第20話 魔女の野球部観察録
さてさて、この世には様々は訓練方法があります。例を挙げると、科学的根拠に基づいたもの、気合いと根性に全振りした精神論、オカルトっぽいもの。まぁどれもこれも、効果があったりなかったり……。最終的には指導者次第ってことろかな。
ただまぁ、アタシが思うに指導者にしちゃいけないダメな人ってのは必ずいると思うんですよ。
それが、はい。この人。アタシの友達、
「おらぁ! このウジ虫共! てめぇら誰の許可得て地べたに這いつくばってんだぁ! てめぇらのようなゴミクズのウジ虫以下の生物如きが、地べたに這いつくばるなんて、地球様に対する侮辱だぞ! おら、立て! 立ち上がりやがれ!」
こ、怖ァ……。アタシが直接言われているわけじゃないけど、聞いてるだけで涙が出そうになってくるよ。これを直接言われている、この人達は可哀想だよ。ほら、もう泣いちゃってる人いるじゃん。
「泣いてんじゃねぇぞ! 泣いていいのは人間だけだ! てめぇらが流すのは、涙じゃなく血反吐だ! 血反吐を吐いてその血反吐を飲み込め!」
「「「さー! いえっさー!」」」
「聞こえねぇぞ! 地球上の貴重な酸素をてめぇら、ゴミ虫が使わせてもらってるんだ! 返事は一回で決めて酸素の節約しろや!」
「「「さー!! いえっさー!!」」」
人間扱いしてない……。何て恐ろしいんだろう。アタシが知ってる百合とは、もう全然違うよ。完全に別人だよ。
何で百合がこうなってしまったかと言うと、今日の昼に遡る。どうやら百合は、中学の時の先輩に野球部のコーチを頼まれたらしい。それを引き受けた百合は、早速放課後に野球部のコーチをしている訳なんだけど、百合のとった指導者方法は、まさかの海兵隊式訓練法だった。確か何かの映画でやった訓練法なんだけど、まぁその内容は、ひたすら罵詈雑言を吐き散らして徹底的な人格否定をするものだ。相手の心をへし折って粉々に砕き、プライドをズタズタに引き裂いて踏みにじる。まさに悪魔の所業だ。
「おらぁ! 返事はどうした返事は!」
「「「さー! いえっさー!」」」
「聞こえねぇって言ってんだろうがぁ! 返事すらまともに出来ねぇのか、てめぇらは!」
「「「さー!! いえっさー!!」」」
「よぉし! 今からてめぇらゴミ虫共にノックしてやる! ただし! エラーは絶対に許さん! エラーを一つでもしてみろ。鉛玉を食らわせてやる! 当然、一人のミスは全員のミスだ!」
えぇ……それは理不尽なんじゃないかな? いいじゃんエラーくらいしたって。
ん? てか、ちょっと待って。鉛玉って何? え、もしかてあれを使う気なの?
いやいや……まさかそこまでしないよね?
