第12話 それでも進み続ける②

「父さん。これは?」

「お〜それはあっちの箱に頼む」

「分かった。他に手伝うことある?」

「いや、今のところは大丈夫だ。手伝ってくれてありがとな奏斗」

「ん、全然大丈夫。」


片付けをしている父親とそれを手伝っている子供。ごく一般的…かは分からない。お手伝いをしている子供、"奏斗"の父親は、村の外れで小さな刀の道場を開いている。名前を瀬良正道せらまさみち。かなりの刀の使い手で、【現代の侍】なんて呼ばれて、世界記録も何個か持っているらしい。

ちなみに道場と言っても、家と道場がくっついているため、ここが奏斗達の家でもある。

現代奏斗と正道は道場の裏にある倉庫の整理をしていた。別にやる必要なんてない。なんとなく2人揃ってすることが無かったからしているのだ。ついでに掘り出し物が見つかればラッキー程度に考えていた。


「それにしても父さん。この倉庫汚過ぎない?なんでこんなに汚れてるのさ」

「いや…ここは俺が初めて見た時からこんな感じだったぞ。それに何かに使えるかもしれないだろ。」

「えぇ…僕の家系は昔から整理整頓が苦手だったのかよ…後父さん。それ片付け出来ない人が使う言葉だよ。」

「…それで言ったら奏斗。お前だけはイレギュラーだな。なぜこんな汚部屋家系からお前の様な普通の人間が生まれたのか…」

「この汚部屋家系嫌すぎる…」


奏斗は現在倉庫整理の手伝いを中断し、少しばかりの休憩時間としている。そんな中明かされた汚部屋になる家系と言う情報は、奏斗のやる気をかなり萎えさせていた。

なぜか?そんなの言わなくても分かるだろう。一度汚部屋になった人間は高確率ですぐに汚部屋に戻る。奏斗の母親に当たる人物。瀬良香織せらかおりは、奏斗が何度掃除してもすぐに汚部屋に戻ることで有名(近所で)だ。本人曰く、仕事が忙しいからゴミ捨てとかが疎かになるのは仕方ないよね、だそうだ。そんな汚部屋遺伝子を継いだはずの奏斗はそこそこ綺麗好きになっていた。なぜだろう。今世紀最大の謎である。

なんてことを座って一息付きながら考えていると…


「お〜い。奏斗〜!」

「ん?」


という聞き馴染みのある幼馴染の声が聞こえて来た。噂をすればなんとやら。声の主の方向を向くと、黒髪の幼馴染ともう一人の人間が歩いてくるのが見えた。この道場は村の外れということもあり、あまり人は来ない。


「お〜葵…と母さん。お疲れ」

「あらあら…何だか歓迎されてないかしら?この間奏ちゃんの入学式に目立ったことは水に流してね?」

「あはは…それは出来ないかな…」


この人は噂の奏斗の母親である香織。さっきから話しているのは、入学式で大号泣して涙で溺れそうになった挙げ句、なぜか皆の前に出て奏斗の名前を叫ぶという大暴走をやらかした事件のことである。当然幼馴染である葵もそれを見ており、若干引いていた。

ちなみにこの時の葵と奏斗はまだ7歳。入学式というのは"小学校"のことである。今までの会話からも分かる通り、奏斗は7歳にしてそこそこ大人びていた。


「葵は今日も一緒にご飯食べるんだよな?」

「うん!」

「今日も食べて行くのな、了解。」

「ふふん、腕によりをかけて作ってあげる」


香織が自信満々なのには理由がある。と言っても料理が趣味で、色々な料理を作っているからだ。それもあって料理はかなり美味しい。正直その時間で片付けもしてくれと奏斗は思っているが、美味しい料理が出てくるので良しとしている。


