理よ」


「一回ハリーポッター一気読みを中学の時やってみんなにドン引かれたな…」


 本を全部読み終わった日の帰り道、僕は君に説教?をされた。


「だいたい。あの量の本を…何冊あった?10冊くらい?一気に読むなんてホント無理」


「いや、あのうちの何冊かは解説を読むためであって、しっかり読むわけじゃないよ」


「解説?なにそれ? 私読んだことないかも」


「たまに本の最後の方に載っている、有名な人?とかのその本に対する意見や、見解が載っているところだよ。古い昔の本の場合は訳者が書いていることが多くて、あまり表に出ていなこととかに触れられていて面白いよ」


「ネットととかを使ったほうが早いんじゃないの」


「いやwikiとかは信憑性が薄いし、それにネットだと見つけにくいからね。それに本のほうが読みやすいし…」


「それは黎だけじゃないかしら」


「そうかな。でも同じことを思ってくれる人がどっかに居たらいいな」


「まあ…でもその気持ち少しわかるかも。なんか聞いてからだけど電子書籍って扱いにくくない?」


「わかってくれる? なんか画面が光っているのは少し読みづらいし、本って途中で読み返したいときとかあるよね。その時に電子書籍だったら戻るのが大変だし…」


「確かに言われてみればそうかもね。」


「最近紙の本がだんだん減ってきている感じがするし、でもやっぱり一番の理由は本の質感かな。触り心地とか、匂いとか。本は中に書いてあることだけじゃないもん」


「私も図書室の本の匂い好きだな〜」


「あの匂いの良さがわからないと人生もったいないと思うよ。だってなんか本の匂いって時間とともに変化するんだ。買ったばかりの本は、新しい本は少し表紙の匂いが付いているし、本棚にずっとある本は樹みたいな匂いがするし…まあ埃の匂いとかもあるけどね」


「なんか今日はよく喋るね。なんか楽しそう」


「そうかな。だって本の研究会だよ!」


 君は僕を見てすごい笑っている。何がおかしいのだろう。

 

「まあいいや。じゃあバイバイ。また明日」


「バイバイ」


 今日は僕も小さく手を振った。 


◇◆◇


 <高校生図書研究会>は8月と2月の年に2回開催される。南高校はもちろん、北高校、中央高校、西高校、東高校、光野高校などの公立高校の図書局が開催している。

前回は3年の先輩が居たから発表はしなかったが、今回はたったの一人なので、しっかりと南高校の代表として発表しないといけない。


 研究会は発表(7分間)→質疑応答(3分間)を1校ずつ行い、最後に心いくまで討論するというシンプルながら、まる1日かかるイベントだ。毎回だいぶ個性的な発表をするところが多いらしく、聞くこちら側もある程度の知識がないと理解することが出来ない。この研究会は楽しいが、研究会のために勉強しないといけないことがたくさんある。


 しかも今回の開催会場はこの南高校。なんか東西南北で会場を交代しながら行っているらしく、運がいいのか悪いのかわからないが(といっても高校生活の中で5回出場することができるので、一周はする)とにかく大変だ。


「まぁ日下部くんなら大丈夫だと思いますよ。研究会って言ってもそんなに堅苦しいものではないから。みんな最後の討論の時はお菓子を持ってきてわいわい…といっても所詮は図書局の静かな子達だからね。まあ楽しそうにやっているわよ」


「でも一人なんですよ」


「ねえ私も行ってもいい?なんか楽しそう」


「でも… 雨宮さん…」


「あら、いいんじゃない? せっかくだから桜川さんも入部したら? 桜川さんはバスケ部以外入っていないでしょ。この学校3部まで兼部できるから」


「やった!」


「じゃあ私から山崎先生にお願いしておくわね」


 山崎先生というのは女バスの顧問だ。まだ27歳と若く、優しくて人気のある女性の先生だ。ちなみに担当の教科は生物だ。君はとてもはしゃいで喜んでいた。


「これからよろしくね黎♡」


 僕は部員が増えて嬉しいのだが、なんか疲れてきた。


 そして研究会の前の土曜日、僕たちは図書室で研究会の準備をしていた。研究会の会場は、図書室の読書スペースの机を避けて、広い空間を作り、机をくっつけて人数分の席を用意する。全部で25人だ。また発表用のスクリーンを出したり…としていたら大事なお菓子とお茶という存在を忘れていた。二人だと準備から何まで大変だ。桜川さんが図書局に入ってくれて良かったと思っている。


