第13話 反省と明日の予定

「心配か?」

「そりゃあな……」


 モナは殺したりはしないとは言ってたけど、それはあくまで、モナの予想に過ぎない。

 ちくしょう。本当だったら、今すぐにでも飛び出して行きたい。だけどそれは無理だ。モナは今、黒川と一緒に下のリビングで部屋にはかけるしか居ない。ただモナは気配で俺がどこにいるか完璧に把握してる。だからこの家から出るのは不可能だ。


「花咲のこと信用してないのか?」

「そういうわけじゃない。ただ……」

「ただ?」

「俺はあいつのこと知らないんだよ」


 なんせ、ここ何年もまともに会話してないからな。あいつがどういう人間で、何が好きで何が嫌いなのか、何を考えているのか、何もかも分からないことだらけだ。

 だから、こうなった時、あいつが何をするか全く想像出来ない。


「翔はどう思う?」

「ん〜、まぁよく分からねぇけど、多分大丈夫なんじゃないか?」

「適当だな、おい」

「俺も花咲のことは、あんま知らねぇしな。でも、百合ゆりが大丈夫って言ってるから大丈夫だろ」

「黒川基準かよ……」

「おうよ。俺は百合の言うことは、どんなことでも百パーセント信用することにしてるからな」


 その考えは危険だから改めた方がいいぞ……。

 にしても、モナだけじゃなく黒川もそう言ってるのか。


「なぁ総司そうじ

「ん?」

「この際だから、花咲のこと知ってみたら?」

「は? どういうことだよ?」

「そのまんまの意味だよ。知らねぇから不安なんだろ? だったら知ればいいだろ」


 いやまぁ……言ってることは分からんでもないけどさ。だからって、どうすりゃいいんだよ。

 今さらあいつのことを知れって言われても難しいぞ。


「どうだ?」

「どうだって言われてもなぁ……。そもそもあいつのことは、どうでもいいから興味無い」

「それを言ったら元も子もないだろ……」

「そりゃそうだけどよ……」


 だって仕方ないだろ。本心なんだから。

 つか、俺はアヤメのことが心配なだけで、あいつ自体はどうでもいい。つまり、あいつのことなんざ、知らんでもいいってことだ。


「ったく……お前ってやつは。まぁいいや。とりあえず、ほら。これやるよ」

「あ? なんだこれ?」


 ケーキバイキングの無料招待券?


「それで花咲と行ってこい」

「は? 何で?」

「お前まさか……ただ、ありがとうって言って終わりにするつもりだったのかよ……?」

「ダメなん?」

「ダメだろ」


 えぇ……クソめんどくせぇ。


「そんな嫌そうな顔すんな。とにかく、絶対に行けよ。拒否権はない」

「だが断る!」

「うるせぇ黙れ死ね」

「言い過ぎじゃない?」

「お前がうだうだ言ってるからだろ。俺らを心配かけた罰だと思って行け。いいな?」

「はああぁぁぁ〜〜〜〜……分かったよ……」

「どんだけ嫌なんだよ……」


 めっちゃ嫌だよ。当たり前だろ。何が楽しくて、嫌いなやつとケーキバイキングに行かないといけないんだよ。

 でもまぁ……心配かけた罰って言われると、断れねぇか。あぁ……めっちゃ嫌だわ……。


 ――――

 ――


「よぉ」


 洋食時の時間になって、ようやくクソアマが帰ってきた。


「起きてたんだ」

「聞きたいことがあったからな」

「アヤメちゃんのこと?」

「あぁ」

「ま、そりゃそうだよね。いいよ、話してあげる」


 クソアマはそう言って、目の前のソファーに座った。


「まず、確認なんだが、アヤメは無事なんだろうな?」

「無事だよ。今は傷一つないね」

「そうか」


 よかった。とりあえず、それが聞けて一安心だ。モナ達は大丈夫だって言ってたけど、俺はそこまでこいつのこと信用出来ないから、気が気じゃなかったんだよな。

 ……ん? ちょっと待てよ。今は?


「おい、今はってどういうことだ?」

「あぁ。一応アタシ、あの子のこと殺すつもりで行ったからね。半殺しくらいにはしたよ」

「ふっざけんなよ!」

「別にふざけてないよ」

「ふざけてないんだったら、お前、イカれてるぞ」


 相手は五歳の園児だぞ。そんなやつ相手に、殺すつもりだったとか、半殺しにしたとか、普通じゃない。

 それをさも当然のように言ってやがる。どうかしてる。


「ふぅん。どうやら、事の重大さが分かってないみたいだね」

「は?」

「あのね。今回アヤメちゃんがやったとこは、殺人と同じなんだよ。本来だったら、あんたは死んでいたの。たまたまアタシが居たから助かっただけ。その辺分かってる?」

「……」


 確かに。俺は死にかけた。こいつが居なかったらと思うとぞっとする。


「でも……俺は怒ってないし、アヤメに責任を取ってもらおうとは思ってない。被害者がそう言ってるんだからいいだろ」

「関係ない。やっぱり事の重大さが全然分かってない」

「どういう意味だよ」

「もし。もしも、吸血されたのが、あんたじゃなくて、百合や高木君だったら? 同じ保育園の園児や先生でもいいね。まぁようするに、あんた以外の人間にアヤメちゃんが吸血していたらどうなってたと思う?」

