十九話 栞との絆

 その日宿題を終えた俺はゲームをしていた。

 そのゲームで装備を作るために特定のモンスターをガンガン倒しまくっていた時のことなんだが、母がいきなりドアを開けてきた。マジでノックくらいしろ、思春期やぞ。


「ねぇ好透こうすけ、さっきすぐるちゃんから電話があってね?すぐに来て欲しいって」


「え?しおりのお母さんが?」


 栞や衣織いおりちゃんから呼ばれるならわかるけど、なんで優さんからなんだ?


「栞ちゃんが泣いてて好透のことを呼んでるって、だk…」


「っ!行ってくる!」


 栞が泣いているとなればゆっくりしていられない。全速力で彼女の家に向かう。

 歩いて五分くらいだ、走れば一、二分で着く。


「栞…栞…」


 彼女の名前を無意識呼ぶ。

 とにかく走る、猛ダッシュだ。

 栞の家に向かっていると彼女は、その家の前にいた。


「栞!」


 思わず彼女の名を叫んでしまう。今は夜なので近所迷惑かもしれないが、そんなことを気にしている余裕はない。ご近所さんすいません。

 栞の元に着くとやはり彼女は涙を流していた、どうすればいいのだろうか?


「どうしたの栞、大丈夫?」


 どうして泣いているのかを知らなきゃ解決方法も分からない。

 俺は彼女に目線を合わせ背に手を添えるが、答えられるほどの余裕もなさそうだ。


「こーすけ…こーすけぇ…」


 栞は泣きながら俺の名前を呼ぶ。

 今出来ることといえば抱き締めてやることだけだ。俺はそっと彼女を包んだ。

 慰める為に、彼女の頭や背中をさすってやる。

 そうしていると、だんだん落ち着いてきたようで、すすり泣く声が小さくなっていく。


 しばらくすると栞はありがと!と言って、少し照れたように微笑んだ。

 月明かりに照らされた彼女に見惚みとれてしまう。



 目が覚めるその前に見た夢の中の栞が、やけに頭に残った。



 今日は栞のお泊まり最後の日だ。だから彼女は明日帰ってしまう。


 すぅすぅと俺の腕の中で眠る栞を眺めながら、そんなことを考える。


 シミ一つさえ見当たらないほど綺麗な肌をしている頬をそっと撫でる。今は一秒でも長くこの時間を楽しみたい。


「んぅ…んー」


 すると栞が声を上げながら、モゾモゾと動き始める。かわいい。


 すべすべと彼女の肌がこすれて気持ちがいい。

 ゆっくりと栞が目を開けた。


「んぁ…こーすけおぁよ」


「ん、おはよう栞」


 挨拶を返し栞を抱き締めると、彼女はんふふー♪と嬉しそうな声を上げて抱き締め返してくれた。

 今日は特に予定も無いし、もうちょっと布団の中でゆっくりしていようか。



 別に何をするでもなく、冷房の効いた部屋の布団の中で足を絡め合いながらぬくぬくとしている。

 たまにはぐーたらなのも悪くない。明日からも学校だし、少しくらいだらけてもバチは当たらないだろう。こら、どこ触ってんですか栞さん。


 布団の中で好きな人を肌で感じ続けていると、色々とクるものがあった。それは彼女も同じだったようで、朝から互いを求めあった。




 俺たちは朝食を食べ終わり、例によって栞に皿を洗ってもらっている。

 彼女にはゆっくりしていてと言われたのでソファに座って彼女を待つ。ちょっとそわそわする。

 今更ながら気になったことを栞に問うてみる。


「そういえば、笹山さんはいつから俺の事を?」


「ん、小春こはる?あー、それねぇ」


 全く心当たりがないので、栞なら何か知らないかと思ったのだが…。


「ほら、小春って色々言われてたでしょ?見た目とかでさ」


「あぁ、確かにごちゃごちゃと下らないこと言ってる連中はいたな」


 笹山は金髪で水色の目をしている。金髪なのは地毛らしい。

 確か親御さんのどちらかが外国の人だったはずだ。つまりは遺伝ということだな。

 確かに笹山はよく目立つ…つまり派手だ。

 しかし髪染めしたりカラコンを付けるのと違って、すごく綺麗なんだよね。お洒落で作ったのと違って、自然でとても絵になると言うか、なんというか。



 俺は嫌いではないし、むしろ好意的な印象を持っている。結構前にからかわれていたり金髪だからとビッチ扱いをされていたことに対してかなりムカついたことがあった。


「好透ってさ、小春を悪く言ってる人達に怒ったりしたでしょ?あの子のことを慰めたりして」


「あー、まぁあったなそんなこと。実際は慰めたっていうかただちょっと声掛けただけなんだけどな」


 別に大したことじゃない。アホなこと言ってる連中に文句言ったり、悪く言われて傷付いている人をフォローするのは何らおかしい話ではない気もするんだけど。


「それだよ。小春はそれが理由で好透のことを好きになったの」


「え?」


 もっと特別な何かがあるとは思ったのだが、案外普通の事だったので拍子抜けしてしまう。笹山さんチョロすぎません?