 ということで僕たち二人はお菓子の買い出しに行っている。


「南校って制服ないからなんかデートみたいだね。」


「スーパーでデートってあり得る?」


 そんな君の軽口に答えながらお菓子を買っていく。僕は結構話すのに慣れたらしい。買うお菓子の量は25人もいるので結構な量になる。一人の参加費は200円、あと顧問の先生方の分もついでに買っていかなければならないので生徒の分で5000円、先生方の分で1000円。しっかりと使い切らなければいけない。そこで個包装の大きめのチョコやクッキー、ラムネ、グミ。あとは定番のポテトチップスなどをなんとか税込みで5000円分買った。残りの1000円はお茶代だ。悠長にコーヒーや紅茶などを入れている暇はないと思うので、全てティーパックとインスタントにした。


 実は僕は大の紅茶好きで、紅茶はしっかりと100度の熱湯で2〜3分蒸らしたり…というふうにじっくりしっかりといれていくのが好きだが、時間がないはずなのでしょうがない。


 図書室に帰ってきて、机に5000円分のお菓子をズラッと並べるとその景色は壮大なものだった。


「はわわわわ こんなにたくさんお菓子夢見たい」


 君はとても目を輝かせていた。確かにこれだけ大量のお菓子を見る機会はあまりないかもしれない。


◇◆◇

 

 ついに本番の時が来た。次々と他の高校から参加する図書局員が集まり、図書室は僕が今までに見た中で一番(説明会のときの方がいたかもしれないけど)混んでいた。


「南高校1年の日下部黎です。今日はよろしくお願いします」


 なんと僕が司会をやることになっていた。もちろん開催校だからあたりまえっちゃあ当たり前だけど、僕はめったに人前で話したことがない。10人以上の人に対して話すのは小学校の委員会… いや中学校の図書委員長としての生徒総会以来かもしれない。


「「よろしくお願いします」」


「それではまず北高の皆さんお願いします」


「はい、皆さんこんにちは北高校2年の吾妻懸あづまかけるです。今日私が紹介するのは…」


 といったようにそれぞれの発表が始まった。北高校は絵本に対しての研究発表だった。僕は最近あまり絵本を読んでいないから意外と新鮮で面白い話だ。隣の君はなんだかすごく集中して話を聞いていた。


「と、このように絵本は子どもたちはもちろん、大人まで楽しめるような工夫がたくさんありました。以上で北高校の発表を終わります」


「北高校の皆さんありがとうございました。 それでは質疑応答の時間にしたいと思います」


…そうして発表はどんどん続いていった。


 そしてお待ちかね、討論会だ。


「日下部くんだっけ? 僕は北高1年の森林太郎です。よろしく」


「よ、よろしくお願いします」


「そんなに固くならなくていいよ。 同い年なんだし」


「そうだね。ありがとう。 森くんって…名前、森鷗外の本名と同じだね」


「そうなんだよ。気づいてくれた? なんか親は知らなかったらしくてね。まあ二人とも日本文学はあまり知らないし。 それより、ジュール・ヴェルヌの発表面白かったよ」


「ありがとう」


「確かに、SF小説だとしても昔の人たちの考え方って斬新だよね。 まさか大砲で月に行こうとするなんてね」


「だよね。なんか今は出来ないようなユニークな発想が多くて。なんか今は当たり前となっている常識により縛られないと言うか、なんか絶対に実現できないのに現実味があるというか…」


