《おまけ》紗夜のことよろしくお願いします

「さよ! さよ! しっかりして!」


 最悪の事態だ。

 よりによって、真由に会うなんて……。


 真由は他県の大学に進学していたから、少し安心していた。 ただ、いつ帰ってくるか分からなかったから、紗夜といる時は常に会わないように気をつけて周りを見ていた。


 夏祭りで浮かれて、こんな事態になってしまうなんて最悪だ。


 紗夜はてっきりあの従姉妹と夏祭りに行くのかと思っていたから、私を選んでくれて嬉しくて調子に乗っていたのだろう。



 周りの大人の人達が異変に気がついて、手伝ってくれたから救急車も呼んでもらえて何とかなっている。


 一人でなくて良かったと改めて感じた。


 真由は顔を青ざめて、悲しそうな顔で運ばれる紗夜を見ている。


 お前がそんな顔をする資格なんてない。


 二度と私たちの目の前に現れないで欲しいと言いたかったが、そんな暇もなく、紗夜に付き添う為に私は救急車に乗った。


 救急車の中で色々聞かれて、それに落ち着かない気持ちを無理やり胸に押し込め、冷静を装い、難なく答えた。


「家族の連絡先は?」


 母は繋がらないだろう。繋がっても海外にいると聞いている。


「従姉妹と住んでいるので、その人の連絡先ならスマホの中に入ってると思います」


 あんな人を頼りたくない。


 私の方が先に紗夜のそばに居た。

 紗夜のことをずっと見ていた。

 紗夜をずっと支えてきた。


 しかし、私はどんなに頑張っても紗夜の友達でそれ以上ではない。


 そのことが何よりも悔しくて認めたくなかった。


 

 紗夜の従姉妹は信じられないくらい早く病院に駆けつけてくれた。


「楓ちゃん、紗夜のことありがとう。何があったの? 熱中症?」


 呼吸も整えず、私にお礼を言って紗夜の方へ行こうとする。

 紗夜だって起きた時にこの人が隣に居てくれた方がいいなんて、彼女を隣でずっと見てきた私が一番わかっている。

 

 それでもその事実を受け止めきれない自分がいた。


 私は紗夜の従姉妹の腕をグッと掴んで、そのまま彼女を睨むと、汗が顔に滲む女性は首を傾げてこちらを見てくる。


 それはそうだ。

 こんな私の行動はわけが分からない。


「名前なんて言うんですか?」

「和奏」


 名前を聞いて、言いたいことを言わなければいけないのに、それが嫌な自分もいて、彼女を掴んでいる手に力が入る。


「紗夜の年齢の子はみんな爪を立てるの?」


 和奏さんはニッコリと笑って冗談を言っていた。

 

 紗夜が苦しんでいる時まで笑っているなんて最低だと思う。しかし、私と会話をしているのに、体は紗夜の病室に向いていて、一刻も早く私から事情を聞き出して、紗夜の元に駆けつけたいことが伝わってくる。


「紗夜を苦しめる原因の人にたまたま会ったら、過呼吸になって運ばれました」

 

 私は掴んでいた腕にぎゅっと力が入る。

 私が掴んでいる部分は赤くなっていき、圧迫されているから、これ以上強くすると跡が残るかもしれない。

 

 それでも和奏さんは文句も言わず、私の話を聞いてくれた。


「教えてくれてありがとう。楓ちゃんがそばに居てくれてよかった」


 ニコッと笑って私の方を見てくる。

 なんでそう平然としていられるのだろう。


 そのことに苛立つものの、私がそばにいてよかったという言葉に嘘は感じられなかった。

 その言葉に少しだけ締めていた首を緩めることが出来た。


 紗夜が最近変わり始めたのも、女性が大丈夫になってきたのも、この人と暮らし始めてからだ。

 

 認めたくないけれど認めざるを得ない。


 私なんて紗夜のそばに居るのがやっとだったのに、この人は紗夜の一番苦しい部分を解決していってくれる。


 本当にムカつく。


 紗夜が一番辛いときにそばに居たのは私なのに、彼女を心から助けられるのは後に現れたこの人だなんて。


 それでも、最近の紗夜は昔みたいに笑うことが増えたから、和奏さんには感謝している。


 毎年、紗夜の隣で花火を見てきたけれど、あんなに嬉しそうに花火を見る紗夜は初めて見た。

 そして、その横顔が見れるのは今年が最初で最後なんじゃないかとも思って、彼女の横で頬に熱が集まりながら花火を見ていた。



「和奏さん、紗夜のことよろしくお願いします」


 絶対に嫌なことを我慢できるくらいの人間には成長できたのかもしれない。

 まだまだ呑み込めない感情が多いけれど、今はこれでいいと思った。


 私が掴んでいた腕は真っ赤になっている。


「楓ちゃん、ありがとう」


 その真っ赤になった腕を上げ、私の頭を優しくぽんぽんと撫でて、和奏さんは病室に入ってしまう。


 来年、紗夜の隣で花火を見るのはきっと彼女なのだろう。


 特等席を取られた気分だ。

 

 しかし、紗夜が和奏さんの隣で今日よりも目を輝かせて花火を見るのだとしたら、その特等席を譲ってもいいと思えた。


 私は扉の閉まった病室をしばらく眺め、ぼろぼろと止まることのない涙を浴衣で拭っていた。

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