第16話 魔女と吸血鬼少女

「ささっ、アヤメちゃん。好きなの頼んでいいよ。アタシの奢りだから」

「うん。ありがと、姫乃ひめのお姉ちゃん」


 アタシは今、アヤメちゃんと二人でとある喫茶店に来ていた。知る人ぞ知る隠れた名店とまでは言わないけと、訳ありの人達が来る秘密の隠れ家的喫茶店だ。

 と言っても、やばい系の人達ではなくて、主にアタシのような魔女やアヤメちゃんみたいな吸血鬼のような種族といった、普通とはちょっとだけ違う人達だ。

 まぁようするに、アタシ達は普通に生きてるつもりでも、残念なことに色々とあるってことだね。そういう人達が、内緒話や近況報告などで使うのがこの喫茶店だ。因みに店名は、ミッション。ちょっとミステリアスな感じがしてかっこいいね。


「それじゃあ、イチゴパフェとパンケーキに、ショートケーキとオレンジジュース」

「ちょっとアヤメちゃん? 好きなの頼んでいいとは言ったけど、頼み過ぎじゃないかな?」

「私の家の家訓でね、奢ってもらう時は図々しくしよう。なんだよ」

「そ、そっかぁ……」


 おっそろしいほど、クソみたいな家訓だね。流石のアタシもびっくりだよ。

 って、うわっ高っ! え、嘘でしょ? こんなにするの? その辺のファミレスより倍ぐらいするじゃん。

まじかぁ……いつも来る時は、お母さんと一緒だったから、値段とか気にしたことなかったんだよね。お母さん、いつも好き勝手頼んでごめんなさい。次からはもう少し謙虚になります。

 あー……アタシのバイト代がぁ。せっかくこの間、百合ゆりと作った魔法具で入ったバイト代が消えちゃうよぉ。


「はぁ……まぁいいや。とりあえず、本題に入ろっか」

「そうだね」


 本題とはもちろん、ボケナスのことだ。昨日、アヤメちゃんはボケナスの血を吸った。つまり、血の記憶を見たったことだ。


「それで何か分かったの?」

「うん。魔法を解くための条件の一つが分かったよ」

「それ、本当?」

「嘘言っても仕方ないじゃん。本当だよ」


 まじか。すごいよ。まさか、こんなにあっさり分かっちゃうなんて。アタシなんて何年もかけてやっとだったのに。天才魔女って言われてるけど、アタシもまだまだってことなのかな。


「それでその方法は?」

「好き」

「え?」

総司そうじお兄ちゃんが、姫乃お姉ちゃんに好きって言うこと」


 ま、まじで……? ちょっと待ってよ。それって、かなり詰んでない? いや、完全に完璧に詰んでんじゃん。ボケナスがアタシに好きって言うなんてありえないよ。てか絶対に無理だよ。


「何かの間違いってことは……?」

「残念ながら。血は嘘をつかないから」

「そ、そっかぁ……」

「あーでも。その好きってのが、恋愛的な好きなのか、友達として好きなのかは分からないんだよね」

「あーうん。だとしても、どっちにしろって言うかね……」


 ボケナスはアタシのことが嫌い。それはライクだろうがラブだろうが同じだ。だってそういう魔法なんだから。


「……うん、まぁ、その。頑張ってね?」

「そ、そうだね……」


 事情を知られているとはいえ、五歳児に気を使われるアタシって……。


「どうしたの? 姫乃ちゃん。すっごいブサイクな顔してるわよ」

「そこは落ち込んでるとかって言わないかな? てかブサイクじゃないし。こんな絶世の美女捕まえて何言ってるの?」

「その絶世の美女が、すっごいブサイクになるくらい落ち込んでるって言ってるのよ」

「じゃあ最初っからそう言ってよね……」


 この超絶失礼極まりない人は、この喫茶店のオーナー、リッキーちゃん。一昔前のヒール系女子プロレスラーの見た目をしている。そして何故かメイド服を着ている。そのせいで、まぁまぁやばめのオーラを醸し出している。因みに本名は不明。分かってることは、やばい見た目ってのと女だっていうことくらいかな。あと、料理が上手い。