「H・G・ウェルズとかもそうだよね、タイムマシンとか透明人間とか…何か本当に昔あったんじゃないかって思わされるよね」


「書かれたのが昔だからこそ、できる芸当だよね」


僕はこんなふうに話せる友達が初めて出来てとても嬉しかった。


「なんか黎楽しそう」


「そりゃそうよ。あの子ずっと一人で居たんだから」


「あんなにはしゃいでかわいい」


「なんか青春だわね。」


 雨宮さんと君がこんな風に話しているのを僕は知る余地もなかった。


「はあ。やっと終わったね」


 解散したのは始めてから7時間後の6時だ。結構時間がかかった。本のことに夢中になって興奮していたのは僕だけではなかったらしい。


「でも楽しかったね」


「うん。林太郎くんと仲良くなれたし、『今度一緒に本について語り合おう』だってさ」


「私もだいぶ楽しめたよ。しおりちゃん可愛かった…」


 栞ちゃんという子は東高校の1年生の子だ。


「また研究会出たいなぁ」


「8月にまたあるよ」


「今度は私も発表したい!」


「いいんじゃない?もう図書局員だし」


「よし。 今からテーマ考えるぞ!」


「それは気が早いよ」


「ふふっ」


 夜の図書室が笑いに包まれた。


◇◆◇


「はあ。やだよ〜定期テスト嫌だよ〜」


 今日から定期テスト1週間前。もう3月だ。南高校のテストは他の学校に比べて遅く、修了式の一週間前に行われる。


「なんでテストなんていうものがこの世に存在するの?」


「昔、中国の隋の時代での科挙っていう官僚の選抜試験が始まりらしいよ」


「そんなことどうでもいいの」


君はなんだか怒っていた。


「あ〜あ、化学とか、英コミとかホント無理、化け物学と英じゃん」


「それは口に出したらだめなやつだよ」


「いいもん。先生いないし」


「まあ、そう言わずに…英語は僕も得意じゃないけど化学なら教えてあげれるよ」


「本当に! ありがとう!さすが理系図書局員!」


 放課後の図書室ほど勉強に適している場所はこの世にないと思う。特に人が少なければなおさらだ。テストは10教科、現国、言語、数学、英コミ、論表、化学、生物、地理、歴史、そして保健だ。この10教科を4日間かけて受ける。


「何?この酸と塩基って。モルモルモルモルモル…無理。ねぇ別にpH値なんて計算できなくてもいいよ」


「いや、テストだから。」


「中和滴定だって… 実験でやったけどフェノールフタレインが真っ赤になって失敗したし…」


「そういう時は、 これ。 図解・実験マニュアル!」


「なにそれ」


「これには色々な実験の方法が写真なんかと一緒に載っているんだよ。中和滴定は…P374、開いてみて」


「あっ、やり方が載ってる!」


「でしょ。こういうのを使って勉強をしているんだ。去年の受験のときも一人で図書室で勉強してたな…」


「ありがと」


こんな感じでテスト勉強進めていった。


「喉乾いた〜甘いものほしい〜」


君は席を立ってフラフラしだした。


「紅茶いる?」


「えっ紅茶淹れれるの?」


「うん。雨宮さんがポットを持ってて、『司書室にあるから使ってもいいよ。』って。ほら、こないだの研究会の残りのティーパックもあるし、ティーカップもあるから」


「えっ、黎の淹れた紅茶飲みたい!」


「アッサムとアールグレイあるけどどうする?」


「どれが一番いいの?」


「僕が一番好きなのはアッサムティーだよ」


「じゃあそれで」


「砂糖はどうする?」


「う〜ん、じゃあ一応1個」


「了解」


「あっ私もお願い。アールグレイでね。砂糖はなしでいいわよ」


「雨宮先生もですか。了解しました」


 いつの間にか司書室に雨宮さんがいた。紅茶を淹れる時は(だいぶ常識のことだけだが)沸騰した熱湯を使う。沸騰してすぐのお湯を茶葉が入ったティーポットに入れ、3分蒸らす。そうすればしっかりと濃い紅茶ができる。


「お待たせ。はいどうぞ」


「ありがとう。 あっつ」


「気をつけて。3分蒸らしたと言ってもまだ熱いよ」


「あっでも舌が慣れてきた。 あったかい〜そういえばこないだのお菓子って残ってたっけ?」


「ここにあるわよ。はいどうぞ。」


「ありがとうございます!よし、がんばるぞ!」


 5時半になると日が沈んできた。日が沈むのがどんどん遅くなってきた。暖かい春の便りが来たようだ。


 

