第70話 みんな不器用ね
「それで、詳しく話を聞きたいんだけど」
「これこれ。そんな怖い顔しないの。せっかくの昼休憩くらいゆっくりさせてよね」
いつもいつもこの女は大事な話を先延ばしにしようとする。そのことに苛立ち、私はせっかくの昼ご飯の味がしなくなっていた。
しかし、限られた休憩をこの女のせいで無駄にするのもよくないと思い、お弁当の食べ物を口に運ぶ。
こんなのは八つ当たりだ。
むしろ、心春には感謝しなければいけない。
頭ではそうだとわかっていても、自分の気持をなかなかコントロールできないでいた。
「なんか紗夜ちゃんに言ったみたいだね」
「なんでそれを聞き出してくれないの」
「聞いたよ。ただ、『世間話だよ』とはぐらかされた。なかなか悪女だったね」
なぜ、紗夜が困っている時にいつも助けてくれるのは心春なのだろう。
私ならば、意地でも美鈴から何を言ったか吐かせて彼女を問い詰めただろう。
なんで、私は紗夜のバイト先に行ってはいけないのか。私が行けばすべて解決するのに、私はいつも爪をかじって家で待つことしかできない。
昨日だって、心春から連絡があってすぐに駆けつけたものの、紗夜になにもしてあげることはできなかった。
昨日の紗夜は明らかに様子がおかしかった。
だから、絶対になにかあったのだと思う。
前にも似たようなことがあった。あの時は紗夜が暴走していたけれど、今は私が暴走しそうだった。
いっそのこと、紗夜を連れてこの街を出てしまおうか。いや、それは、私がよくても紗夜がそれをいいなんて言うわけがない。
どうしたらいい?
美鈴には「もう会わない」と言った手前、紗夜のことを話すために会いたい、なんて虫のいい話はできない。
私は何もできない。何も役に立たない。
「わかなさーん」
私は声の聞こえた方をぎょっと睨んだ。
「怖い怖い。わかったわかった。昨日した会話はすべて話すから、とりあえず、全く進んでいないお弁当食べな」
「ありがとう……」
「あら、素直でかわいいこと」
「うるさい」
私は心春に言われたとおり、昼ご飯を無理やり口に詰め込んだ。
※※※
「はじめまして」
私はキツめな顔をした女性の近くに腰掛けた。さっきまで遠くから見えていた、物腰のやわらかい顔は消えていて、初対面の私を睨んでくる。
「どなたですか」
「和奏の親友の心春って言います」
そう名乗った瞬間、信じられない目つきで睨まれる。顔が綺麗に整っている分、そんな鋭い目で睨まれると大人の私も怯んでしまった。
「ああ、よく和奏を取ろうとしてた人か」
人聞きの悪い。そして愛想が悪い。
和奏はなんでこんな人を好きになったのだろうと思う。まあ、和奏はあほだからきっと騙されたのだろうと思うことにしよう。
和奏がこの人と付き合ってから、私は気を使って和奏と一度も遊んでいないし、親友のためにそれも我慢していたというのに……。
「まあまあ。それより、紗夜ちゃんになにちょっかいかけてたんですか?」
私はいつものニコニコ笑顔を崩さず、和奏の元カノに問いかける。
私の今日の任務はこいつの偵察と紗夜ちゃんを守ることだ。普段、あんなに背伸びをして大人ぶっている和奏が私に初めて甘えてきた。
親友に頼られるというのは嬉しいものだ。
だから、私は和奏の期待に応えたいと思う。
「いつもの世間話をしてただけ」
恐ろしいくらい作った笑顔で和奏の元カノは答えていた。整いすぎたその笑顔に恐怖すら感じてしまう。
「紗夜ちゃんはほんと健気で控えめでかわいいですよね」
「まあ、ああいうタイプが一番何考えてるかわからなくて腹黒いと思うけどね」
あなたがそれを言うかと思う。
私は思っていることを言ったつもりだったが、目の前の女性をヒートアップさせてしまったらしい。
「ああいうなんでも持ってそうなタイプってむかつく。かわいいし、みんなから愛されてて、別にあの子に和奏なんて必要ないじゃん」
さっきまで作っていた笑顔を崩れ、綺麗な顔が醜い顔に見えてしまった。
私だって、紗夜ちゃんの過去も周りのこともなにも知らない。紗夜ちゃんとは出会って間もないので本性も知らない。
ただ、和奏のことはずっと隣で見てきた。
だから、一つだけ確実に言えることがある。
和奏は今一番幸せそうだ――。