「そ、それは……」

「まさか、分からないなんて言わないよね?」


 分からないはずない。そんなの嫌というほど分かってる。答えは、死だ。

 魔力は、普通の人間には劇毒。少しでも体に取り込んだら即死だ。


「あんたは魔力を取り込む体質だから、少しだけ魔力に対して耐性がある。だから今回はこれで済んだの。色々と運がよかった。じゃなかったら、人が死んでたの」


 言われてようやく気付いた。俺は、俺が俺がばかりで全然見えてなかった。事の重大さに気付いてなかった。


「それとね。アタシには魔女としての責任があるの」

「魔女の責任?」

「不思議に思わなかった? 魔女みたいな危険な力を使う存在が、何事もなく過ごせていることに」


 確かに。よくよく考えてみればそうだ。

 魔法なんて人知を超えた力を使う存在。そんなやつらを、放ったらかしにしているなんて、普通にありえないことだ。


「魔女はね。国とある取り引きをしていてね。自由に普通の生活を送らせてもらう代わりに、人外生物の取り締まりを任されているの」

「アヤメのような吸血鬼のことか?」

「そうだね。他にも獣人とか鬼とか、まぁ色々いるね。その人外生物の取り締まりが魔女の仕事。とてもじゃないけど、あれが本気で暴れたら、普通の人間じゃ手に余るからね」


 まぁ……そりゃそうだよな。生物としての強さが違い過ぎる。

 アヤメのような子供の吸血鬼でも、腕力はその辺の高校生とほぼ変わらないらしい。


「今回みたいに人に害を与えた場合、魔女は対処しなくちゃいけない。その時、殺すか殺さないかは全部魔女が判断してもいいことになってるの」

「そうか……」

「まぁ……殺すつもりだったけど、話してみたら色々あったから、殺さないことにした」

「それは……ありがとう。アヤメは俺の友達だからな」

「別にあんたのためじゃない。どちらかと言うとアタシのために生かしているだけ」

「どういうことだ?」

「そこまでは話すつもりはない。ただまぁ、流石に何もなしってことは出来ないから、アタシの使い魔になってもらった」

「使い魔って、モナみたいなかんじか?」

「まぁそうだね。保護観察処分って感じかな」


 なるほど。こいつの立場的に、そのくらいのことはしないといけないか。


「これで満足した?」

「あぁ……その、悪かった。何も知らないのに色々言って。今回のことはお前が正しいよ」

「分かればいい。それと、あんたが良ければアヤメちゃんに吸血させてもいい。その代わり、吸血したら必ずアタシに報告。そしてすぐに魔力抜きをする」

「分かった」


 驚いた。まさか、吸血を許可するなんて。あんなことがあったから、てっきり金輪際禁止とか言われるのかと思った。


「話は終わりね」

「あ、ちょい待て」

「まだ何かあるの?」

「お前、明日暇か?」

「暇だけど……え、何? 怖っ」


 怖っ、じゃねぇよ。何も怖くねぇだろ。予定聞いただけで怖いとか、お前の感性どうなってんだよ。病院行け。


「えっと……本当に何?」

「その……あれだ。これ……」


 俺は翔からもらったケーキバイキングの券をクソアマに渡す。


「ケーキバイキング? どうしたの?」

「翔からもらったんだよ。今日の礼として、お前を連れて行ってやれってな」

「へ、へぇ……」

「それで?」

「え?」

「いや、行くのか行かねぇのかってことだよ」

「あ、あぁ。そういうこと……」


 てか……よくよく考えたら、こいつが行くって言うわけねぇか。こいつも俺のこと嫌いだしな。

 まぁ、断られたら、あの券はくれてやればいいか。あとは勝手に誰かと行くだろう。


「……行く」

「は?」

「いや、行くって言ったの」

「まじで言ってんの……?」

「誘ったのはそっちじゃん」

「まぁそうだけどさ」


 え? うっそぉ。まじで?

 絶対に断られると思ったんだけどな。世の中不思議なことがあるもんだ。


「勘違いしないでね。ここで断ったら、高木君に申し訳ないからだから」

「あーはいはい」

「本当に分かってんの?」

「分かってるよ。俺だって翔に渡されなかったら、誘ってねぇよ」

「あっそ。まぁいいや。んじゃ明日ね」

「あぁ」

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