◇◆◇


「何が暖かい春の便りだ。」


 今日はテスト当日。何故か猛吹雪がやってきた。


「寒い……」


「きゃあ」


君は風に煽られて転んでしまった。


「大丈夫?」


「うん。ありがとう。 あ〜でも痛い。は〜あ。 ほんと嫌になっちゃう」


 何度も転びそうになりながらもなんとか学校にたどり着いた。ちなみに話していなかったが、偶然?電車が一緒になった日以来、僕たちは一緒に登校している。


 教室に着くと、やっぱりとても寒くて、テスト中は生きた心地がしなかった。


 「やっと終わったよ〜」


 4日間の激戦、天候も、テストも終えた僕らはいつもの図書室で紅茶を飲んでいた。


「化学だいぶ解けたよ。中和滴定と量的関係のところとかしっかり出来た。でも数学が難しかったな〜 次は数学をもっと頑張ろうっと」


「とりあえず二人ともお疲れ様。はいどうぞ。テスト期間中結構暇だったから、クッキーでも焼いてきました!」


雨宮さんが美味しそうなクッキーを持ってきてくれた。


「わあ美味しそう。 ありがとうございます」


「雨宮さんお菓子作れたんですね」


「当たり前じゃない。どれだけ薬品の分量の調節に慣れていると思っているの。多分この学校で2番目くらいに料理は得意よ。流石に家庭科の佐藤先生にはかなわないけど」


「サックサク! おいし〜」


「ふふっ。ありがとう。私、図書局員の子にはたまにお菓子作ってあげてるんだ。図書局に入っているとラッキーだからね」


 その日の帰り道、今度こそ間違いなく春の暖かい風が吹い……ていない。外はまだ寒かった。


「寒い〜もう本当にやだ。寒いの嫌い。手がかじかんで痛いし… 黎の手あったかそう」


「うん? ああ手袋はいているからね。貸す?」


恨めしそうな顔をしていたので遠慮気味に聞いてみると


「えっいいの?ありがとう。は〜あったかい。ぬくもりを感じる」


「そんなに変わる?」


「ぜんぜん違うよ。ありがとうね(テヲツナイデホシカッタノニ…)」


「何か言った?」


「ん〜ん な〜んでもないよ」


 あと1週間で修了式、1年生で居られる時間ももう少しだ。明日こそは暖かくなるといいな…


◇◆◇


 図書局員の春休みは本の蔵書点検に追われる。


「何?蔵書点検って。 えっ仕事があるの? 部活なのに?そんなの聞いてないよ」


「毎年やらなきゃいけないんです。 春休み中にやるからね」


「え〜〜 まいっか。 どうせ春休みは暇だし」


 蔵書点検とは、図書室にある本がなくなっていないか、しっかりとコンピュータに登録されているかを確認するいちばん大変な作業だ。この南高校の図書室には全部で約20800冊ある。その一つ一つすべてを手作業でバーコードを読み取る。そして、違う本棚にあったら、それを本の本棚に入れ替える。人海戦術でやるしかない。


 流石に雨宮さん一人にやらせるわけにも行かないので、こうして毎年図書局員が『局としての活動』という名目を付けて手伝っている。バーコードリーダーで延々とスキャンする作業を繰り返すのだ。


