十七話1/2 気持ちを受けて

 笹山ささやまと別れて、しおりと静かに帰路きろに着く。

 彼女から受けた気持ちは、明らかに友情ではない。

 俺のことが好きなのだ。そうでなければ軽々しく撫でて欲しいなんて、言うわけがない。

 彼女が別れ際に見せた涙と、その寂しそうな表情がそれを物語っていた。

 モヤモヤとする感情、それを振り払いたくなった。


「栞、家に戻ったら少し走らないか?」


「え、いいよ?」


 季節は夏だから、夜でも暑い。

 しかし汗と共に流したいものがあった。




「じゃあ、行くか」


「うん、いーよ!」


 少しだけ身体をほぐして、家の前から走り出す。


 帰宅した俺たちは走り易い服装に着替えてジョギングを始めた。

 笹山に向けられた気持ち、それに対する行動は正しかったのか、そんな答えのないことをグルグルと考えてしまう。

 考えすぎて頭がショートしてしまいそうになるので、一旦整理するために運動をしたくなった。



 栞のスピードに合わせ、一定のリズムで走る。

 その振動が心地よく、グルグルと考えてしまう頭を少しだけクリアにしてくれた。



 ふと後ろを気にすると、栞がキツそうにしていた。

 もう少しでいつものノルマだが、今回はここらでやめておこう。


「大丈夫か?」


「たいじょーぶ、はぁ、はぁ…」


 栞は膝に手を付き辛そうで、あまり大丈夫そうではない。息もえといった様子だ。

 昔は逆だったな…なんてことを考える。


「ほら、乗って」


 しゃがんで栞をおぶろうと思ったのだが、彼女はそれがおさなかったようだ。


「んー…抱っこ」


「おう」


 栞は腕を広げて、子供のように抱っこをせがんできた。

 それを快く受け入れて、彼女を抱える。

 彼女は思いの外軽く、抱っこするのに全く苦労しなかった。


「んふー♪こーすけ好きー♪」


 抱っこされた彼女はとても嬉しそうで、俺の背中に腕を回した。俺も嬉しい。

 栞から伝わる心音が心地良い。


 ゆっくりと歩いて、俺は抱えている悩みを彼女に打ち明ける。


「あれで良かったのかな」


 栞に答えを求めるのはおかしいかもしれない。

 それでも彼女に聞いて欲しかった。これは俺の我儘わがままだ。


「どうだろうね、少なくとも小春こはるは喜んでたと思うよ」


 確かに笹山の笑顔を見れば、きっと彼女は喜んでくれたのだろうと分かる。


「何が正解なんて私には分からないよ、きっとそれはあの子だって同じ。でも、私がいいって言ったことまでしか好透こうすけはしなかったでしょ?」


 その通りだ、栞が嫌がることまでしたくはない。しかし同時に笹山の願いに応えたくもあった。せめぎ合う気持ち。


「そうだな、栞は撫でて良いとは言ったけど、それだけだった。だからそれ以上はしちゃいけないって思った」


「それならそれでいいんじゃないかな?正解なんてないんだし、自分がどうしたいか…それで決めればいいと思うよ」


 栞の抱き締める力が、少しだけ強くなる。

 俺は自分なりに考えた。それならそれでいいのだろうか?


「もし好透が、もし小春を選ぶんだったら、私はそれでも良いと思う」


「やめてくれ、それはない」


 俺は別に笹山が好きってわけじゃない。

 いい子だとは思うが、それだけだ。


「確かに笹山さんの願いに応えたけど、それだけだ。笹山さんが好きってわけじゃない、俺の心を勝手に決めないでほしい。俺は栞が好きなんだ、その相手は笹山さんじゃない」


 あくまで笹山に抱いたのは同情心であって、それ以上でもそれ以外でもない。

 確かに彼女はとても可愛くて、魅力的な人だと思う。

 でもそれは客観的印象であって、恋心から来るものじゃない。栞に抱く感情はもっと大きなものだ。比較対象にさえならない。


「友達の悲しむ顔は誰だって見たくない、だからああしたんだ。もしそれが不安の種になるのなら、それ以上に栞を離さない。勘違いなんて絶対させないからな」


 栞が不安になるのなら、それが杞憂きゆうであると分かるようにするだけだ。


 栞みたいな素敵な女の子とずっと一緒にいれば、どうしたって好きになる。それを分かってもらいたい。


「えへへ♪好透は友達にも優しいね。そんなあなたが好き、大好きなんだ。ずっとそんな好透でいて欲しい。でもそれが、他の子たちの心を奪っちゃうんだね」


「そりゃ困る。栞と衣織いおりちゃんだけで充分だ。それ以上は贅沢ぜいたくがすぎる」


 別に俺はモテたい訳じゃない。

 確かに性欲はあるし、他の女性をそういう目で見ないわけじゃない。

 しかし、栞と衣織ちゃんがあまりにも素敵すぎて、いつの間にかそれ以外の女性に意識が向きにくくなってしまった。


「来週は衣織がお泊まりだね」


「そうだな」


 その事についても衣織ちゃんと話さないとな。きっと三泊栞と同じことしたいって言うだろうけど。


「ちゃんとあの子の気持ちを受け入れてあげてね。私と同じようにあの子も好きでいてあげて欲しい」


 それは望むところである。

 俺の体は一つしかないが、そんなものは些細な問題だ。伊達に幼馴染やってない。


「あぁ、でも今は栞の番だ。明後日の朝まで泊まりなんだから、ちゃんと楽しんでくれよ」


「もちろん!」



 暗くなった道をゆっくりと歩く。

 心地よい重さが、まるで今の幸せの重さなのかと、少しイタいことを考えながら。



 とっぷりと更けた夜に、俺たちは今日も気持ちを求め合う。


 互いの不安や悩みをかき消したくて、その欲をぶつけ合った。

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