「父さん。そろそろ終わりにしない?もう日も暮れちゃうよ。」

「おお、もうそんな時間か。倉庫の整理も始めてみたら意外と楽しいな。」

「なんで整理が楽しめて汚部屋になるの…」

「いいか奏斗。そもそも汚部屋のやつは片付けようなんて発想すら出て来ない。それすら面倒くさいんだ。」

「そんなドヤ顔で言われても…」

「奏斗、もうお片付け終わり?」

「あぁ、疲れてるだろうけどちょっと待っててくれ、葵」

「はーい!」


かなり大人びている奏斗に対して、葵は歳相応に成長していた。葵はごく一般的な家庭だ。ただ貯金があまり無いらしく、両親共々働き詰めで、ほぼ毎日夜遅くまで帰ってこない。そんな葵の母親と同じ会社で働く香織が、いつも一人でいる葵の面倒を見ると言ったのだ。勘違いさせる前に言ってしまうが、葵と親の関係は悪くない。葵は家の様子が大変だと言う事は理解してるし、葵の両親も週末には一緒に遊ぶ時間を取っている。

そんなわけでほぼ毎日一緒にご飯を食べているため、奏斗からして葵は一人の家族のようになっていた。


ーーーーーーーーーーーーー


「奏斗〜葵ちゃん〜ご飯出来たよ〜」

「「は〜い」」


時刻は18時を回ったところ、季節は冬ということもあり、既に辺りは暗くなっていた。しんしんと、今日は雪も降っている。

食卓には多くの料理が並び、全員が机の周りに座っている。ちなみに瀬良家は大皿から各自取るタイプの家だ。一人一皿なんてこの汚部屋家系が持ってるわけがない。


「じゃあ食べるか〜」

「「「「いただきます」」」」

「うぅ〜最近は寒いねぇ…」

「そろそろ暖房出すか〜」

「どこに仕舞ってあるの?」

「「知らない」」

「このクソ汚部屋家系が…」

「奏斗口悪いよ〜」

「おっとすまんな葵。流石に片付けさせないとやばい気がして…」

「なんで葵ちゃんに謝るの?暴言吐かれたのは私達なのに…」

「自業自得だろ」

「( ;∀;)」

「あ〜あ、奏斗が母さん泣かせた。」

「いけないんだ〜奏斗〜」

「僕の味方はどこ…」


軽口をたたきながら各々が料理を食べていく。このまま何事も無い1日になる──はずだった。


「あ〜お腹いっぱい」

「奏斗のお母さんの料理美味しかった!」

「ありがとね〜葵ちゃん。」

「じゃあ俺は洗い物─」


キーンと嫌な音が耳に響く。全身に嫌な予感がほとばしり、背筋が凍りつくのが分かった


「─っ!皆伏せろ!!」

「「「!!!」」」


突然、正道が声を張り上げる。棚に置いてある花瓶がカタカタと揺れている。次の瞬間─

ゴゴッという音の後、とともに、がやってきた。


ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!


「父さん!!」

「全員頭を守れ!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


───

──────


数秒が数分に感じるほどの強い揺れが収まり、奏斗は辺りを見回す。地震で停電したのか見回しても真っ暗で何も見えなかった。


「父さん!母さん!葵!」

「俺は無事だ。母さんは?」

「無事よ!葵ちゃんも一緒に居る!」

「良かった。とりあえず外に出よう。」

「分かった!」


真っ暗な闇の中、手探りで玄関を探す。停電前に自分がいた所を思い出しながら、住み慣れたはずの家を進む。やがて、目も慣れ、玄関を発見した奏斗は声を上げ、後ろを振り向いた。


「皆!出口こっちだよ!」


その瞬間、違和感を感じた。

おかしい。なんで誰も玄関に来ないんだ?玄関までの距離は奏斗が一番遠かった。ぶわっと、嫌な汗が噴き出る。さっきまで何も感じなかった闇が、突然怖くなる。しかし奏斗はそこで、ほんの少し冷静さを取り戻した。


(いや、多分玄関の場所がわからなくて、一番近い道場の裏口に行ったんだ。)


冷静にはなったが、奏斗はその間もずっと嫌な予感を感じでいた。すぐに玄関から外に飛び出し、走って道場の正面入口に向かった。

道場に着き、扉を開けようとしたところで

ゴトッ

と何かが倒れる音が聞こえた。奏斗は嫌な予感をどんどんと倍増させつつ、扉に手をかけた。そしてその扉を──開けた。


瞬間。最悪の光景が奏斗の目に飛び込んできた。まず、錆びた鉄の匂いと何かが腐ったような匂いが同時に鼻を突いた。奏斗は思わず体をのけぞらせる。次に視線を道場内に向けた。そこには、自慢の刀での姿と、。そして香織に抱きついて放心している葵の姿があった。


「───は?」

「奏斗ぉ!!葵ちゃんを連れて逃げろ!街の方まで行け!!」

「な、何が─どうなって──」

「考えるのは後にしろ!ここは父さんに任せて早く行け!!」

「な─あっ─」


奏斗の頭はずっと疑問が渦巻いていた。あの化け物は何だ?何で父さんが戦ってる?何で母さんは血だらけなんだ?何がどうなってる?何で─何でだ?