「もっといい方法ないかな?いちいちスキャンして確認するの大変すぎるよ〜」


「パソコンを動かせたらいいけど無理だからね」


「あ〜あ、いつまでかかるかな?」


「今日はとりあえず12時までに一人500冊終わらせよう」


 そうして淡々と作業をしていった。


「やっと終わった! お腹すいた〜ご飯食べに行こうよ」


「いいよ。 じゃあお疲れ様です」


「はい、お疲れ様。ありがとうね」


そうして、僕らは駅にあるハンバーガー屋に行った。なにげに女子と…いや友達と外食をするのは初めてかもしれない。


「今日でやっと10分の1か。あと9日で終わるな」


「もう、やっと今日の分終わったのに、あと9日とか言わないでよ。せっかくの達成感が薄れちゃう」


「3人は無理があるよな〜」


「来年はたくさん入部してくれるといいよね。2年生は0人なんでしょ」


「次3人以上入ってこなかったら、まぁ廃部にはならないだろうけど、生徒会からの活動費が減らされちゃう。なんとかしきゃな〜」


「一応局だけど同好会より上の管轄なんでしょ」


「そのはずだよ。前期が5人以下が2年続くと同好会レベルになっちゃう。今年がタイムリミットだし…」


「もしかしてあの司書室のお菓子とか備品って…」


「そう。活動費から出ているよ。購入している本とかは学校図書のなんかで別会計だけど買えるものが少し減るね。」


「頑張って新入部員を増やさないとね。兼部も可能ですよ〜って」


 こんな感じに残りの9日間も過ぎていった。


「どっかに他にも人を誘って遊びに行かない?」


「いいけど…僕、あまり知っている人いないよ。僕と遊んでくれる人なんて…」


「本当に?南校に居ないことは否定しないけど。他の高校には居るでしょ」


「いや、ちっともフォローになっていないし…他の高校?」


「じゃ〜んこれ見て」


 君はスマホを見せてきた。


「えっ林太郎くんと栞さんの連絡先!?」


「こないだの研究会のときに交換しておいたんんだ。グループ作るね」


 そうしてこんな感じに会話が進んでいった。


愛{ねえみんなで遊びに行かない?}


林太郎{いいね 僕はいつでも暇だけど。 どこに行くの?}


栞{私もいいですよ。みんなと遊んでみたい!}


愛菜{じゃあどうする?}


林{博物館とかどう? 多分、今源氏物語展やってるよ}


黎{あっ見たかったやつだ}


愛菜{じゃあそうしよう! 今週の土曜日とか空いてる?}


栞{私は大丈夫だよ}


林{僕も}


黎{僕も}


愛菜{じゃあ土曜日の9時に光宮駅の変な像の前集合でいい?}


栞{わかりました!}


林{OK}


黎{了解}


 そして土曜日、僕は友達とどっかに行くのは初めてのことなので、勝手がわからなくて約束の30分前に着いてしまった。なので僕は駅の中にある本屋に行き時間を潰してみんなと合流した。


「栞ちゃんかわい〜」


「愛菜ちゃんだっておしゃれだよ」


何やらガールズトークが始まっている。


「この髪飾りかわいいねどこで買ったの?」


「北光宮駅の雑貨屋さんだよ」


 …女子の話は大抵長い


「まあ…行くか」


「そうだね。早く見たいし」


 やっぱり林太郎くんは話しやすい。


「わぁなんか神秘的。」

 

 今日行く博物館では源氏物語展と言って実際に源氏物語絵巻が展示されていた。平安時代に書かれたこの絵巻はその歴史がしっかりと感じられた。栞さんは何やら源氏物語の文字を直接読もうとしているらしい。


「かな文字読めるの?」


「うん。書道をやっていて、平安仮名なら何となく読めるよ ここらへんは桐壺じゃないかな。 あの最序盤のところね」


「そうなんだ。すごいね」


 源氏物語絵巻の文字は僕には読めないが、なんか絵とも相まってとても芸術的だった。全部回った後、


「本当にすごいよね。1000年も前のものがこんなにきれいに残っているなんてね」


「それに今では日本だけじゃなくて海外でも愛されているからね」


「時代を超えても愛され続けている作品。なんかいいね」


「そうだね…」


 と、桜川さんと話していた。するとお昼も少し過ぎて2時くらいになっていた。


「ねえお昼どうする?」


「近くに軽食も食べれるカフェがあるよ。私1回行っていってみたかったんだ」


桜川さんは目を輝かせている。


「いいんじゃない。そうしよう。林太郎くんもいい?」


「いいよ。それに僕あまりガッツリ食べないほうだし」


 そうしてみんなで最近流行りだというカフェに行ってみた。今日は初めてのことばかりで常に緊張している。


「ねえどうする?私このケーキ食べたい!」


「私もそうしようかな」


「メインはパスタかな」


「ね」


女子二人組みはどうやらパスタと期間限定の桜ケーキのセットにするらしい。


「二人はどうするの?」


「このチキンのハーブソテーにしてみようかな」


「じゃあ僕もそうする。ケーキは…いいや」


林太郎くんが選んだのはハズレなさそうだったのでそれにした。


「すみません」


「はい。ご注文をお伺いします」


「季節のケーキとパスタのセットを2つとチキンのハーブソテーを2つお願いします」


「お飲み物をお伺いします」


「あっじゃあ私はハーブティーで」


「私は…アップルティー」


「僕はコーヒー」


「僕はアッサムティーでお願いします」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 僕はいつもどおりアッサムティーにした。林太郎くんはコーヒーで大人っぽい。

桜川さんはハーブティーで、栞さんはアップルティーだ。


「見事にみんなの飲み物バラバラだね」


 そんな事を話しながら楽しく食事をした。


「わあ!あま〜〜い♡」


「美味しすぎる〜♡」


 二人ともケーキをすごい勢いで食べている。桜川さんの食べるスピードが本当に速すぎる。二人とも5分も経たないうちに完璧に食べきってしまった。


「あ〜あ 美味しかった」


そんな感じで今日は解散することにした。


「じゃあまた遊ぼうね」


「バイバイ」


帰り道、僕と君は同じ電車で揺られていた。


「今日はありがとう。こんなこと初めてですごい楽しかった」


「よかった〜また行こうね」


「うん。そうしよう」


 電車から見える川は桜が満開で、桜並木が出来ていた。春の夕日が僕たちを真っ赤に染めていった。 もう少しで4月。僕たちは2年生になる。


◇◆◇


 春休み明け最初の登校日、そしてクラス発表だ。僕は図書局員だから文系…というわけではなく普通?に理系に進んだ。そしてクラスは3組、このクラスは化学、物理、地理選択の人がいる。


