第19話 先輩のお願い

「おーい、総司そうじ。お客さんだよ」

「客?」


 昼休み。購買の激しい戦いに勝利して、焼きそばパンとたこ焼きをゲットして、意気揚々と教室に戻った俺に黒川が言ってきた。

 ったく、客って誰だよ。俺は今から楽しいランチの時間なんだけどねぇ。


「おっす。待ってたぜ、総司」

「近藤先輩じゃないっすか」


 俺の席にドカッと座って、黒川と話していたのは、近藤勇こんどう ゆう先輩だった。この人は、俺らが中学の時からの先輩だ。

 てか、先輩が後輩の教室でくつろぐなよ。普通に周りのやつが気まずいだろ。


「何してんすか?」

「お前を待ってたんだよ。ちょっと頼みたいことがあってな」

「お断りします」

「即答かよ!?」


 当たり前じゃないっすかぁ〜。あんたの頼みなんて、いっつもろくな事ないんですからぁ。

 あと普通にめんどくさい。何だったらこっちが本命なまである。


「まぁそう言わずに、話くらいは聞いてあげたら? ほら、頭丸めてくれてるんだし」

「いや、それは野球部だから、強制坊主なだけだろ」

「お前ら言いたい放題だな……」


 まぁ事実だからな。

 てか、この人、坊主なうえに目付き悪いしガタイもいいから、シンプルに見た目が怖いんだよなぁ。

 そんなんだから、女子がビビって彼女出来ないんだよ。


「まぁとにかくだ。総司、お前に頼みがあるんだよ」

「一応、聞くだけ聞いときますよ。あとそこ俺の席なんでどいてください」

「あ、あぁすまん」

「んじゃ、どうぞ」


 近藤先輩を席からどかして、俺は今日の戦利品を食べ始める。


「頼みってのは、総司に野球部の助っ人に来て欲しいんだ」

「無理っすね」

「だから即答やめい!」

「いや、絶対に嫌っすよ」

「まぁまぁ総司。理由くらいは聞いてあげなよ。ほら、頭丸めてることだし」

「そのくだりさっきもやっただろ」

「じゃあ近藤先輩。眉毛を剃ってくださいよ。全剃りしたら、総司も話聞いてくれますよ」

「あぁ、それだったら話聞きますよ」

「分かった。じゃあ全剃りするから話聞いてくれ。黒川、眉毛剃りとか持ってないか?」

「ありますよ〜。あ、せっかくなんで、私が剃ってあげますねぇ」


 おぉ、流石近藤先輩だ。思い切りがいいな。そういう所嫌いじゃないっすよ。

 そして、黒川は眉毛剃りで、近藤先輩の眉毛を剃っていく。俺はそれをおかずに飯を食う。うんうん、中々面白い絵面だな。


「どうだ?」

「ふ、ふふっ、や、やばいですよ……近藤先輩……」

「あ、あぁ……た、確かにやばいな……」

「そんなにか?」

「はい。絶対に職質されますよ。あははっ!」

「あっち系の人って言われても信じちゃいますね。ふふっ!」

「やばいやばい。ちょっと笑いが止まらない。先輩一回出て行ってもらっていいっすか」

「本当にそれ。先輩一回消えてください」

「お前らまじでふざけんなよ!?」

「「あはははっ〜!!」」


 ――――

 ――


 一頻り黒川と笑ったあと、約束通り何で俺が野球部の助っ人にしたいのか、理由を聞くことにした。

 因みに近藤先輩は、めちゃくちゃ不機嫌そうだ。いやいや、ごめんって。面白かったから許してちょ。


「まぁ簡単に言うとだな。メンバーが足りないんだよ」

「あれ? 野球部って確かギリギリ九人いたはずっすよね?」

「怪我しちまったんだよ。しかも全治三ヶ月の大怪我だ」

「あらら」


 なるほど。そういうことね。

 今から全治三ヶ月となると、夏の選抜予選には間に合わないな。

 でも、魔法を使った治療も出来るから、何とかなるんじゃないか?


「あ、ちなみにそいつはもう野球部を辞めていった」

「何でですか……」

「そんなのは俺が聞きたいよ……」


 ですよねぇ……。


「だから頼む! 力を貸してくれないか!」

「う〜ん。話は分かりましたけど、正直俺じゃ力不足っすよ」

「いやいや、そんなことないだろ。中学の時は俺とバッテリー組んでじゃないか」

「確かに組んでましたけど、それは中学野球の軟式での話っすよ。俺は硬式野球の経験ないっすよ」

「それは分かってる。でも、俺はお前以上に野球が上手いやつも頼れるやつもいないんだよ」

「って言われてもなぁ」


 参ったな。

 近藤先輩が野球に対して、真剣で情熱的なのは知っている。それに、何だかんだ言っても、中学の時かなり世話になったから、助けたい気持ちもあるんだが、期待に応えられるか怪しいところなんだよな。ブランクもあるし、何よりやっぱり、軟式野球と硬式野球はレベルが違う。