だがそんな疑問よりも唯一早く出た結論。葵は守らねば。

その瞬間奏斗は床を蹴り葵の元に向かい声をかける。


「おい!葵!大丈夫か!!」

「………」

「しっかりしろ!!」

「……あ─か、かな…うっ」


声をかけ続け、意識を取り戻した葵だか、すぐにパニックに陥り今にも吐きそうな顔をしている。

奏斗もパニックになりそうな心をどうにか落ち着かせ、香織の首に手を当てる。


(まだ暖かい…脈は…かなり弱いっ!!)


触った瞬間のぶにゅっとした感触。当てている手からどんどん体温が下がっていることが伝わってくる。死が近い。


「母さんっ!!」

「か…なと?」

「俺だよ!しっかりしてっ!」

「…にげ、なさい。かなとっ!!」

「っ!!」

「あおいちゃんを…まもるのよ…」

「母さん!母さんも一緒にっ!」

「むりだね…このもやもやで…すこしもうごけない………たぶん…むりにうごいたら…死ぬわ…」

「そんなっ…」


奏斗の脳内に香織との思い出が巡る。目頭が熱くなるのを感じながらも、奏斗は香織の声を聞く。


「かなと…こんな…だめな母親でごめんね?…いっぱい……迷惑…かけちゃったよね……ここで私は死ぬけど…天国から…奏斗も…葵ちゃんのことも…見てるから…しっかり守ってね…」

「母さん…母さん!」

「行きなさい…私の自慢の息子…。あなたのことを…世界で一番……愛してる!」


ひたりと地面に水滴が落ち、その瞬間、ガクりと香織の体から全ての力が抜けた。



「───かぁ─さん?─────────」



泣きたい。喚きたい。目を閉じて引きこもりたい。絶望で動きたくない。…動けない。

そんな思いが全身を支配する。涙が出そうに…あるいは既に出ているのかもしれないが、奏斗には自分が泣いているのかすら分からなかった。

そんなとき、一つの声が聞こえる。


「奏斗!しっかりしろ!葵ちゃんを守れ!」


正道の声でいっときの冷静さを取り戻す。

今は考えない。後から沢山絶望すれば良い。だから今この瞬間だけは、相手に背を向けて逃げ出す用意をする。そう心に決める。


「っ!!葵!しっかりしろ!逃げるぞ!」

「か、奏斗、ごめ、ごめんなさ─」

「そんなのは後で良いから!早く逃げろ!」

「ぅ──ん」


葵を無理矢理立たせ、先に逃がす。葵が出ていったのを確認して、化け物と戦っている正道に声をかける。


「父さん!!僕も!」

「早く行け奏斗!外にもう一匹こいつがいるのが見えた!お前は葵ちゃんを守れ!」

「でも父さんが!」

「良いから!…お前達を守って死ねるなんてかっこいいだろ!まぁ死ぬつもりは無いけどな!」


奏斗は一瞬躊躇った。このまま葵を追いかければ確実に正道が死ぬことが分かってしまったからだ。


「父さん…葵…」

「奏斗!早く逃げろ!」

「で、でも─」

「今世界で葵ちゃんを守れるのはお前だけだ奏斗!これから一生守り続けろ!!」

「な、なんだよそれ─なんでそんな遺言みたいな─」

「ありがとう奏斗。俺達の息子に生まれてきてくれて。俺も母さんも、お前のことを世界で一番愛してる─」

「───っ」


その瞬間奏斗は走りだした。目からは止めどなく涙が溢れている。胸中には両親を見殺しにした罪悪感が渦巻いている。


「ごめん、ごめんなさい──」


強く踏みしめた足跡と罪悪感を覆い隠すように、振る雪はどんどんと勢いを増していた。



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