「み〜つけた」


「桜川さんどうしたの?」


「どうしたのも何も同じクラスだよ。よろしくね」


 同じクラスなのはわかったが、なぜかニヤニヤ笑っている。


「よろしく」


「席は…あっ隣だ!やった!」


 僕はあまり周りに誰がいるとか、気にするタイプじゃないので自分の席以外は見ていなかったが、たしかに隣だ。出席番号15番と26番、見事に「く」と「さ」のため隣だ。


「たくさん勉強教えてね」


 隣に話せる人がいるのは嬉しいけど…2年生はだいぶ大変になりそうだ。


◇◆◇


 1年生が入学してきた。そして待ち受けているのは、そう部活の勧誘だ。体育会系、文化系を問わずすべての部活、局、同好会が新入生を取り合う。


 朝登校してくる新入生を狙うので朝の玄関前は戦場になる。あちらこちらから勧誘の声が聞こえ、知らない先輩から声をかけれられる…僕はそんな喧騒の中に自分から入ろうとは思わないので、戦場を横目に普通に登校した。


「ねえ、図書局は勧誘しなくて大丈夫なの?」


「僕、ああいうところは苦手だし、それに何人かは図書局に入る人もいるでしょ」


「そんなことじゃ誰も入ってくれないよ」


「まあ手は打ってあるから」


「何をしたの?」


「それは放課後のお楽しみってことで」


「気になる〜」


 そして放課後、図書室はいっぱい…とまでは行かないが、3人入部希望として来てくれた。


「で、答えは?」


「じゃ〜ん、勧誘プリントを作って春休み中に1年生に配布しておきました!」


「へぇ〜 すごい!生徒会のやつに乗せてもらったんだ。」


「それより桜川さんはバスケ部の方に行かなくて大丈夫なの?」


「あっちは先輩方がやってくれてるから大丈夫。まあ復帰まであと3ヶ月か…長いのやら短いのやら。まあ復帰しても図書局員はやめないつもりだよ。そんなことより、新入生の話を聞かなきゃ」


「そうだね。 じゃあ一人ずつ自己紹介をお願いしていい?」


「はい。じゃあ僕から。 1年2組の夏目祐一です。前から南校の図書局に入ろうと思って来ました」


「私は1年7組の井上琴葉です。よろしくお願いします」


「私は1年5組の樋口奈津です。よろしくお願いします」


 なんか最近明治時代の名前が流行っているのかな?そう考えながら林太郎のことを思い出していた。


「図書局長の2年3組の日下部黎です。」


「同じく2年3組の桜川愛菜です!女バスと兼部してます」


「3年生は悲しいことに一人もいませんので、この5人で新しく活動していきましょう!」


「あら、今年は3人ね。良かったわね〜廃部にならなくて」


 サラッと縁起でもないことを言いながら雨宮先生がやってきた。


「こんにちは。私が図書局の顧問の雨宮英恵はなえです。よろしくね」


 雨宮さんの名前が英恵だったということをここで初めて知った気がする…


 ということで局員が5人に増えた新生南校図書局が誕生?した。


 その日の帰り道、


「良かったね。後輩が入ってきてくれて」


「確信はなかったけど、しっかり入ってきてくれてよかった〜」


「放課後一人もいなかったら絶望してたよね。それに話し合いそうな子来てくれてよかったね」


「うん」


 なんやかんやあのあとにあり、で夏目くんは夏目漱石の作品の『夢十夜』が一番好きだと語ってきた。夏目漱石の夢十夜は十個の短編が書かれたもので、どれも夢についての物語だ。僕はあまり明治時代の文豪たちの本は読まないのでいい刺激になった。お返しに僕は19世紀のSF小説を語った。やはりジュール・ヴェルヌが一番面白いと思う。