「小春自身は気付いてないかもだけど、結構前からあの子好透のこと好きだったと思うよ。確か中学入るちょっと前くらいからじゃないかな?明らかに好透と話してる時だけ妙に嬉しそうだったしよく見つめてたしで、皆察してたよ」


 正直全然気付きませんでした。

 ぶっちゃけ栞と衣織ちゃんしか見てなかったです。


 皿を洗い終わった栞が俺の隣に座って抱き着いてくる。お疲れ様でした。


「ふふ…その様子だと全然気付いてなかった?」


「うん全く。だって栞と衣織ちゃんの事しかろくに見てなかったし」


 俺がそういうと栞はそっか、と嬉しそうに呟いた。彼女の腕に少しだけ力がこもった。


「それにね、小春からも直接言われたの。まぁそれは中学三年くらいだったかなぁ…。きっとその頃からだと思うよ。あの子が好透のこと好きだって自覚したの」


「随分間が空いてるんだな」


 長い時間を過ごした仲ならともかく、ろくに関わってこなかった相手を好きになるというのなら自覚するのは早そうなんだけど、案外そうでもないのか?


「確かその時って、あの子がパパ活みたいなことしてるって噂が出た頃でしょ?」


「あぁ、そういえばそんな話あったな」


 確かクラスメイトが''笹山がおっさんから金を貰ってエロい事してる''だのなんだの馬鹿らしい話で盛り上がってた時だ。


 あの話を聞いてしまったのであろう笹山が涙を流していたので、彼女を励ましてやろうと声を掛けたことがあった。気にしないで…みたいな。

 もしかしてそれ?あんな雑な言葉じゃなんとも思わない気がするけど。


 前々から彼女の容姿をビッチ呼ばわりしてた連中が話していただけに、またこいつらかと腹が立って、下らねぇと吐き捨てた覚えもある。

 謂れのない噂話で不愉快な気分になってしまった笹山には、そんな話を気にせず笑っていて欲しかったんだ。


「前から小春の変な噂を流してた人達に文句言ってたって聞いたよ?それに慰めてくれたって。やるぅ♪」


 ツンツンと栞が俺の胸を突っつく。


「慰めたって、マジでそんな大層なもんじゃなくて、ちょっと元気付けようとしただけだ。それがスベってないのなら何よりだよ」


「スベってないどころか、それが原因で好透が好きになったって言ってたけどね」


 よいしょ、と言いながら栞が膝の上に座って抱き着いてくる。


「マジか、大したこと言ってないんだけどな。あの時の俺は大分しどろもどろだったと思うぞ」


 マジで何を言えばいいのか分からず、ただそれっぽいことを言っただけなんだけどなぁ…。マジで意外とチョロい?


「それでも、傷付いてた小春にとってその気遣いが嬉しかったって事だよ。大好きなお母さんから受け継いだものを馬鹿にされた事が凄く辛くて、そんな時に好透が優しくしてくれた。って言ってたよ」


「母親から受け継いだ…か」


 それだけ笹山にとって大切な遺伝ってことだ。それを馬鹿にされて傷付いた心を少しでも元気になったのなら良かったと思う。

 俺が思った以上に、笹山は好意的に捉えていたと言うことだ。

 だからこそ彼女に好かれたのだろう。


「納得した?」


「まぁ、頭ではな」


 頭では分かっているのだが、中々感情が追いついてこない。

 まぁ、考えても仕方ないと考え過ぎることはやめた。



「そういえば、懐かしい夢を見たな」


「んー?」


 栞が首を傾げる。

 彼女は鼻をすんすんと鳴らしては恍惚としている。恥ずかしいからやめて。


「あの時だよ、俺たちが両想いになったあの夜」


「あ、あれね…ちょっと照れるね!それでどんな感じだったの?」


 栞とっても俺にとっても大事な思い出だ。

 彼女は興味津々といった様子で聞いてきた。


「俺がすぐるさんから呼ばれて家から飛び出したとこから、栞が泣き止むところまで」


「ふんふん、そっかそっかー♪あの時の好透かっこよかったなー♪」


 栞はおどけたように言ったが、その表情はとても嬉しそうだ。


「そりゃよかったよ。マジで心配になって全速力で走ったからな」


「確かに少し息が上がってたもんね。そりゃ疲れるよ…もうホントに、大好き♪」


 頬を朱に染めてキスをしてくる。

 口を離し少しだけ深く呼吸する。


「……あの時、栞が泣いてるって聞いて…初めて考えるより先に身体が動くって言うのを体験したんだ」


「へぇ…そんなになんだ…」


 目をまん丸にしてぱちくりとしている。まさかそこまでとは思っていなかったらしい。


「とにかく急いで栞の所にいかないとって、それしか考えてなくてな…栞が泣いてた時はどうしようかと思ったけど…」


 彼女はうんと相槌を打っている。


「……本当に、笑ってくれて良かったよ」


 そっと彼女の頬に手を添える。


「俺は、離れたりしないからな」


 真っ直ぐに彼女の目を見て言う。

 少しだけうるんだひとみ、赤い頬…しかし表情は明るい。


「私も、好透から離れたりなんてしないよ…愛してる」


 栞はそう耳元でささやいて、俺とキスをした。

 触れるだけのモノだけど、それでも心が満たされる。唇を離しては見つめ合い、何度も繰り返す。


 あの夜のことは彼女にとっても大切な思い出であることは本人から聞いた通りだ。

 それは俺にとっても変わらない。


 その思い出は俺たちにとっての絆でもあったのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る