「返事ぃー!」
「「「さー!! いえっさー!!」」」
「いいか! エラーをしたらこれで、てめぇらを撃つ!」
「「「さー!! いえっさー!!」」」
「死ぬ気でやれよ! 死んだら、地獄で閻魔様をぶん殴って戻って来い!」
「「「さー!! いえっさー!!」」」
で、でたぁー! 対犯罪者制圧銃! 百合お手製の魔法具で、あれで撃たれた犯罪者は、この銃を見るだけで、怯えてお漏らししてしまうと噂になっている。
一応弾はゴム弾だけど、当たると信じられないくらい痛いらしい。おまけに相手の顔を認識していれば、追尾して撃ち抜く機能付きだ。だから逃げるのは不可能。
お、恐ろしい……。
――――
――
「こんの、ゴミカス共が! てめぇらはいったい何回エラーすれば気が済むんだごらぁ!」
「ひぃ! ご、ごめんなさいー!」
「さーを付けろ! さーを!」
「さ、さー! どぅるるぁ!」
あ、あぁ……また犠牲者が……。いや、これは連帯責任だった。ってことは、もれなく全員が……。
『バンバンバンッ!』
「ぎゃー!」
「だぁわ!」
「うぎゃー!」
グランドに無数の銃声と悲鳴が響き渡る。ファーストの子がエラーをしてしまい、百合の手によって全員が撃たれる。酷い光景だ。
「も、もう嫌だァー!」
あ、逃げた。
「逃げんじゃねぇー!」
『バンバンバンッ!』
「ぎゃー!」
まぁ……うん。そうなるよね……。
いやでも、まぁね。練習? がスタートしてから一時間よく持った方だよ。アタシは褒めてあげたい。
因みに百合は、練習が始まる前に全員を一度ボコボコにしている。上下関係を分からせるために、何個かの魔法具を使ってね。それで恐怖を植え付けたうえで練習を開始したのだ。
恐怖、暴言、暴力、理不尽。ブラック企業も泣いて逃げ出す地獄の欲張りセットだね。あはは……まじで笑えないわ。
「さてと。
「うん? 何?」
「そろそろ姫乃の出番だよ」
え、出番って何? アタシ聞いてないんですけども。あ、いや待って。もしかして、アタシがここに呼び出されのは、何かやらすつもりだったってこと?
いやまぁ……うん。そうだよね。野球素人のアタシが意味もなく呼ばれるわけないか。
えぇ……嫌だなぁ。何やらされるんだろ。
「えっと、出番って何すればいいの?」
「今からあのウジ虫共を治療してあげて」
「あ、うん。それは全然構わないけど」
あれ? 思ったより普通だ。てっきり、もっと痛ぶるから魔法使ってとか言われるのかと思った。
「んで、治療してやったら、とびきり甘やかしてほしいの」
「まぁそれも別にいいけど……」
「不思議?」
「まぁ」
だってそりゃそうでしょ。あんだけ、ボコボコのボロ雑巾のようにしといて、今度は優しくして治療してやれってさ。意味が分からなすぎるよ。
「ふふっ、姫乃。飴と鞭って言葉知ってる?」
「そりゃあね」
「ま、それと一緒だよ。私はあのウジ虫共を徹底的にボコボコのズタズタにする。そうすることで、あいつらは身も心も弱る。もうダメだ、無理だ、逃げたい、死にたい、消えてしまいたい。そんな風に不安定な精神状態になってまともな判断が出来なくなるだよ。その時に、自分達の傷付いた体を癒してくれて、尚且つ優しく甘やかしてくれる存在が出てきたらどうも思う? 答えは簡単。そう堕ちる。甘美のようなそんな一時のために頑張れるんだよ。底なし沼に落ちて、ズブズブとハマって抜け出せなくなる。そうやって洗脳していくんだよ。分かるかな?」
う、うわぁ……。えげつない。いや、えげつないっていうレベルを遥かに超えている。最早人間のやることじゃないよ。人の心はないんですかね?
てか、そんな恐ろしいことの、片棒をアタシに担がせようとしてるの? 嘘でしょ? アタシ達友達だよね?
「あ、あの〜、ちなみにそれ断ったらどうなるの?」
「ん〜そうだねぇ。姫乃の検索履歴をおばさんと
「全身全霊全力を持って協力させてもらいます!」
「うん。よろしい」
ちくしょう! 検索履歴は反則だっての!
ごめんね、青少年達。アタシは君達の命よりも、検索履歴の方が大事なの。だから犠牲になってね。
「よぉし! ウジ虫共! てめぇらに三十分の休息を与える! 傷付いたやつらは、この天才美少女魔女が治してくれるぞ! 感謝しろ!」
「「「さー!! いえっさー!!」」」
とにかく、傷はしっかり治してあげよう。そして可能な限り甘やかしてあげよう。例えそれが、百合の罠でまやかしだとしても、彼らにとって生きる希望になるのなら。最後の情けというやつだ。
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