 女子組は女子組で何やらファンタジーや恋愛ものの話をしていた。井上さんは『ハリーポッター』や『モモ』などの王道のファンタジーが好きらしく、なにやら色々なハリーポッターグッツを身に着けているようだ。そして樋口さんはイメージ通りに『たけくらべ』など、樋口一葉の小説などが好きらしい。1度は読んでおいたほうがいいのだろうけど僕はどうしても読む気になれない。文語体はやっぱり疲れる。宮沢賢治くらいが簡単でわかりやすくちょうどいいと思う。『銀河鉄道の夜』に空白があるのがもったいないと思ながらも、それも作品の一つだと思いながら昔読んでいた。こういったふうに波乱万丈となる予定だった新入生の入部は特に何事もなく終わった。


◇◆◇


「ねえ、何の本を読んでるの?」


 そう君が話しかけてくれたとき僕はふと懐かしい人の言葉を思い出した。僕が小学生の一人で出歩けるようになって、近くの光野図書館へ友達とよく行っていた頃、一番の親友が急に引っ越してしまったときに、運が悪く風邪を引いていて


「またあそぼう」


 も言えなかった頃。風邪が治ってから親友がいないのに気づいて雨の中一人でお母さんに止められながらも図書館に行った頃。悔しくて…悔しくて。でも


「悲しい別れなんかカッコ悪いぞ」


 なんて自分勝手に思って泣かなかったあの頃。あのお姉さんは僕にこう話しかけてくれた。


「ねえ、知ってる? 本には神様がいるんだよ」


 あの人は確かにこんな事を言っていた。


 「古い本にはもちろん、新しい本にも。出版された本や出版されていない本、完結されていても完結されていなくても…どんな本にもその本を書いた人の想いが籠もってる。本のジャンルがなんだって、誰が書いたかなんてなんにも関係ない。本には…物語には神様がいる。たくさんの暖かい想いが…宿ってる」


そうしてあの人は僕の顔を覗き込んだ。


 「ねえ、知ってる? 本の神様の力はその本が読まれれば読まれるほど強くなるんだよ。だからといって読まれてない新しい本の力が弱いってわけでもない。その作者、その本を読む人、贈る人の想いでもまた神様の力が強くなるの。私はね、本の神様が見えるんだ。嘘じゃないよ。そしてね、たくさん大事にされてきた本は、その本の持ち主がピンチのときに助けてくれるんだ。私の何回かしか見たことがないけどね、その本の神様がパァって出てきて私達に力をくれるんだ」


 だから何だ。 と僕は心のなかで言った。別に声にだしていない。


「だからね。別に本のせいにして泣いてもいいんだよ。本は君を助けてくれるから。悔しかったんだよね。だったら泣いていいの。もし本当にそれがカッコ悪いって思うなら本のせいにしちゃえばいいの」


 でも、あいつとは最低でも3年は会えないんだよ。僕はサヨナラも言えなかった。


「またあそぼうね」


 も言えなかった。


「そんなに自分を責めなくていいんだよ。別に一生会えないわけではないでしょ。じゃあ好きな本を読んで、思いっきり泣いて、そしてその引っ越しちゃった子にまた会おうねって笑って話せるようなになっちゃえばいいんだよ。そうすればいつかその子に会ったときに楽しい気持ちで会えるでしょ。君が今持っている本。その本は大事にされたんだね。その本はきっと君を助けてくれる。だから信じて。本の神様を信じで身を委ねていいんだよ」


 そうしていつの間にかお姉さんは去っていた。突然話しかけてきて変な人だなって思ったけど、それから僕はたくさん本を読んだ。


 そのおかげで、中学生になった3年後、僕はあいつと笑って再開できた。友達が引っ越して会えなくなる。それは今となってはそこまで深刻なことではない。でも、小学生の頃は3年と言ったらそれはもうすごく長い時間だと感じていた。


 そしてその時、本の神様というのを初めて知った。それはすべての本にいるとても強い、優しい神様なんだと。その時に確かに、僕は本の神様に助けられた。はじめはこのとき、そしてペットが死んだとき、大好きだった先輩が卒業してしまうとき、そして、この高校を受験しようと決めて、でも勉強が苦しくて、それでも頑張りたくて挫けそうになっていたとき、何度もたくさんの本の神様が僕を助けてくれた。どんな困難があったとしても勇気があれば乗り越えられると。この世のことは大抵なんとかなるものだと。色々な言葉を胸に僕はこの世界をたったの16年だが必死に生きてきた。