たくさん悩んで苦しんでいることもあるけれど、ふと見せる表情が幸せそうで、こちらにまで幸せが移っている。
いつも我慢して相談もせず、一人で抱えていた頃とはだいぶ変わった。あんな頑固な和奏を簡単に変えてしまう紗夜ちゃんはすごいと思う。
「嫉妬してしまうほど、紗夜ちゃんは素敵な人ってことですよね」
私はわざと煽るような口調で彼女に語りかけた。
「嫉妬なんかしてない。私の方が和奏の隣にふさわしいと思っているだけ」
「じゃあ、なんで離したの?」
私は今日初めて怒りのこもったトーンで話したと思う。
あんまり感情をむき出しにしないようにしてるが、どうしても隠しきれなかった。
目の前の女性と和奏が付き合っている時、和奏はいつも辛そうだった。
それを助けられない自分も嫌だったし、そんな辛い顔をさせるこの女にも苛立ちを覚えていた。
ちゃんと私の納得出来る理由が欲しかった。
「和奏が私なんて必要ないみたいに仕事ばかりだから、私がいなくなれば少しは大切さがわかると思ったの。それなのにすぐ次の人見つけて……」
和奏の元カノの目には少し涙が溜まっている。
私はそれを見て少し安心してしまった。
この人もただ和奏のことが好きだったんだと思う。ただ、めんどくさい性格で、拗らせて、和奏とのタイミングが合わなくてうまくいかなくなったのだろう。
きっともう少しこの人が大人だったら、紗夜ちゃんがタイミングよく和奏の家に住むことにならなければ、今も二人は幸せだったのかもしれない。
恋愛はそういう難しいとことがある。
好きだけではどうしてもうまくいかないこともある。
この人に同情するわけではないが、目の前にいる人は悪女でも性悪でもなんでもない。
一人の女性を愛していた一人の人間だった。
「あんたも和奏も紗夜ちゃんもみんな不器用ね」
私はふふっと笑みがこぼれてしまった。
和奏の元カノが本当に悪い人じゃなくてよかったと安堵していたのだと思う。
「何がおかしいの」
「いやー。年上の女性をかわいいと思ったのは初めてなもので。それより名前教えてくださいよ」
「意味がわからない。もう、あなたとも関わることはないので教える気はない。年下のくせに生意気だし」
「お姉さんひどいー。私、ここにまた来ますね。和奏の好きなところなら、いくらでも聞いてあげますので」
私は得意の相手を煽るような笑顔で見ると、綺麗な女性はむっとして店を出てしまった。
きっとまた会える。
そんな気がしたから、その時が来るのを待とうと思えた。
容姿が綺麗なのに心は不器用なお姉さんに会うことと、親友のためにまたこの場所に来ようと思った。
まったく、世話の焼ける人がもう一人増えてしまった。
その後は紗夜ちゃんと少し話して、私は程よく酔が回ったまま店を出た。
和奏には紗夜ちゃんのことと、必要なことだけ伝えようと思う。
※※※
「とまあ、こんな感じです」
「いろいろ余計なこと話しすぎ」
「そう? 必要なことしか話してないよ」
「はぁ……紗夜のこと助けてくれてありがとう」
私は悔しいけれど、昨日のことに関しては心春にファインプレーを与えるしかなかった。
「どういたしまして」
心春は悪ガキのように微笑んでいた。そして、そのまま悪いことを思いついたのか口を開く。
「いろいろ手伝ったお礼ほしいんだけど」
「何ほしいの。今度、ランチでも奢る?」
「和奏と紗夜ちゃんと私でバーベキューしよ」
「はっ?」
「これからも偵察しなきゃいけないんだからそれくらいいいでしょ?」
「紗夜はいなくていいじゃん」
これ以上、紗夜と心春が仲良くなるのが嫌だった。というか、女性が苦手なのに、なぜ、紗夜は心春とは仲がいいのだろう。
私なんて心を開いてもらうまでにどれだけの時間がかかったか、心春は想像もつかないだろう。
今ですら完全に開いてくれているわけではない。
「嫉妬ですか和奏さん」
「違います」
これは完全な嫉妬だ。
心春が私よりも優れているように感じている。
しかし、心春に嫉妬してることすら認めたくないの私がいた。そんな私を無視して話はどんどん進んでいく。
「じゃあ、約束ね」
心春は私と強引に約束を交わして、るんるんで仕事に戻っていた。
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