第21話 体育館裏のブルペン

「なぁ、近藤先輩」

「ん? なんだよ、総司そうじ

「いくらなんでもさ、肩身狭すぎやしないか? おたくの野球部」

「やめろやめろ。気にしてるんだからよ」


 あ、一応は気にしてたんだ。

 にしてもまぁ……まじで可哀想だな野球部。同情しちゃうよ。

 だってさ、グランド使わせてもらえないんだぜ? いやさ、全くありえない話ではないけどよ、完全に追い出されちゃってるんだもん。グランドに踏み入ることすら許されてないんだぜ。どんだけ酷い扱い受けてんだよ。

 ちなみにグランドは、サッカー部とソフトボール部が占領している。どっちも全国大会常連の激強部だ。方や人数すらギリギリの弱小部。

 まぁ……うん。パワーバランスは明白だわな。

 しかもこれで、野球部は全員坊主っていう悪しき伝統があるんだから可哀想なもんだ。この際、その悪しき伝統を取っ払っても誰も文句は言わないと思うぞ。

 そんなこんなで、俺と近藤先輩は練習場所を求めて、体育館裏のほっそくて小さな通路に来ていた。若干でこぼこしてるし、雑草だらけだけど、投球練習するにはギリギリなんとかなるレベルかな。


「ま、とりあえず始めようぜ」

「了解です」


 んっと、だいたいこのくらいかな。十八.四四メートル。マウンドからホームまでの距離だ。完全に感覚だよりだから、正確ではないけどまぁ、だいたい合ってるだろ。


「んじゃ、とりあえず軽く投げてくれ。特に意識はしなくていいから、まずは硬球になれることだけ考えろ」

「うっす」


 ――――

 ――


「よし。少し休憩にするか」

「そうっすね」


 だいたい百球くらい投げたかな。中学の頃に比べると大分少ないけど、まぁ初めての硬球でだし、久々だからこんなもんだろ。


「どうだった?」

「やっぱ違いますね。狙ったところにいかないし、スピードも全然出てないっすね」

「いや、最初にしては十分過ぎるくらいだぞ」

「そうっすかね?」

「あぁ」


 まぁ、そう言ってくれるなら、ありがたく受け取っておくか。何だかんだ言っても、近藤先輩はキャッチャーとしては、かなり優秀な人だからな。ちゃんとした野球部がある高校に行っても、余裕でスタメンになれるはずだ。


「そういや、河川敷組は大丈夫かな?」

「あー……どうでしょうね……?」


 まぁ……多分死んではないと思うんだがね。ただ、本気モードの黒川の扱きに耐えられてるかは怪しいところだな。と言っても、耐えられなくても関係ないだろうけどね。


「正直、俺はかなり心配だよ……」

「心配なら、何で黒川にコーチをお願いしたんすか」

「いや、まさか本気モードになるとは思わなかったんだよ。何かあったのか?」

「あー、多分すけど。この間、黒川とストライクアウトしたんすよね。それで野球熱が戻ったからとか?」

「十分にありえる話だな」


 普通にあの後も、何回か投げたしバッティングもしたからなぁ。黒川のやつ結構楽しそうにしてたし、それなりにまじになってたんだよな。

 一時的にとはいえ、野球熱が高まっている時にコーチを頼まれて、今の野球部の現状を知ったから、あーなっても仕方ないといえば仕方ないところだな。


「どうするよ? 来週辺りに軍隊みたいになってたら」

「そん時にはきっと野球部が強くなってますよ……」


 色んな意味で……。


「あー……うん。そうだな……」


 とりあえずまぁ……明日チラッと様子を見に行くか。どうなっているかは、何となく想像出来ちゃうんだけどね。


「さて、そろそろ練習再開しようぜ」

「了解です」

「今度は少し実践を意識してやってみるか」

「コースを攻めればいいっすか?」

「そうだな。コースを攻めつつ、変化球も入れてくれ。何を投げるかはこっちで指示する」

「分かりました」

「確か、カーブは投げれたよな。他は覚えたのか?」

「いや、カーブだけですよ」


 他の変化球も練習はしたんだけど、どれもこれもイマイチだったんだよな。どうにも、俺はあんまり器用じゃないらしい。


「本当はもう一つくらい欲しいところだが、今から覚えても付け焼き刃にしかならないからな。仕方ない、今あるものを伸ばしていくか」

「まぁそうですね」

「とりあえず、今どんなもんか見るから投げてくれ」

「了解です」


 ――――

 ――


「どうっすか?」

「うん、悪くないな。これだったら、ギリ何とかなるだろ」

「そうっすか」


 ギリ、か。

 まぁそうだよな。

 所詮俺のは中学生レベルだ。そんなのは自分でも分かってる。大きく変化する訳でもないし、かといって球速も速くないしな。


「よし。今日はこの辺にしとこう」

「もうちょい出来ますよ」

「バカ言うな。もう百五十球は投げただろ。これ以上はよくない」

「……分かりました」


 気持ち的にはもう少し投げたいけど、ここは大人しく先輩に従っておくか。焦っても仕方ないしな。


「アイシングするから、部室に行くぞ」

「うっす」

「この後は軽くストレッチして上がりでいいぞ」

「いいんすか?」


 てっきり、ランニングとかするのかと思ってたんだけどな。正直、まだ体は動かし足りないところなんだが。


「初日から飛ばしても仕方ないだろ」

「まぁそうっすけど」

「安心しろ。これから少しずつ厳しくしていくからよ」

「ははは、お手柔らかにお願いしますよ」


 こりゃ気合い入れねぇとな。黒川程じゃないけど、先輩も結構スパルタだからな。


「聞いていいっすか?」

「どうした?」

「正直な話、俺のピッチングはどうですか?」

「そうだな。まぁかなり打たれるだろうな」

「やっぱそうなんすね」


 だよなぁ。とうぜんといや当然だろうよ。これで、全然通用するって言われる方が信用出来ねぇわ。


「一応、具体的に聞いときたいすね」

「ま、単純に球速だな。実際に測ったわけじゃないから、正確な数値は分からないけど、俺の体感では、いいところ百十キロってところだな。カーブは百キロくらいか」

「なるほど」


 確かに遅いな。

 高校生の平均球速は、約百二十キロ〜百二十五キロくらいって言われてる。でもまぁ、最近だと、平気で百三十五くらいは投げてくる。なんだったらそれでも遅いくらいだしな。


「後は球が軽いかな」

「そりゃ、きついっすね」

「きついが、こればっかりは仕方ないな」

「そうっすね」


 軽い球だと、当たれば簡単に飛んでいく。ジャストミートされなくても、力が強いバッターなら、スタンドまで飛ばされてもおかしくない。

 やれやれ……弱点ばかりのピッチャーだな。


「まぁでも、総司はコントロールがいい。だからコースをしっかりついていけば、そこまで大きく打たれることはない」

「そう信じたいっすね」

「大丈夫だ。かなり打たれるとは言ったが、通用しないとは言ってない。やり方次第ではどうにでもなる」

「分かりましたよ。その言葉信じますよ」

「おう」


 ま、なるようになれだ。

 とにかく俺は、俺の出来る全力でやるだけだな。

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