 そんな懐かしい言葉を君はなぜか思い起こさせた。それは君があのお姉さんに似ていたからでも、同じような独りの状況だったからでもない。君が僕と同じで、本の神様を知っていると感じてしまったからだ。


 そう。君は本の神様を知っていた。本の神様を知っている人はすくない。でも、君は知っていた。本は僕たちを助けてくれると…


「ねえ、何の本を読んでるの?」


そう話しかけてくれた君は確かに本の神様を知っていた…


◇◆◇

 

 そんなことを思い出した日の放課後、


「あのさ。だいぶ急な質問なんだけど、本の神様って知ってる?」


「本の神様?」


「そう。すべての本に宿っている僕たちを助けてくれる神様」


「………」


「変な話だと思うでしょ」


「私…たぶん知ってるよ。本当に好きな本が私が助けて!っていうくらいのピンチのときになったら助けてくれたもの。」


「そう。そうだよ!それが本の神様。やっぱり知ってるんだね!誰もこのことを知らなかった。」


「部活でこの足を怪我したとき、もうだめだって思ったとき、先輩が本を読みなって言ってくれたんだ。そして私は本の神様?に助けられたんだ。たぶんそういうことだよね」


「そう。良かった〜話して。変な人だって思われて避けられたらどうしようって思ってた」


「初めてが私で良かったね。 ということは、私が初めて黎の話を理解できた人ってこと?」


「そうだね」


「フフン」


 何やら君は嬉しそうに胸を張った。


「夕日きれいだね。なんか初めて一緒に帰った日みたい」


「あのときはまだ雪があったけどからね」


 今日の夕日はとても色が濃く、綺麗だった。


「ねえ、黎。私、あなたのことが好きみたい」


急に君はそんなことを言い出した。


「えっ」


僕は戸惑った。


「なんか、初めて会ったときからなんか気になってたんだよね。 静かな図書室で淋しげに、でも楽しそうにしている黎のこと。」


「実は僕も、本の神様を桜川さんは知ってそうだなって初めて声をかけられたときに思ったんだ」


「ねえ」


「いや。ここは僕から言わせて」


 僕は君が話しているところを遮って。そして、ポケットの中にいつも入れている僕のいちばん大切な本を触ってから言った。


「桜川さん。いや愛菜、好きです。僕と付き合ってください」


 電車の中だし、特にこれと言ったロマンチックな雰囲気があるわけでもない。でも言えた。


「これからもよろしくお願いします」


 僕たちはなんだかおかしくなって笑った。電車の中だから静かに。真っ赤な夕日のせいもあるだろうけど、君の頬は真っ赤に染まっていた。多分僕も顔中真っ赤だったかもしれない。こんなタイミングで、こんな場所で言うものではないと分かっていた。でも言ってしまったものは取り返しがつかない。今過ごしている時間もすでに過去なのだから。


 これもそれも全て夕日のせい。本のせい。別に悪いことではない。ならばいい。今も本の神様が僕を自然に導いてくれた。別にピンチのときでなくても、本の神様は僕の、僕たちのそばに常にいる。気づいていないだけで、心の支えになってくれている。


「愛菜。本の神様を知っていてくれてありがとう」


 電車を降りて僕はそういった。


 「私に会わなきゃ今頃まだひとりで本を読んでいたでしょ」


「そうだね」


「じゃあ彼氏になったんだし、もっと色々なことを教えてよ」


「えっどんなこと?」


「まずは、いつから私のことが好きになったのか。本のことしか言ってないじゃない」


「えっ意外と会ってすぐかな?いや研究会くらいからかな」


「じゃあ私のほうが黎のこと好き歴長いもんね。だってあのとき話しかけた瞬間からなんか可愛くていじってみたくなったんだもん」


 4月の空は青く澄んでいて、でも真っ赤な夕日に焦がされて赤くなっていた。赤と青がいい感じにグラデーションとなっていた。春だ。青い春…赤い春だ。と思った。


 本の神様。それはすべての人の近くにいる神様。みんな、ほとんどの人は気づいていない。でも必ずとそばにいる。僕たちが助けを必要としているときにしっかりと心を支えてくれて、そして導いてくれる。君と出逢えて本当に良かった。本の神様を知っていて本当に良かった。


 ねえ、知ってる?本には神様がいるんだよ。ねえ、知ってる?

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本の神様 功琉偉つばさ @WGS所属 @Wing961

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