七十一話 好透の胸中

 今日ここに呼ばれたのは昼食を一緒に食べたかったかららしい。

 既に用意はできているらしく、すぐに席について一緒に食べることになった。

 すぐるさんの料理はとても美味しく、どんどん箸が進んでしまいあっという間に食べ終わってしまった。そんな俺を見てニコニコ顔の優さんである。


「あらあら、そんなにお腹すいてたの?」


「それもあるけど、何より美味しかったからつい…」



「ふふ♪また今度沢山作るわね♪」


「やった」


 俺の感想に彼女は頬をほんのり赤くしながら、嬉しそうにそう言った。


「今ね、私もお母さんから料理教えて貰ってるんだ!だから今度、兄ちゃんにご馳走するね!」


「それは嬉しいけど無理しないでね?衣織いおりちゃんには受験が控えてるんだから」


「うん!」


 そんな快活な返事をする衣織ちゃんが可愛くて、つい頭を撫でてしまうが、彼女は嬉しそうに目を細めて抱き着いてくる。

 それを見たしおりも負けじと抱き着いてきた。正に両手に花である。


「あらあら、二人とも見せつけてくれるわね。それなら私はぁ…」


 優さんがそう言いながら俺の後ろな回ってくる。


「……っえい♪」


 彼女は俺の首元に腕を回し、背中にのしかかるように抱き着いてきた。ふよんと柔らかい感触が背中を覆う。


「お母さん娘の彼氏に欲情するの何とかしたら?」


「なんのことかしら?」


 そんな彼女をジトっとした目で栞が見ながらそう言ったが、優さんはしれっと流した。

 とは言っても背中にくっつけた胸を揺らしながらその存在をアピールしている。


「お兄ちゃんって意外とエッチなこと好きだよね」


「そりゃまぁ…」


 背中から伝わる感触についつい リアクションを起こしてしまった俺に衣織ちゃんが冷たい声色でそう言った。珍しい反応である。


「そうじゃなかったらお昼までエッチしないよ」


「言うな言うな!」


 栞の言う通りではあるがわざわざ教えることは無いだろうに…恥ずかしいわ!


「うふふ、スるのはいいのよ。でもちゃんと '' 準備 '' はしなきゃダメだからね?」


「だってお兄ちゃん、スる?」


「マジ勘弁して」


 恥ずかしいにも程がある、見せ物という訳ではないのでここではやらないぞ。


「っていうかお母さんも好透こうすけのこと好きすぎじゃない?」


「当たり前じゃない、だって最近 多熊たくまくんとはあんまり…」


「「お母さんのバカ!」」


 聞きたくない内容をわざわざ言い出す彼女に対して娘二人がそう叫んだ。俺も全く同感です。

 恥じらいがないの何とかならん?


「普通にありえないんだけど、どうしてお母さんって好透が絡むと時々下品になるの??」


「わかんないわぁ♪」


 言い方は可愛いのだが内容がアレすぎて笑えない。そんな事してると危ないよ?

 ……色んな意味で。


「それで、今日来てもらったのはね?」


「え、今?」


 俺の背中に抱き着いた優さんがそう言い始めた。なんて格好のつかない……

 しかし優さんはそんなツッコミを無視して続ける。


「この間の事なんだけど、栞を助けてくれてありがとね」


「いや、まぁ恋人だから当然だと思うけど…」


 やはり親として思うところはあるのだろう、そりゃ自分の子供が危険な目にあったのだから。


「それでも、ね…取り返しのつかないことになる前に栞を助けてくれたでしょ?今この子が元気なのも好透君のおかげ、私も栞も感謝しているのよ」


「そうだよ」


 優さんの言葉に栞が同意する。

 衣織ちゃんも同意見のようで うんうん と頷いている。


「だから、それだけは受け取って?」


「それは、まぁ…」


 とはいえ、やつらがあんな行動に出たのも俺のせいでもあるような気がして、あまり頷けないんだよね。

奴らは俺に恨みがあっただけで、栞は完全に巻き込まれただけだ。

まぁ一方的な逆恨みみたいなものだから気にしなくていいんだろうけど……


「あっ、もしかして好透、自分が悪いとか思ってない?」


「……いや」


 俺の様子を見てその胸中を言い当てる栞、さすがに付き合いは長くないか……


「…否定はしないよ」


「だろうね、悪いのはあの人たちであって好透じゃないよ。だから、自分を責めないで」


 栞はそう言った頭を撫でてくる。その優しさが嬉しい。

 なんとなく のしかかっていた重しが取れたような、そんな気がした。


「ありがとう、栞」


 ずっと喉につかえてたような、そんな小さな罪悪感にも似たソレは、ずっと目を逸らしていただけで思ったより自分の胸中を支配していたようで、ほんの少し…ほんの少しだけ目頭が熱くなった。

 そんな俺を知ってか知らずか、栞は自身の胸に俺の頭を抱き締めた。


 俺の情けなくなったであろう表情を隠すためか、それとも別の意味かは知らないが。

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