「はい。ご注文の品ね」

「ありがとう」

「それで姫乃ちゃん。この可愛い子はどうしたの? 誘拐でもしちやった?」

「人聞きの悪いこと言わないでよ。この子はアヤメちゃん。まぁアタシの使い魔」

千早ちはやアヤメです。姫乃お姉ちゃんの使い魔やってます」

「えっと姫乃ちゃん? 変なことしてないのよね?」

「してないよ!」


 今は! 前はちょっと色々あったから、あれだけど、使い魔にしてからは本当に何もしてないっての。


「アヤメちゃん。何か酷いことされたら、すぐに私に言ってね。助けてあげるから」

「はい。分かりました」

「しないからね!?」


 アタシってそんなに信用ないかな? そんなに酷いことしそうなイメージしてる? ちょっと、いや、かなり傷付くんですけど。アタシ泣いちゃうよ。


「んじゃ、姫乃お姉ちゃん。いただきま〜す」

「はいはい。召し上がれ」


 しっかりと味わって食べてよね。入ったばかりのバイト代が消し飛んだんだから、残したら絶対に許さいからね。


「それにしても、あのリッキーさんって人、すごいね。色々と」

「まぁ、そうだね。でも、アヤメちゃんはあんまりって感じじゃなかった? てっきり驚くと思ってたんだけど」

「驚きはしたよ。でもまぁ、あの時の姫乃お姉ちゃんに比べれば大したことはないかなぁ」

「あー……うん。そうね……」


 それを出されるとなぁ。確かにあの時のアタシはやばかったね。

 完全にプッツンいってたから、歯止めが全然効いてなかったし。今にして思うとちょっとだけやり過ぎたかなぁ感はあるね。後悔はしてないけど、少しだけ反省。


「でも、その割には結構普通だね」

「ん〜まぁ、怖くない訳じゃないよ。でも、姫乃お姉ちゃんは、今の私に何かする訳じゃないでしょ? だったら、変に怖がらなくてもいいかなって」

「強いねぇ〜、アヤメちゃんは」

「そうかな?」

「そうだよ」


 自分でやっといてなんだけど、普通あんなことされたのに、こんなに落ち着いてられない。ビビって泣き出すところだ。

 多分、吸血鬼だからってのもあるんだろうけど、それでも相当肝が据わってるよ。


「ま、最初にした約束さえ破らなければ、今のままでいてくれていいよ」

「うん。そうするよ」

「それと、口にクリーム付いてるよ」


 やれやれだね。この辺はまだまだ子供ってところかな。

 一応、アヤメちゃんは使い魔だけど、気持ち的には妹って感じだね。ちょっと生意気なところもあるけど、まぁ愛嬌ってことにしとこう。


「そういえばさ、姫乃お姉ちゃん」

「うん?」

「ゴールデンウィーク明けに、三者面談? ってのがあるんでしょ?」

「そうだけど、何で知ってんの?」

「総司お兄ちゃんの血を吸った時に一緒に知った」


 へぇ、そういうのも分かるんだ。こりゃ吸血鬼には隠し事が出来ないねぇ。


「それで、三者面談がどうしたの?」

「えっとね。総司お兄ちゃんが少し心配してたよ」

「え? ボケナスが?」


 嘘。何で?

 この前、ケーキバイキングに一緒に行った時に三者面談の話してきたよね。それと関係してるってこと?


「あーごめん。正確には、姫乃お姉ちゃんのお母さんが心配してて、それを総司お兄ちゃんに相談したからだね」

「あ、そういうことね」


 って、ん?

 ちょい待って。何でお母さんは、ボケナスに相談してるの? 意味わかんないんだけど。


「因みに何だけどさ、お母さんはボケナスになんて相談したか分かる?」

「姫乃お姉ちゃんがバカ過ぎて将来が心配だから、どうにかならないかな? って相談だよ」

「お、お母さんめ……」

「あ、総司お兄ちゃんは、地下労働でもさせればいいんじゃないですか。って言ってたよ」

「あいつめ……」


 人の居ないところで、好き勝手言ってくれちゃって。お母さんもお母さんだけど、ボケナスもボケナスでしょ。あまりにも酷すぎないかな!

 てか、そもそも地下労働ってなによ。アタシにペリカで生きろって言うのか!


「私が言うのも何だけど、ちゃんと勉強はした方がいいよ。勉強は出来て損はないって、私のお母さんが言ってたよ」

「うるさいなぁ。余計なお世話」


 ったく……奢られる時は図々しくしようとか、変な家訓作ってる人が、急にまともな事言わないでっての。


「まぁとにかくさ。色々頑張ってね。姫乃お姉ちゃん」

「そうだね。頑張ってみるよ」

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