第15話 休日ホームラン

 ゴールデンウィーク。実にいい響きだ。朝日が昇る直前まで起きてようが、昼過ぎに起きようが、誰にも文句を言われない。

 こんな素晴らしい日々があっても良いのだろうか? いや、なくてはならない。人間、休みは必要なのだ。なんだったら、常に休みでもいいくらいだ。

 働きたくない、学校に行きたくない。お布団と結婚したい。アイ・ラブ・休日。アイ・ラブ・ゴールデンウィーク!

 要するに、だ! 俺はこのゴールデンウィークを余すことなく最大限に満喫する予定だ。具体的には、可能な限り家から出ず、お布団の上で、ぐーたらぐーたら、ごろごろ、ぐでぐてに、寝たい時に寝て、起きたい時に起きて、食いたい時に食う。怠惰の化身になる予定なのだ。

 そう……その予定だったのだ。その予定を崩しやがったクソボケがいる。それが、こいつ……高木翔たかぎ かけるだ。


「んで? こいつぁどういう了見だ? えぇ?」

「何でお前、そんなにキレてんだよ……」

「当たり前だろ。せっかくの休日、しかもゴールデンウィークにバッティングセンターなんざに呼び出しやがって。事と次第によってはぶっ殺すぞ」

「そこまで言うか!?」


 当たり前じゃボケ。俺は昨日寝たのが朝の五時だ。それを七時に電話かけてきやがって。まじ許さん。こちとらクソ寝みぃんじゃ。


「まぁ落ち着け。どうせ暇だったんだろ? だったら軽く運動しようぜってことだ」

「……帰るわ」

「アタシも」

「いや何でだよ!」

「当たりめぇだろ! そんな下らん理由に付き合ってられるか!」


 ったく、ふざけやがって。何が楽しくて、せっかくの休日に、ゴールデンウィークに、野郎とバッティングセンターで汗を流さなくちゃいかんのだ。そこまで暇じゃないわ!


「いいのか? 後悔するぞ」

「は?」

「今日のホームラン賞は、焼肉食べ放題券だ」

「なんだって?」


 おい。おいおい。おいおいおい。そいつぁ聞き捨てならねぇな。そんな夢のような、ドリームチケットが、賞品とかまじか。太っ腹もいいところだぜ。


「どうだ、総司そうじ? 少しはやる気になったか」

「あぁ。そういうことなら話は別だ。全開バリバリだぜ」


 ったく、このヤンキーもどきの赤髪リーゼントがよ。そういうことなら早く言えっての。


「さっすが。んじゃ、いっちょ行こうぜ」

「おうよ」


 ――――

 ――


「ちっ、当たんねぇな……」


 やっぱ百五十キロは速いな。それにホームランの的小さ過ぎだしよ。これ、絶対にホームラン取らせる気ないだろ。


「あーダメだ。翔、交換だ」

「オーケー。任せろ」

「期待してる」


 とりあえず、一ゲームやってみたけどダメだった。もうちょいだったんだけどなぁ。やっぱ的が小せぇんだよ。


「よっ!」


 お? ナイスバッティング。

 と思ったけど、的のちょっと横か。うーん、惜しいな。


「悪ぃ。ダメだったわ」

「しゃあない」

「んじゃ交換な」

「ん? もう一ゲームやってもいいぞ」

「いいよ。地味に疲れるし」

「まぁ確かにな」


 ここは、一ゲーム三十球だから十打席分だ。他のバッティングセンターに比べたら、かなり多いほうだ。それを毎回フルスイングしてれば疲れもするか。

 でもまぁ、百円でこんだけ打てるんだから、あんまり文句は言えないか。


「さーてと、ほんじゃ、一発かましてくるわ」

「おう。かまして来い」

「おうよ。今夜は焼肉だぜ」


 ボールの速さにも目が慣れてきたし、タイミングもだいたい分かった。次で決めちまうか。


「よいしょ!」


 うん。いい手応えだ。

 カキーンといい音が鳴って、ボールは一直線にホームラン的に飛んでいって、ど真ん中にぶち当たった。すると、パッパラパーと愉快な音が鳴り響いた。


「おぉ〜。さっすが総司」

「当然だな。もっと褒めていいぞ」

「いや、まじですげぇよ。まさか、こんなに早くホームラン打つとは思わなかったわ」


 いやぁ、正直俺もだわ。バット振るのとか、一年振りぐらいだし。でもまぁ、意外と体は覚えているもんなんだな。


「やっぱり、野球部入った方がよかったんじゃねぇの?」

「嫌だよ。野球は好きだけど、もう部活に入ってガチでやるほどではないんだよ」

「もったいねぇな。ピッチングも得意なのに」

「バカこけ。普通だよ、普通」


 中学の頃はそれなりだったけど、高校となれば話は別だ。

 俺がやってたのは軟式野球だ。硬式を使う高校野球とは別物だ。いくら中学まではそこそろガチでやってたとはいえ、二年近くまともにやってないし、現役バリバリの高校球児には敵わないっての。

 今はこうやって、たまに遊びでやるくらいが丁度いい。

 それに。うちの野球部は、みんな坊主だ。そりゃあもうガチの丸刈りですよ。それだけはまじで嫌だ。丸刈り反対!

 そんな訳で俺は絶対に、野球部には入らないと心に決めている。天地がひっくり返っても覆らない俺ルールだ。


「んなことより、さっさと焼肉食べ放題券を貰いに行こうぜ」

「そうだな。目的は達成したことだしな」


 そう言って俺らは、受付にいるおっちゃんにホームラン打ったぞって報告しに行く。

 おっちゃんのやつ、すげぇ嫌そうな顔で焼肉食べ放題券を渡してきたな。あの様子じゃ、絶対に打てないと思ってたようだな。

 ふははっ、ざまぁ見やがれ。これが俺様の実力じゃい。ありがたく今日の夜は、豪華な焼肉を堪能させてもらうぜ。


「この後はどうする?」

「ん? 一旦帰るに決まってんだろ」

「帰るのかよ」

「当然だろ。焼肉屋が開くのは夕方だぞ。それまでたっぷり時間があるんだから、帰って寝るに決まってる」


 てか、普通に眠いんじゃ。実質二時間くらいしか寝てないんだから。まじで睡眠不足。お肌の天敵。ニキビ出来ちゃうわ。


「はぁ……分かったよ。でもまぁ、せめて飯くらいは付き合えよ。腹減っちまった」

「仕方ねぇな」


 まぁ確かに腹は減ったし、寝る前の腹ごしらえってのも悪くはないか。


「あ、でも奢りな。朝っぱら呼び出した‪んだから、そんくらいはしろよ」

「はいはい。分かったよ」

「んじゃ決まりだな。何食う?」

「朝ラーとか?」

「異議なし」

「んじゃ行こうぜ。オススメのところ連れてってやるよ」

「おう」

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