二十八話 あの時の

「あなたに助けていただきました」


 そう言われても心当たりがなく、うーんとうなり悩んでいるが、舞幸まゆきちゃんは続ける。


「あの時助けていただき、本当にありがとうございました!」


 そう言って深々と頭を下げる彼女だが、当の俺は訳が分からない。


「いゃ、ちょっと待って!なんのことか本当に分からないんっ!っぅぇと人違いじゃない?ぁ頭上げて!」


 あまりに訳が分からなすぎて混乱してしまって上手く喋れない。理解する時間を下さい。


 という訳で彼女から説明をいただきました。

 舞幸ちゃん曰く、二年前に倒れそうになったところを俺に助けられたのだとか。


 二年前の初夏での出来事らしい。

 言われて見ればそんな出来事もあった記憶もある、それによれば時期もそのくらいだ。


 その時は、フラフラと道の端に力無く倒れ込んだ女の子がおり、驚いた俺はその子に駆け寄って声を掛けたり救急車を呼んだりした。


 つまり助けたのは俺ではなく救急隊員というわけだ、俺なんて焦って通報するくらいしか出来なかった。つまり感謝される筋合いなんて無いのだ。


「そんな事はありません、あの時私を見てみぬフリする事だってできました。それなのにあなたは私の傍に駆け寄ってくれたでしょう?」


 彼女はそう言うと俺の両手をそっと握った。

 あの時目の前で人が倒れたのだ、だから急いで助けなければと思った。



「身体が重くて思うように動かなくなって、苦しくて辛くて…どうしようもなかった時、それにどれだけ救われたか…。父も感謝していましたよ」


 舞幸ちゃんは顔を綻ばせて告げる。その頬はほんのり赤い。

 俺にとってはたったそれだけの事…それでも彼女にとっては命を救われたってことか?


「自分語りになってしまいますが…私は昔病弱でして、よく寝込んでいたんです。二年前の時はだいぶ良くなっていたんですけど…結局それが災いして体調を崩し意識を失いかけてしまって」


 そこから病弱だった体質がぶり返したり悪化する可能性もあったとのこと。

 最悪命だって落としたかもしれないことを考えると、俺のしたことは舞幸ちゃんを助けたってことになるらしい。


「だから、本当にありがとうございます」


 改めて舞幸ちゃんが深々と頭を下げる。


「わかった、どういたしまして」


 俺がそういうと彼女はゆっくりと頭を上げた。顔を赤くし嬉しそうな表情を浮かべている。


「これからよろしくお願いしますね♪好透お兄さん。えへへ♪」


 舞幸ちゃんはそう言って俺の胸に飛び込んできた。


「いきなりごめんなさい。でも今は少しだけ、こうしていたいんです…」


 そういって微笑む彼女はとても魅力的だった。



「…という事なんです、優親ゆうしん義兄にいさん」


「そっか、意外な繋がりだねぇ」


「本当だよ、世の中狭ぇって」


 あれから舞幸ちゃんと連絡先を交換して優親の部屋へ戻った。彼女も一緒だ。

 先程の話を優親に話すと彼はとても驚いていた。


「どうする?あれなら晩ご飯食べてく?母さんも好透こうすけに会いたがってたからきっと喜ぶけど…」


「いいですね!私も好透お兄さんともっと一緒にいたいです!」


 うわぁ舞幸ちゃん凄く嬉しそうで可愛い!

 満面の笑みだぁ!

 優親から夕飯の誘いを貰ったので、せっかくなのでご相伴しょうばんに預かることにした。


「じゃあ母さんに連絡するね」


 優親がそう言ってスマホを取り出した。


「……あ、もしもし母さん?今日ね、好透が家にきてて、よかったらご飯一緒に食べようって思ってさ。……それがなんと、舞幸ちゃんと面識があるみたい。もう僕より仲良しだよ。……そうそう」


 仲良しとかやめてくれ、そんなんじゃない。とは言ってました舞幸ちゃんは抱き着いて来てるわ…。


「えへへ、仲良しですね。好透お兄さん♪」


「お、おう」


 この近さはマズい、好感度が高すぎる。

 離れてもらいたいけど言いずらいぃ…めっちゃキラキラとした笑顔を向けてきてるわぁ。


「うん、よろしくねー」


 電話を終えたであろう優親がそう言って電話を切った。


「おっけーだってさ♪やったぁ、好透とご飯だー♪」


 そう言って優親まで抱き着いてきた、やめろ暑苦しい。可愛いツラはしてるがコイツは男である。なんで友人兄妹に抱き着かれてんの?何があった。


「やめろキモチワリー」


「まぁまぁそう言わずにぃ♪」


 コイツも大概俺の事好きだよな…とかそんな事を考える。何気にコイツも意外と柔っこいんだよなぁ…。男になのか女になのかはっきりしろ。


「優親お義兄さんも好透お兄さんのこと大好きなんですね♪」


「そーだよ、舞幸ちゃん!好透のこと大好きなんだ♪」


 優親が満面の笑みで告げやがった。

 やめんかい…俺にそっちの気はないぞ。



 そして優親のお母さんが帰宅してきた。


「お邪魔してます、蓮希はずきさん」


「いらっしゃい、好透君が来てくれて嬉しいよ!」


 そういって嬉しそうに両手を握ってくる蓮希さん。

 相変わらず瑞々しい肌をしており、シワやシミひとつない、優親という子を産んだとは思えないほどに若々しくて綺麗だ。


「そう言ってもらえると俺も嬉しいです。今日はよろしくお願いしますね」


「いやいやいいよいいよぉ!そんな畏まらないでゆっくりしてって。あの人ももうすぐ帰ってくると思うから」


 あの人…つまり蓮希さんの再婚相手であり舞幸ちゃんのお父さんだな。


「いやぁ、どんな反応するか今から楽しみだよ。なんでも舞幸ちゃんを助けたことがあるとか?」


 蓮希さんはやるぅ!と肘を突いてくるが、助けたという実感がないので何とも言えない気持ちになる。

 舞幸ちゃんは横でうんうんと頷いている。


「舞幸ちゃんにはすごい感謝されましたけど、やっぱり実感が湧かないんですよねぇ…」


 嬉しいものの困惑もしており、複雑な気持ちを誤魔化すように頭をく。

 結局二年も前のことであり、更に俺自身忘れていたのだ。

 しかも救急車呼んだだけという、言ってしまえば誰でもやれることをしただけ。

 今どき携帯を持っていない人の方が少ないくらいなんだ。


「まぁその話は本人も交えてじっくりしようよ、私も気になるし!」


「そうですね、いくらでもお話しますよ♪」


 二人してノリノリになっている。


 久しぶりに優親の家で夕飯をいただくが少々大変な思いをするかもと苦笑した。


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