「別に勝たなくてもいいんだ。あ、いや、勝つに越したことはないんだが、可能なら甲子園に行きたい。まぁうちは弱小校だから厳しいのは分かってるけど、でも、最後の夏を出場すら出来ないで終わりたくないんだよ。だから頼むよ」

「協力してあげたら? 何だったら私も手伝うし」

「はぁ。分かりましたよ。ただ、あんまり期待しないでくださいよ」

「おう! ありがとう!」


 ったく。こんな風に頼まれたら、断れないっての。


「あ、でも坊主は絶対に嫌です。もし坊主になるんだったらこの話はなしっすからね」

「分かったよ。そのくらいは免除してやるよ」


 よしよし。これで最大の懸念材料がなくなったな。ほんとにまじで坊主だけは絶対に嫌だ。髪の毛大事。俺は生涯ふさふさでいるんだ。


「それで俺は何をすればいいんですか? 外野とかっすか?」


 外野だったら何処でも守れるな。最悪内野でも、ショートとセカンドはいける。


「ピッチャーだ」

「は?」

「いや、だからピッチャーだよ」

「バカなんですか?」


 助っ人にピッチャーやらせるとか、正気かこの人。いや確かに中学の時はピッチャーやってたけどさ。さっきも言ったように軟式だからね?


「実はさ、怪我したやつがピッチャーだったんだよ。だから総司はその代わりだ」

「いやいや無理ですよ。代わりのピッチャーはいないんすか?」

「いない」

「何でだよ」


 いくら九人しかいないって言っても、普通リリーフとかいるだろ。一人で何試合も投げさせるわけないんだからさ。


「いやな。俺もリリーフほしいとは思ってるんだが、監督がどうせ一回戦負けなんだから要らないだろって言うんだよ」

「クソっすね」


 まじでそんな監督辞めちまえよ。控えのピッチャーが大事なことくらい分かるだろ。何最初っから諦めてんだよ。監督何だったらもうちょい頑張れよ。そんなんだから、いつまで経っても弱小校のままなんだよ。つーか、今年はそれでいいとして、来年からどうするつもりなんだよ。新入部員が入ってくる保証もないし、仮に入ってきたとしても、ピッチャー出来るやつが来るとも限らないんだぞ。だったら、今のうちにピッチャー経験させとくのが普通だろうがよ。


「一応聞きますけど、他にピッチャー経験とかある人いないんすか? それかやりたいやつとか」

「残念ながらな」


 はぁ……もう。チームの意識まで低いのかよ。本当にどうしよもねぇな。


「すまんが頼む……」

「はぁ……分かりましたよ」


 正直自信は全くないけど、こりゃやるしかなさそうだ。本当に困ったもんだ。


「あーそれとだな。黒川、お前も手伝ってくれないか?」

「まぁ、さっき手伝うって言ったからいいですけど、何するんですか?」

「野手の指導だな」

「ちょっと待ってくださいよ。それ私がやることなんですか?」

「他に教える人がいないんだよ。コーチはいないし、監督はど素人なんだ」

「えぇ……」


 まじかよ……。思ってた以上に酷いじゃねぇかよ。そんな状態でよく今まで出来てたな。いや、出来てなかったのか。


「あの〜、もしかして、部員は全員素人ってことはないですよね?」

「経験者は俺と怪我したピッチャーだけだな。あとは遊びでやってた程度のやつらだ」

「ま、まじすか……」


 最悪だな。それでよくこの人は、さっき甲子園に行きたいとか言ったもんだな。夢を見るなとは言わないけど、いくらなんでも夢見過ぎだろ。


「とりあえず、最低限守れるようにしてくれればいいからさ」

「いや、それじゃダメですね」

「どういうことだ?」

「こうなったら徹底的にやりますよ。私が鍛え上げます!」

「そりゃ嬉しいが、正直言って、あいつら根性ないから、厳しくし過ぎると逃げ出しかねないぞ」


 えぇ……そのレベルなの?

 何でそれで野球部に入っちゃったんだよ。遊びの延長戦にしては舐め過ぎじゃないか?


「大丈夫です。一人足りとも逃がしはしないんで。もし仮に逃げ出したら、締め上げてからグランドに放り込むんで」

「そ、そうか……程々にな……」


 あーあ、部員の人可哀想に。黒川のガチスイッチが入っちまったよ。黒川がやるって言ったらまじだからな。涙で枕を濡らすのは確定だな。頑張れ〜。


「んじゃまぁ、二人とも頼むぞ」

「了解です」

「任せてください」

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