十六話 勘違いなんてできない

 昼食を終えてファミレスを後にした俺たちは、三人でカラオケに来ていた。


天美あまみ君と遊ぶのって初めてだから、ちょっと緊張するね」


 当然だが笹山ささやましおりの友人であって俺の友人ではない。

 しかし彼女はこういうの慣れてそうだし、見た感じコミュ力オバケにしか見えないのだが、先程のトラブルもあってか少し緊張しているようだ。…多分。


「よーっし!歌おー!」


 栞が元気よくマイクをかかげている。まずは曲を入れなさい。


「元気なのは良いけど、まず曲を入れないと。どっちが歌う?」


 二人に次の音楽を決めるための機械を向ける。


「「先に入れて!」」


「えっ」


 二人から同時に言われてしまってビックリした。


好透こうすけの歌声を先に聞きたいからさ…ね?お願い!」


「ウチも!天美君の歌声聞かせて?」


 二人からそう言われてしまったので、とりあえず自分の好きな歌を入れる。


 二人のどちらかが取りやすいような位置に機械を置いて、マイクを手に取って歌う。


 一曲歌い終えると二人は拍手してくれた。


「天美君って歌上手いね!」


「でしょ?好透とカラオケ来るのって何ヶ月かぶりだけどぉ、やっぱりいいねぇ」


「そりゃどうも」


 二人とも上手いとは言ってくれるが、栞だって普通に歌上手いし、それは笹山も間違いないだろう。

 先に栞が機械を操作し、マイクを手に取った。


「久しぶりだから大丈夫かなー?」


「栞はいい声してるから大丈夫だ」


「うんうん、栞は歌上手だもんね」


 栞が入れた曲が始まる。

 彼女はとても可愛らしい声をしているからか、歌声も凄くいい。耳が癒されるぅ…。


「やっぱり栞は上手だなぁ…とても良い歌声でした」


 俺の感想に栞が嬉しそうに笑った。


「えへへ、ありがと!」


 栞はニッコリと笑って笹山にマイクを渡した。


「よーし!栞に負けてらんないから、ウチもがんばる!」


「言っても小春こはるだって上手でしょ、私知ってるよ」


 そりゃたまに遊びに行ってましたもんね。


「やめてよ、プレッシャーになるでしょー」


 楽しそうに笹山が笑って返す。


 笹山の歌声もとても綺麗で、思わず聴き入ってしまった。二人ともレベルが高い。


「すごいな笹山さん、めちゃ良かった」


 思わず拍手をしてしまうくらいには驚いた。上手すぎだろ。


「ほんと?ありがと、天美君!」


 俺が素直な感想を言うと笹山はニッコリと笑った。



 三人のカラオケはおもいのほか盛り上がり、あっという間に時間が過ぎる。


「いやー、楽しかったね!天美君!」


「そうだな、また来るのも良いかもしれない」


 笹山の楽しそうな表情がその言葉を本当だと思わせる。

 浮いてないか心配だったが、気にする事はないのかもしれない。


「小春は好透とずっと遊びたがってたもんね」


「まーね!だから二人ともありがと!」


 遊びたがっていた…か。

 笹山は俺の事をただの友達と思っている訳ではないと思う。

 俺たちは今までそんなに関わってこなかったのだ、そんな相手と遊びたがるなんて割と珍しいだろう。ましてや俺はそんなに人と積極的に関わろうとしていない。


 特別な印象があるなんて思えないが、きっと考えすぎだろう。


 しかしそう決めつけるには、時たま彼女から向けられる視線がそれを許さなかった。




 笹山の家の前まで彼女を送り、別れる前に少しだけ喋ることにした。


「今日はありがとね!二人とも!」


 変わらず満面の笑みを向けてくる笹山は、とても魅力的に見える。


「うん、私も楽しかったよ。また遊びに行こ!」


「あぁ、また笹山さんも交えて遊びに行けるといいな」


 意外と楽しめたので、良い友達になれそうに思う。

 しかし何か忘れてるよーな?

 そんな事を考えていると、笹山が恥ずかしそうに、モジモジとしていた。


「そういえば、あのぉ…お昼の時に話した事なんだけどぉ」


 昼に話した事…恐らくあの事か。


「あー、そうだったね。しゃーない、いいよ!好透、お願いね?」


 栞が背中を優しく叩いて、そう言った。

 敢えて忘れるフリをすることも出来たが、そんな事をしてもただ遅くなるだけだ。

 俺は覚悟を決める。


「え…と…撫でればいいのか?」


「うん…お願いします…」


 栞や衣織いおりちゃん以外にこんなこと したことがないので、緊張してしまう。

 しかし笹山なんてもっと緊張していた。

 恥ずかしそうにうつむいている。


 そっと彼女の頭に手をえると、ビクッと身体を震わせた。

 それにはこちらも少し驚いてしまったが、栞にするように優しく手を動かす。


 さらさらとその綺麗な髪に沿って、彼女の頭を撫でた。



 だがいつまでも撫でている訳にはいかない。しばらく撫でて、手を離す。


「ん…もう終わり?」


 笹山は寂しそうな声と表情で見つめてきた。しかしこれ以上引き伸ばしてはならない。

 願いは聞いたのだ、栞や衣織ちゃん以外にこんなことをやりすぎる訳にはいかない。


「うん、あんまりやりすぎるとやめ時が分からなくなるからな」


 出来れば彼女の願いに応えてやりたいが、やめ時はきちんと決めなきゃいけない。

 あくまで笹山は友達なのだ。


「そうだよね…ありがとう、天美君!」


 彼女は寂しそうな表情を切り替えて、満面の笑みを向けてきた。人懐っこく可愛らしい笑顔。



 その目に涙を浮かべながら。


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